小田領侵略防衛戦編

長尾家会談編

澄、氏治と共に越後の龍に会いに行く

「澄、だ、だ、大丈夫か?」


 佐竹会談を終えて、季節は残暑。


 壬生城のおそらく応接に使う間に通された氏治さまが、夏だというのにまるで冬のようにがたがたと震えていた。


 それもそのはず、これから対面する相手は戦国最強武将の一人、上杉謙信なんだから。


「上杉謙信さまか。どんな人なのかな……」


 今回あたしたちが長尾景虎、後の上杉謙信に会いに来ているのは、今の栃木県にある壬生城。


 何で会いに行っているかと言えば、佐竹さまと明智さまの勧めだった。


 小田家が関東管領側についたということで、現在の関東管領である上杉憲政を保護している長尾様にご挨拶した方がいいということだった。


 急に赴いたら失礼だからと佐竹家からは、小田家が長尾家の関東における行動に協力してくれるという文が送ってもらっている。


 なので全くの押しかけじゃないけど、なぜ壬生城に長尾家が滞在しているのかは分からない。


 小田原攻めをはじめとする上杉家の大型関東出兵には、まだ早いはず。


 本当ならこの年の秋、将軍様から上杉の七免許という超権力を与えられて都から越後に戻ってくるはず。


 だから、ここでも少し歴史が変わっているのかもしれない。


「い、今はまだ長尾景虎と名乗っておるがな。しかし、長尾殿は澄の時代では大層有名なのだな」


「当然です!あたしの時代では戦国時代の中でもすごい人気武将なんですから!歴史上の人物でも人気投票したら上位確定です」


 氏治さまの言葉で、あたしの中の歴史好きスイッチが入って少し早口になる。


 ドラマで上杉謙信と言えばたいていかっこいい人が担当するし、主人公としたお話もたくさん出てる。


 ゲームに小説にってほんと引っ張りだこの人気武将。


 あたしも、好きだったなー。


 義に厚くて戦に強い、いかにも戦国武将って感じだったもん。


「ちなみにわしは何位くらいかの?50人には入りそうじゃが」


「は?何、言ってるんですか氏治さま」


 せっかく盛り上がってきたあたしを、氏治さまの質問が見事に冷めさせた。


 思わず、冷たい突っ込みが出てしまう。


「すまん!やっぱり三傑ぐらいか!?」


「はぁ……ほんと氏治さまは、すごいですね」


 思わず、頭痛がしてきた。


 呆れるくらいですよ、そこまで自信満々なのは。


 どうしてこの自信家が、小田家を滅ぼしたんだろう。


 ああ、違う、この変な自信が小田家を滅ぼしたんだ。


 やっぱり、目の前にいるのはあの最弱武将として名を遺した小田氏治なんだなぁ。


「やはりか!いやあ、滅亡させたとはいえ、名族小田家で奮闘しただけあるな!」


「圧倒的な圏外に決まってるじゃないですか。最も負けた戦国武将なんて、どう見ても人気になるはずありません」


 何故か調子に乗っていた氏治さまを、あたしは無慈悲に切り捨てる。


 何を言ってるんですかね、自分の城を十回近く落とされて生き延びた常陸の不死鳥ごときが。


 どう考えても、武田信玄と何度もやり合って武勇を全国にとどろかせたあの織田信長でさえビビった越後の龍に、戦国最弱武将が敵うはずないじゃないですか。


 氏治さまがランキング入るとしたら、ネタ武将部門で何とか入るくらいです。


 でも、テレビ番組で氏治さまも一応取り上げられたことあるから、全くの無名って訳じゃないし人気がない訳じゃないんだよね。


「わし、未来で人気ないんだ……」


「当たり前のことに、落ち込まないでください」


 ”今の”氏治さまならあたしは一票なら入れるし、歴史が変われば万が一、いや、億が一氏治さまが人気武将になる可能性はあるかもしれない。


 でも、そんなこと言ったら大切な会談前に調子に乗りそうだから黙っていよう。


「とはいえ緊張、しますね」


 これからの会談に緊張しないで構えろっていう方が、無理な話だ。


 謙信さまは後世に名を遺す名将で、実子はいなかったけれどそのあとも脈々とあたしの時代まで続いている名族名家。


 それに比べてあたしの隣でがったがたに震えているのは、名族とはいえネタ武将としては名を残したけど今はその血がどうなったかわからない小さな戦国大名家当主。


 いつもなら氏治さまのビビりっぷりに、隣にいるあたしがしっかりしなきゃってなるのに今回はあたしまで緊張していた。


 佐竹さまは、まだ何とかなったけど上杉謙信ってなると緊張の度合いが違う。


 こればっかりは、あたしが歴史好きだったから持っている前情報を恨みたくなる。


 義に厳しい人らしいから、無礼とかしたら印象が下がっちゃいそうで怖い。


「突然、わし、切られたりせんよな?」


「無礼をすればあるかもしれませんね。そういえば、あたしが知ってる氏治さま、上杉との約束を破って攻められて壊滅しましたよ」


「不吉なことを言うな! わし、こういうの苦手なんじゃから!」


「あ、来ましたよ!」


「ひいいっ!」


 小姓さんの姿がちらりと見えたので、あたしはゆっくり頭を下げて、氏治さまは慌てて頭を下げる。


 いやいや、あなたは罪人じゃないんですからね?氏治さまは。


 まだ無礼と決まってないのに、そんなにビビってたら役立たずって思われるから堂々としてほしいな。


 でも氏治さまって、あたしの時代だと自称讃岐守が精一杯で正式に官位もらってなかったんだけっけ。


 そりゃ、相手は将来の関東管領でこっちは官位がただの『自称讃岐守』なんだからビビって当然かも。


「お、小田讃岐守氏治に御座います」


「その家臣、雫澄と申します」


 あ、えっと、名乗りってこれであってたっけ?


 緊張で思わず出ちゃった名乗りが、あってるのか急に不安にある。


 い、いや!挨拶を間違ったからっていきなり切るなんて、きっと織田信長くらい!


 だ、大丈夫!大丈夫!


「面を上げよ」


 静かに重い声が響き、恐る恐る顔を上げる。


 目に入ったのは小姓と、厳しい顔をした恐らく長尾景虎と思われる男性、そしてその隣にもう一人並び立っている人物。


 ――女性……?


 服装は男性のようだけれど、線の細さとどことなく女性を感じさせた。


 待って、上杉家に女性武将はいなかったはず。


 上杉謙信に腹違いのお姉さんである、綾御前がいるのは知ってた。


 けど、彼女が従軍してるのはあり得ない。


 じゃあ、この長尾景虎の横に当たり前に居る女性のような方は一体誰なんだろう。

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