澄、焼肉が食べたくなる その2
昼間、明智さまに拝領された小さな屋敷で密会が始まっていた。
「なるほど。澄殿の時代では獣の肉を食して健康を整ているのですね!興味深い!」
「こ、声が大きいです!」
いきなりの大声に、あたしは目の前の麒麟の口をふさぎたくなる。
だから、あたしが食肉なんてしたのが国にばれたらえらいこっちゃになっちゃうんですよ。
「確かに渡来の書にも肉を薬にして用いる方法はありますし、あながち間違いではないでしょうな」
「あと言っておきますが、誰も豚や馬や牛に呪われてはいませんからね。天国にも極楽にもたぶん行けてます。だから、問題なしです」
「なるほど。澄殿から伺ったところ、澄殿が生まれる約200年前から肉食文化は広まっているのですから、呪いや祟りが本当なら国が滅びておりますしなぁ」
明智さまは納得してるけど、一度日本の国は滅びたって言ってもいい事件があった。
でも、それは肉食文化の呪いではないはずだ。
「この時代に来て何とか耐えていたのだけれど、体調不良もあり我慢が限界を迎えてしまったのですね」
「はい……。なので領内で作れるひとに作り方を伝えて『薬』としてあたしが買い取るという手段で……どうでしょう」
あたしが作るのもできるけれど、あたしがくっちゅくっちゅ肉の仕込みをしたら周りはドン引き間違いなし。
なので
「雫さまが体調を崩されている。高家秘伝の薬を作るので協力してほしい。素材は鹿や猪の肉である」
と、誰かが吹聴してくれれば、あたしは焼肉食べ放題ができるわけだ。
その白羽の矢が、あたしへの押しかけ家臣で天才の美濃の麒麟明智光秀だったわけだ。
「わかりました! こちらも領民といろいろ話すきっかけが欲しかったところです。この以来必ず成し遂げて魅せます!」
「よろしく頼みましたよ」
そして、その後はさすが美濃の風雲児織田信長の片腕として辣腕を振るった男。
数日で鹿肉が手に入り、あたしに焼肉計画は実行に移されることになったのだった。
* * *
場面は小屋の中に巻き戻る。
「えっと、シカ肉は確か遠火で……」
頭の中にある情報を思い出しながら、金細工の人に作ってもらった網に肉を乗せるとじわりと音を立てた。
鹿肉は醤油の漬け込みで、臭み抜き用にニンニクと生姜も入ってる。
だから、簡易焼き肉のたれって感じのもので漬け込んであるから味は大丈夫のはず。
ああ、漂ってくるお肉が焼ける香り!うう、これだけでご飯が食べられそう!
「よ、よし、焼けたかな……」
しばらく置いてみて、薄明りの中だけど焼けた気がする。
恐る恐る口に運ぶと。
「んっ―!お肉お肉だ―!あああっ!おいしい!」
あふれる肉汁、お肉の味!
ああ、これこれ!これだよー!元気があふれてくる!
こうなると、止まらない。
あたしはうなりを上げる人間火力発電所のように、お肉とご飯とお野菜を消費していく。
「あふ、お肉の感覚。おいしい!意外と臭みもあんまりない……うまっ」
お肉をどんどん焼いて、どんどん食べる。
持ってきたいたナスもオクラも焼くと、すっごくおいしい。
玉ねぎとじゃがいもとピーマンが無いのは残念だけど、まだこの国にはないんだから仕方ない。
一応簡易BBQ!あー、美味しい!
持ってきた白米は、あっという間に消えるほどに夢中になって食べてしまった。
「はぁー!お薬最高!また、体調悪くなったら、お薬食べないとなー」
雫澄流秘薬御膳を食べ終えたあたしは、すっかり元気を取り戻したのだった。
* * *
「澄!だいぶ元気になったようじゃな!」
「はい!朝の御膳を久しぶりに全部食べることができましたよ!」
一人焼肉パーティーの翌朝、すっかり食欲も戻ったあたしに氏治さまも嬉しそうだ。
あたしも体に力が戻ったし、次に小田家に襲い掛かる難題を見つけないといけない頑張らなきゃ。
「わしも雫流秘薬御膳が食べたいのぉ」
「あ、あれは……健康な人が食べると害があるような御膳です、氏治さまには生涯関係ないかと」
物欲しそうに見ている氏治さまの視線から、必死で逃げる。
いや、内容を言ってもいいですけどこの人、ドン引きしてたたられるとかビビりそうじゃないですか。
めんどくさい。
「なんでも鹿や猪などの獣肉を使うようじゃなぁ?」
「はっ!?な、なぜ知って……!?」
領民にはお金を渡してるし、あと漏らしているのは明智さま。
明智さまからが一番漏れそうだけど、あの人は500年後の常識と今の常識を知ってるはずだからいうはずはない。
じゃあ、どこから?
「澄が朝口に出しておった。肉が美味しかったとな」
情報漏洩先、まさかのあたしのうわごと。
こんなの気がつくか―!普通―!
でも、それより問題なのはあたしが肉食したと氏治さまが知ってまった事。
どうしよう、これじゃあ、お側に居られなくなるかも。
「ご、ごめんなさい!どうしても、我慢が――」
「すまんな、苦労を掛けて」
叱責が飛んでくるかと思ったのに、飛んできたのは優しい謝罪とふわっとしたての感覚だった。
「わしは知らぬが、500年後はおそらく獣を食べるのが普通なのだろう?」
「は、はい。疲れてる時には、食べることが推奨されるくらいです」
「確かに澄はこちらに来て、我らの事を思い一度も肉を食べておらんかったからな。恋しくなってしまったのか」
氏治さまの言うことは、図星だった。
自分のやったことは身体を整えるために必要だったけれど、こういわれると少し恥ずかしくなる。
それに、なんだか氏治さまがこんなことであたしを遠ざけるんだって疑っていたみたいで少し嫌だ。
「わしにやはり、理解は出来ぬ。だが、澄が上手いというなら一度くらい食べてもみたいものだな」
「え?た、祟られますよ?」
「何を言う、澄の時代はいくら獣肉を喰らおうともたたられたものはおらんのだろう。一口くらいならいいではないか!」
どうじゃ?と試すような視線に、あたしは苦笑いを浮かべる。
「しょうがないですね、氏治さまは」
こういわれると、あたしは弱い。
確かに氏治さまは好奇心旺盛だし、お薬って言えば食べちゃいそうな気はする。
「うむ!もう少し世が落ち着いたらな、頼むぞ?」
「そうですね、交易がもう少し良くなったらあたしも作りたいものがありますし」
「お?なんじゃ?」
「上手くできるか分からないのですが、オムライスっていうのを作ってみたいんですよ」
「オムライスとな。それは、どんな料理なのじゃ?」
「本当はトマトっていう野菜が無いとできないんですけど、似たような物なら卵とお野菜、お米だけで出来ますからね。ふわふわの卵でご飯を包んでおいしいんですよー」
「卵で米を包む料理か!それはいつか食べてみたいものだなぁ!」
氏治さまの笑顔に、あたしも笑顔になる。
あたしも女の子の端くれ、卵料理は大好物。
フライパンは作る事が出来たし、オムライスは作りたいレパートリーに入っている。
ただ、この時代はまだ養鶏が上手く確立していなくて卵が上手く手に入らないから作ってないんだよね。
「はい。あ、その上には小田の旗でも立てましょうか!」
「む?どういうことじゃ? 食べ物の上に旗じゃと?」
「あたしの時代、子供向けのオムライスには旗が立っていることが多いんですよ」
「ははは!まるで黄金の山に我らの旗を立てるようだな!めでたい!それは見てみたいものじゃ!」
「あ、他にも――」
最近は佐竹との外交の話ばっかりだったから、こんな柔らかい話をするのは久しぶり。
ついつい午後の評定の時間に割り込んでしまうほど、あたしと氏治さまは500年後のご飯の話で盛り上がった。
暑さの残る夏の日、戦国の世、少しの休憩の物語だった。
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