閑話1

澄、焼肉が食べたくなる その1

 季節は夏、辺りには人影もあるはずもない深夜。


 あたしは小田城こっそりと出て、山のふもとにあるあばら屋に来ていた。


 この辺りは猟師や革職人の方が利用している小屋があり、ここはその一つだ。


「――こんばんは」


 すだれを開けて挨拶をすると、月明かりに浮かんだのは二人の男。


「澄様、ご用意は整っております」


「人払いは、済んでおりますね?」


 用意が済んでいるということで、あたしは努めて冷静を装い人払いの確認をする。


 小田家家臣雫澄ともあろうものが、今回の所業をしたとあればただでは済まない。


 今回の作戦は、誰にも見つかるわけにはいかないのだから。


「は、はい。もちろんでございます」


「ありがとうございます。えっと、お金はこれで足りますよね」


 あたしは腰につけてきた袋を、二人の男性に渡す。


「確かに永楽通宝。しかも質のいい。確かに拝領いたしました」


 この時代は悪銭と言われる質の悪い通貨が出回っていたけど、あたしは小田家の家臣。


 そんな銭を使うわけにもいかなかったし、これは何かのためにとコツコツためていた質のいい永楽銭だ。


「此度の事、我ら口を割らぬとお約束いたします」


「雫様の御身の不安ともなれば、我らも不安になります。早く快方に向かわれますようお祈りしています」


「ありがとうございます。この薬を口にすれば、よくなることでしょう」


 そう言いながらも、あたしは少しの罪悪感にとらわれていた。


 でも、仕方ない。


 ”これ”を口にしなければ、今のあたしは限界なのだから。


「では、お二人も遠くに見張りをお願いいたします」


「はは!」


 そう言って二人が去っていくのを見送り、あたしは部屋の中に明かりをつける。


 仲にはパチパチと音を立てている囲炉裏と、漬物とかで使う小さなツボが一つ。


「これが万病に効くと言われる秘薬。ついに、ついにあたしの手の中に!」


 ツボを掴むと、RPGの悪役みたいなセリフが漏れちゃう。


 でもいいもん、人払いしてるからこんなあたし誰も見てないはずだからね。


「よし……やるぞ!雫流秘薬御膳、改め一人焼肉パーティー!」


 * * *


 時は夏。


 すっかりあたしは、夏バテ状態だった。


 小田城は、領内の人に聞けばそこまで暑くないらしい。


 これだけ晴れれば秋の収穫が楽しみですね!なんて言えたのの、最初のころだけ。


 エアコンの無い夏は現代人のあたしには思いのほかきつく、打ち水もあまり効果がない様子だ。


 氷があればいいんだけど、小田領にそんなものがあるはずもなくあたしはすだれとよしずで何とかしのいでいた。


 だが、それも限界を迎えようとしていた。


「ご、御馳走様です……」


 毎回完食していた朝ご飯を、あたしはついに残すまでになっていた。


「澄、食が進まぬようだな? 大丈夫か?」


「何とか作ってもらった胡麻の冷たいお味噌汁と、ご飯を半分が限界です……」


 氏治さまに余計な心配をかけたくはないけど、食欲が無いんだから仕方ない。


 これでも全く食べないのは大変だと思って、何とか食べたんだから。


「澄、後でわしの部屋にこい。話がある。ああ他は寄らぬようにしておくぞ」


「ありがとうございます」


 恐らく、あたしがどうしてこうなっているか、どうしたらいいかっていうのを氏治さまは聞きたいんだ。


 でも、今の場所だと小姓さんたちに聞かれてしまう危険性がある。


 こういう細かい気づかいが、あたしが氏治さまに恩返ししたいって思わせる要因の一つなんだよね。


 本当に、優しくて戦国武将に向いてないなぁ氏治さまは。


 だから、大好きなんです。


 * * *


「――というわけなんです」


「なるほど。冷気が出る道具が当たり前だったから、澄はこの暑さに参っているのだな」


 あたしがエアコンとか扇風機とか冷風機の話をすると、氏治さまは興味深そうに話を聞いてくれた。


 そして、あたしの今の不調を納得してくれた。


「こればっかりは手に入りませんから、人前では少し着崩したり扇で仰いだりしてるのですが」


「焼け石に水という訳か。すまんな、苦労をかけて」


「氏治さまが悪い訳じゃないです。あたしがこの時代に合わせないといけないのは分かっていますから」


 氏治さまが謝って温度が下がるならいくらでもしてもらうんだけど、一度も下がる気がしない。


 神様のくれたお守りのおかげで、定期的に夕立はあるから多少まともなんだけど昼間の熱さだけどうしようもない。


「しかし、毎回あの食事では倒れてしまうぞ。わしも心配になる」


「そうですよね。どこかで栄養を取らないと……」


 たしかにこのまま食が細くなって、栄養不足で貧血になって倒れたら一大事だ。


 あたし、夏は何で栄養補充していたっけ。


 しばらく考えると一つの材料が、頭に浮かんだ。


 だが、それはこの時代では絶対に手に入らない一品、そう獣肉。


 夏は家族中が最悪の中鉄板焼きでお肉をたくさん食べたり、一人で立喰い焼肉行ってビタミン補給―!とかしてたもん。


 ――でも、この時代でお肉なんて……あ。


 一つある。


 この時代、全くお肉が食べられなかったわけじゃない。


 一応食べている人はいたし、確か薬としての流通がされていたはず。


 ――食べたい。食べたい。焼肉食べたい……!


 半年以上の禁欲生活も相まって、頭の中は焼き肉で埋め尽くされていた。


 たしかに我慢すれば不老不死だから、焼肉を食べられるまで我慢すればいい。


 でも、あと500年近く我慢なんてできるはずもない!


 焼肉!焼肉!焼肉!焼肉!


「氏治さま。少し思い当たる節がありますので、家臣の明智さまと相談してまいりますね」


 だがこういう時にも、なぜか回ってしまうのがあたしの頭。


 瞬時に今回の生贄の名前を、口にしていた。


「明智殿は都の医学の知識もあると聞いておる。うむ、存分に頼ってまいれ」


「はい!」


「そして、元気になった顔をわしに見せてくれよ」


 氏治さまの優しい笑顔にあたしは、少しだけ罪悪感を感じる。


 明智さまを隠れ蓑にしてあたしがやろうとしているのは、ただの1人焼肉パーティーなんだよね。

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