麒麟よ、来るな

「出来過ぎなくらい、上手くいったなぁ」


 目の前の小田城の風景は、先月とは大きく変わっていた。


 多くの職人や人足が、あわただしく動いている。


 行われているのは歴史には存在しなかった、小田勢力下での佐竹の技術を用いた小田城の改修工事だ。


 あたしが引き出した条件は、お互いの軍事協力と、周辺諸家への後北条側への鞍替えの通達だ。


 その軍事協力の中には、小田城の防衛力強化も含まれていた。


 今の小田城は、沼地にあると言えど防御には不向き。


 何かあって、小田家が佐竹の防波堤にならなければいけない場合、今の小田城では持ちこたえるのは不可能。


 しかし、小田家には残念ながら築城技術はあまりない。


 そのために、佐竹側の協力を頼んだのだった。


 城の技術は軍事的には秘匿ではあるけど、縄張り図と施工は佐竹が管理することを条件に出した。


 つまり、小田が叛逆したとしてもお城のどこに何があるか、経路はどこになるかが丸わかりってわけ。


 あたしへの信頼もあったんだろうけど、佐竹側はこの条件を飲んでくれた。


 縄張り図を見る限り何層の堀に囲まれた作りで、立派な水城ともいえるくらいでこれなら防御はかなり高そう。


 今の沼に浮かぶ不安なお屋敷からは、脱却できそうだった。


「まさか、あたしの案が混じったのお城がこの国にできるなんてびっくりだけどね」


 ちなみに新小田城の縄張り原案は、あたし。


 最初は五稜郭っぽい稜堡城郭にしようと思ったんだけど、さすがに趣味に走りすぎだと思ってやめた。


 なので丸い縄張りをもつ円郭式を、実現可能な範囲で可能にするものにした。


 もう少し北側なら、富岡山っていう山を背負う縄張りも考えられたんだけどちょっと距離がありそう。


 なので好きなお城だった田中城の円郭式を提案して、佐竹の家臣団に実現可能なように改良してもらった。


 最終的には寺社や家臣のみんなの屋敷も堀の中に含めるようになったらいいけど、そこまでは数年かかる大工事。


 財政もあるし、中途半端にならないように数期に分けて開発する感じだ。


「氏治さまも、最近生き生きしてるし。同盟がうまくいって、本当によかった」


 軍事だけではなく、同盟と氏治さまの方針による法の整備も着々と進んでる。


 専守防衛に重点を置くということは、勝ち戦での略奪が農民は行えないってこと。


 推奨したくはないけど、現実問題落ち武者狩りや略奪でお金や物品を得たりするのはこの時代では常識。


 だから、専守防衛をするために農業や林業の漁業などに携わる人たちに何らかの収入を与えなきゃいけない。


 その為の他国との貿易方法や商の規制緩和、国による物品の買取制度、戦での徴兵制度や収穫の出来不出来によるの年貢の調整方法。


 とにかくいろいろ変えなきゃいけなくなってあたしは慌てたんだけど、小田領のみんなはほんと優秀であたしの不安の解決方法は色々決まっていった。


 もちろん、そこに実際の領民の生活を肌で感じていた氏治さまの視点が役に立ったことは言うまでもない。


『領民は国の宝。彼らが命の危険である戦に触れることのできるだけ少なく、それでいて安心して生活できる領地を作る』


 氏治さまがそんなはっきりとした思いを持っていたのが、みんなにも伝わっていたかもしれない。


 とはいえ小田領は領地も大きくないから完全な兵農分離とはいかないし、領民の中でも兵士として武功を立てて出世したいって人もいる。


 考えるだけでも課題はいっぱいあるけど、一気に事が進むはずもない。


 そこはみんなで話し合い、解決していけばいい。


 ともかく、佐竹との同盟が結ばれて新しい小田領が一歩進んだことは確かだった。


「澄、もうそろそろかの?」


 工事を見守るあたしに、氏治さまが嬉しそうに声をかけた。


「そうですね。先ほど時の鐘がなりましたから、そろそろかと」


「待ちきれんぞ!なぁ、澄はあとどれくらいで来るかわからんのか?」


「さすがに、そこまでの力はありません。大丈夫ですから、ゆっくり待ちましょう」


 いつもだったらこのはしゃぎようを力技でたしなめるけど、今日はそんな気も起きない。


 だって、その理由が理由だってわかってるから。


「そうじゃな。空でも眺めながら落ち着くとするか」


 大きく息を吐いた氏治さまと一緒に、空を眺める。


 あたしの時代にはないような、澄んだ青空がまぶしい。


 こんな空を、氏治さまと戦なんてまったく気にしないようにいつか眺めたい。


 そのためには、これから襲い掛かる歴史の荒波をなんとか乗り切らないといけないんだけどね。


「氏治さま、佐竹より籠が参りました」


 あたしたちの前に来た番兵さんの声も、どこかうれしそう。


 それして、目の前には立派な佐竹の御当家七ッ御紋がちりばめられた籠があった。


「氏治さまー!」


 そして籠から降りてきた女の子が嬉しそうな声とともに、ぱたぱたと駆け出して氏治さまの前にやって来た。


 歳は多分あたしより少し上くらいのはずだけど、明るい声がちょっと子供っぽい。


「おお、葉月!」


「また、小田に戻ってこられました!ありがとうございます!」


「すまぬな、わしの力が足りないばかりに苦労したと聞いておる。二度と、このような思いはさせぬぞ」


「約束ですよ?もう、あんな日々は過ごしたくありません」


 二人の再開を見ていると、あたしもつい涙ぐむ。


 これでしばらくは氏治さまと葉月さまは、仲睦まじい日々のはず。


 別居の数年分、仲良くしてほしいしな。


「あの、実は氏治さまに伝えなければならないことが」


「な、なんじゃ?」


「実は、別れている間に、子供が――」


「なな、なんじゃと!?葉月、まことか!?」


「はい。立派な男の子です」


 驚く氏治さまの視線の先にいる家臣さんの腕には、可愛い男の子が抱かれていた。


「おお!でかしたぞ!」


 氏治さまには嬉しいサプライズになったみたい。


 芳賀にいる稲姫様も、もうすぐ子供を連れて小田領につくみたいだしよかった、よかった。


 久しぶりの夫婦の再開を邪魔したくなかったあたしは、その場をちょっと離れてのんびりと小田城の工事を見つめることにした。


 大改修にはなるから、完成は結構かかる。


 でも、少しでも防御力が上がれば小田家の役割は、必ず果たせる。


 後は、優秀な人材もう少しいてくれると助かるんだけどな。


 四天王のみんなにこれからはこれ以上負担をかけるから、内部での人材発掘、周囲のスカウトとかしなきゃなのかなぁ。


 ゲームだったら探索すれば誰か見つかるんだけど、この現実じゃそうはいかないんだし。


「雫殿、お久しぶりに御座います」


「明智さま?あの、今日は葉月さまの護衛ですか?」


 聞こえてきた声の方を見ると、そこには何故か佐竹の家臣である明智光秀さまが立っていた。


 あたしの歴史とは違い佐竹の家臣になってるから、葉月様の護衛だと思ったんだけど明智さまは首を振った。


「いえ、葉月さまが小田に戻られると聞いてともに参ったのです」


「あの、それと護衛はどう違うんですか?」


「雫殿、どうかこの明智十兵衛光秀を配下に加えていただきたい!」


 美濃の麒麟、明智十兵衛光秀、あたしにいきなりの土下座。


 は?何を言ってるんですか、この人は?


「どうか、知略慧眼、理想の主である雫様の下で私の才をお役立てください」


「……帰ってください」


 土下座までした明智さまに出たのは、全く感情のこもってない一言だった。


「ど、どうして!?」


「どうしてなのは、こっちですよー! 何で明智さまがよりによって、小田家に来るんですか!」


 どうしてって言われても、あなたはあの織田信長を裏切って本能寺の変を起こす人物ですよ。


 歴史は変わってるかもしれないけど、何を考えて何を積もらせて裏切るか分からないじゃないですか!


 それも漢字は違うけど、ここは同じ「オダ」家。


 縁起が悪いったら、ありゃしないんだから。


「しかし、義昭さまからも正式に佐竹から出ることを許されて、小田家はないし、雫様に身を寄せるようにと書かれております!どうか!」


 明智さまはさらに一枚の紙を見せてきた。


 そこには義昭さまの花押と、あたしにもわかる感じで明智十兵衛光秀を小田家家臣かあたしの配下として取り立てるようにって書いてある。


 ちょっと義昭さま、何でそんな書状を書いたんですか!


 明智さまの未来を知らないからかもしれないけど、知っているあたしは破り捨てて火にくべてなかったことにしたい。


 かと言って、今の佐竹と小田関係でそんなことやっ送り返すわけにもいかない。


「ほ、ほんとだ……嘘でしょ……」


「なので、本日よりよろしくお願いいたします。澄殿のため一所懸命、働かせていただきます!」


 笑顔の明智さまに対して、あたしの顔はめちゃくちゃに引きつってるのがわかる。


 でも、変わり始めた歴史の波はあたしのちっぽけな重いなんてどうやら逃すつもりはないらしい。


「うううー、麒麟よ、来るなー!」


 ちょうどあたしが見ていた大河ドラマをもじったあたしの叫びは、和やかな小田城の空へとむなしく消えていく。


 歴史の変わった小田家が落ち着くには、まだまだ時間がかかりそうだった。




-----------------------------


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

第二部、佐竹同盟編完結です。

歴史を大きく改変した流れでの中のお話、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

第三部は誠意執筆中ですので、またいつか澄ちゃんと氏治さまの活躍を皆さんにお見せすることをお約束します。

ここまで発表できたのは、読者の皆さんのおかげです。

ありがとうございます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る