決着!小田佐竹会談

 ――予想通り、か。


 何処か笑みも含んだような明智さまの言葉に、寒気を覚えた。


 そうだよね、歴史の偉人にあたしなんかが敵うはずない。


 でも、まだ負けと決まった訳じゃない。


 氏治さまに勝利を届けるための最後の一手は、まだ忍ばせてある。


 それえもダメだったら――それまでた。


「さすが、小田家、いや雫様というところでしょうか」


「十兵衛、つまりは」


「はい。正式な同盟の条件を、この後で出し合い本国に持ち帰りまとめましょう。当然、雫さまの納得するようなもので」


「それは、つまり……同盟条件を今一度、考えてもらえると?」


 明智さまと義昭さまのやり取りに、あたしは信じられない思いで口を挟んでしまった。


 ――まさか、あたし勝ったの?


「はい。もとより、私は二つの可能性を、佐竹家には提案しておりました」


 明智さまはあたしに向かって、静かに告げた。


「二つの可能性ですか?」


「一つは、明らかに窮地に追い込まれている小田家なら多少不利な条件でも飲むという可能性です」


「それが、今回提示した条件と」


「はい、この条件を小田家が飲めば佐竹としては北進に集中できるうえに、戦をすることなく小田領を手に入れられるというものです」


「では、もう一つは?」


 真剣に聞き返すあたしに、明智さまは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「小田家が真っ当な理由で、同盟を拒否するものです」


「え!?」


「雫さまが噂通りの知略慧眼の将であれば、今回の条件の穴などあっさり突いてくるでしょう。それを考えに入れないほど、私は愚かではありませんよ」


「さすが、麒麟と言われる男ですね」


 明智さまにまでそんな風に思われていたってことで崩れ落ちそうだけど、ここで動揺したらせっかく印象が崩れそうなので必死に抑える。


「雫さまが条件の穴を突いたうえで、小田を守るという姿勢を見せた場合、対等な同盟を結ぶことこそ佐竹の利になる。それがも一つの可能性です」


「それは、どういう……ことですか?」


「雫様を筆頭に小田家に命を懸ける将がおり、小田様がよく収めている領地を謀略で奪ったとて民は納得せず統治は難しい」


「それに、優秀な小田の家臣団を佐竹に組み込むことすら難しい。ならば今はともに常陸を治めるというのが、十兵衛の言であったのだ」


 明智さまは、そこまで考えたんだ。


 領地をどう治めているか、家臣たちが氏治さまをどう治めているか。


 きっとあたしの言だけじゃなくて、いろいろな所から情報を集め事前準備をしていたってことか。


 さすがだな、歴史に名を遺した知略謀略の将は。


「強いな、お前は。父上と明智殿を目の前に一歩も引かないんだからな。この戦、佐竹の負けだ!」


 だけど肩を落としそうになったあたしに聞こえてきたのは、義重さまの満足そうな笑い声。


「この状況で迷わず臆せず、佐竹に切り込んできたお前が交渉の機会を勝ち取った。だから、勝ちだと言ってるんだ!胸を張れ!」


「義重さま……!」


 勝った。


 明智さまと、佐竹との戦にあたしは勝ったんだ。


 その実感が、あたしの中をどんどんと満たしていく。


 小田家の置かれている状況だけではなく、明智十兵衛光秀という偉人の相手、さらにあたしの秘密も握られていた詰みの状態と言えるところからの逆転勝利。


 嬉しくないはずが、無かった。


「氏治さま!」


 嬉しさを抑えきれず隣を見ると、氏治さまはもう魂が抜けた人形みたいになっていた。


 うつろな目のまま、ぽかんとしたまま動かない。


 ご、ごめんね。


 さすがに佐竹相手にあのやり取りは、生きた心地しなかったよね。


 でも、あとでしっかり勝ち戦の報告と、現状の説明しますから現実に戻ってきてくださいね。


「して、雫さま。最後に一つお聞きしたい」


「なんでしょうか?」


「あの態度ですから、交渉が決裂したことを雫さまが当然考えていたはず」


「はい」


「その中でも、小田家のための一手は残してあったと思います。それをお教え願えますか?」


 明智さまは、深く頭を下げた。


 もしかしたら、これは明智さまの用意した最後の関門かもしれない。


 あたしが、万が一の時どのような覚悟を持って相対していたのか。


 それを知ることで、同盟の再考条件にするつもりなんだ。


「私たち小田家は、洲浜の旗が一本残らず折れぬ限り氏治さまと共に小田領を守る者たちが集まっています」


 あたしは次に頭を深く下げあと、真っ直ぐに告げる。


「それは領民一人一人とて、同じこと。万が一の場合は、小田家持てる全ての力を使い、小田家ここにありと天下に知らしめるつもりでした」


「さすがです。感服いたしました」


 満足そうな明智さまの声が、庵の闇に消えた。


 時に永禄2年夏、あたしの歴史にはなかった小田佐竹同盟をめぐる戦は、この言葉をもって小田家勝利の結果となったのだった。

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