澄、覚悟の一手を打つ
臆することおなく、あたしは目の前の三人に言い放つ。
隣では氏治さまがビビり散らしてそうだけど、そんなこと関係ない。
「ともに援軍に応じるではなく、不可侵というのはどういうことでしょうか?」
「援軍を送りあうことはなくとも北部からの進行を抑えられえるだけでも小田家に理があり、前回の条件を十分とりこんでいますが」
「それは、つまり――小田に佐竹が北条を守るための捨て石になれということですね」
ピクリと明智さまの眉が動く。
――やっぱりね。
小田と佐竹と不可侵になれば、小田は佐竹に攻め入る事はできない。
そして小田家側がこの同盟を守るためには、北条と小田家は必然的に戦うことになる。
「あたしたちが小田領をいかに思い、守りたいかを佐竹の皆さまはご存じのはずです。もし小田家を守る戦となれば、時には刀折れ、矢が尽きるまで戦う所存です」
しんと静まった庵で、あたしはさらに手を進める。
「ですが、提示された条件はお互いの不可侵。これは、佐竹家は小田家を救う義理などないと言っていると同じような物」
「雫さま、それがどういうことかご理解の上でしょうか」
「はい。佐竹の家にとっては、小田の領地は『あればいいが、すぐには無くても構わない物』だかからです」
その言葉に、佐竹の面々の顔色が変わる。
――図星かな。
関東制圧を狙う後北条家にとっては、小田家の領地は佐竹との間の場所にあり直接的な干渉を不可能としている。
そして佐竹にとっては、北条に内政や北進を妨害されないための重要な緩衝地帯って言えるのが小田領だ。
「佐竹としては小田領など、そこまで急ぎ手に入れたいものではない。一方、私たち小田家も佐竹領に攻め込む余裕などない」
佐竹側が小田家を配下に収めるメリットは、よく考えてみれば今はあまりない。
確かに常陸統一は佐竹の悲願だけれど、今、侵略してしまえば強力な北条側と領地が隣り合うことになる。
今は小田領がある事で、お互いやり合えない理由になっているけど、小田領を配下に収めたとなればそうはいかない。
佐竹にとって自領を北条から守る必要が出てきちゃうのは、ただでさえメリットじゃない。
特に今、北進を目指している佐竹としては、小田領などそこまで必要じゃないってこと。
つまり、佐竹にとっては『あったらいいけど、なくてもいい場所。もしくは緩衝地』って言いかえる事が出来るかもしれないんだ。
佐竹側は北進のために、小田領からの安全を確保したい。
しかし、援軍を送って消耗するのは嫌だから不可侵にしようっていうことだ。
一方あたしたち小田家は、どうしても反北条の中でも強力な佐竹との同盟を結びたい。
力があれば攻め入って武力で佐竹側に条件を出すっていう会合に持っていけるんだけど、そんなことは無理。
今回の会合が、渡りに船なのは事実なんだしね。
そのことを知っているから、佐竹側はかなり強気な条件を出せたってことだ。
「確かに前回、あたしは小田家は佐竹の壁になると申し上げました。とはいえ、この条件は小田家としては納得のできない物です」
あたしは、再び飲めない意思を佐竹に伝える。
会合を開いてくれたのは、感謝する。
けど、こんなの飲んだら小田家滅亡はあたしが知る時より早まるのは明らかだった。
「この条件では、佐竹との不可侵を守り援軍の無いまま小田領を守るために孤軍奮闘して闘い疲弊したところで、佐竹が従属の条件を出してくるのは明らかです!」
これが、恐らく佐竹の真の狙い。
緩衝地としての小田家を十分に利用したうえで、疲弊したところを狙い小田の家名や領地を守る条件で従属させる。
この条件下でなら小田が疲弊して窮地に追い込まるその頃には、現在の目標である東北の南部を抑える目途はあるのだろう。
「小田家を支える将として、このような可能性がある同盟は同盟と言えません」
佐竹と明智さまは、小田家家臣団と氏治さまが小田領と小田家どれだけ守りたいかも知ってる。
だからこそあたしの勝負手は、もう決まっていた。
もしかしたら、千載一遇の機会を逃すかもしれない。
でも、小田家を守るにはこれが勝負手なんだ!
佐竹との会談を始める前、小田家の情勢は絶望だって思いこんで悩んでいた。
でも、まだ絶望なんてするもんか!
まだ、足掻けるはずだ。
足掻いて、みせる。
佐竹だろうが、明智だろうがどんな相手だって絶望しない!
あたしの頭も、手もまだ動く。
やりきってもないのに、まだまだ絶望なんて絶対するもんか!
「感情を利用した搾取のような佐竹家との同盟など、小田家は結べません!」
それは、同盟の拒否。
佐竹義昭、義重親子、明智光秀相手に条件を突っぱねるという、佐竹家との関係を修復不可能にするかもしれない一手だった。
窮地の小田家は必ず不利な条件と分かっていても、飲んでくる。
もしくは、将来のことなんて考えずに今を脱するために飲むような追い込まれた家だって相手は思ってたのかもしれない。
確かに領地は敵に囲まれてる状況は、否定できない。
未来を知るあたしからすれば名前と兵力『だけ』見れば、どう見たって絶望だ。
でも、現実は簡単に絶望できるものじゃなかった。
小田家の士気は高く領民の方は、小田家を慕っている。
あたしが知る過去に縛られた感情で、今回の不利な同盟を結んでしまえばあたしの知るのと同じ、いや、それ以上に早く小田家の小田領支配は終わってしまう。
だからこそ見せたのが、小田家はまだ戦えるっていう姿勢と確信。
それは強がりでも何でもなく、この交渉で勝つために必要な勝負手としての確信だった。
しばらくの沈黙の後、義昭さまが大きくため息をついた。
――あたしの拒否すら前回同様、麒麟には予想通りなの?それとも、急所を突けたの?
溜息の後の短いはずの時間は、今まで感じられないくらい長く感じられた。
「十兵衛、どう見る」
「予想通りと言えば、予想通りです」
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