『凡才』雫澄の覚悟

「ふむ、どうじゃ?澄」


 任せるって言っていただけに、氏治さまは当主として落ち着いた様子であたしに問いかけた。


 ――なるほど、明智さまはあたしが何を言ってもこの小田家不利な条件を飲ませる自信があるってことか。


 おそらく、これは明智さまがあたしに仕掛けた戦。


 これから佐竹の家でのし上がるために、小田家への戦を仕掛けてきたことに他ならない。


 ――凡才は、天才に勝てっこない。凡才は、天才と渡り合えない。


 そんな事、あたしが一番分かってる。


 目の前の男は織田信長の下で武功を重ねていくほどの才がある知略謀略の将、”麒麟”明智光秀という天才。


 それに対してるのは毎日学校ではバカにされて、家で家族に殴られて床に転がっても何も抵抗できないで泣いていた雫澄。


 過去に飛ばされるこんなことがなければ、何もない一生を終えるのだって精一杯だったかもしれない凡才。


 ただの凡才女子高生と、歴史に名を遺す美濃の麒麟。


 二つを比べる事なんて失礼なくらい、天才と凡才以下ってことは誰だってわかる。


 ――ごめんなさい、氏治さま。


 あたしだって、そんな天才と渡り合える才能があればこんな場所でビビったりしない。


 もっと、才能がある人間が、天才と渡り合える人間が時代を超えて小田家に来たらよかった。


 例えば、目の前にいる明智光秀なら。


 ――なんて今のあたしが言うとでも、思いました?


 確かに目の前にいるのは、歴史に残る知略と謀略の将、”麒麟”明智光秀。


 でも、だから、何だっていうの?


 ――凡才上等。


 無いものを求めたって、欲しがったって仕方ない。


 でも、凡才のあたしにだって積み重ねたものはある。


 この麒麟が知らない事、できない事をあたしはたくさん積み重ねてきた。


 悔しい、悔しいって、何で、何でって。


 いつか、誰かが求めてくれるはずって自分の好きを、知識を積み上げてきた。


 確かにあたしは、何かの専門家でもない。


 自分の才能で世界一に、なったことがあるわけでもない。


 今までの人生で、誰かにすごいねって認められたわけでもない。


 だけど自分の積み上げてきたものから目を背けることは、あたし自身を裏切ること同じだ。


 そして、あたしを信じてくれた氏治さまを、裏切ることだ。


 もし、この状況で自分を信じられなくなれば、勝ち筋は完全に潰える。


 あたしの秘密を明智さまをはじめ、目の前の三人には握られている。


 何か変なことを言えば、あたしの出自の秘密に尾ひれ背びれをつけて小田家中や周囲にばらまいて小田家を崩壊させることもできる。


 ――何かを成すときは、いつも一人。


 確かに今は一人で、あたしがあたしを信じなければ、勝ち筋はこじ開けられない。


 今だって氏治さまにも誰にも、助けは求められない状況。


 ――でも、一人だけど、前のように孤独じゃない。だから、怖くない!


 何かに挑戦するときは、いつだって一人。


 そのことは、あたしは17年間の人生で痛いくらいわかっている。


 でも、今のあたしは一人で困難に相対していても孤独じゃない。


 過去のあたしのように、本当の意味で一人ぼっちじゃない。


“不死鳥”小田氏治さまが隣にいて、小田家四天王や家臣団に支えられて、兵や領民の方々が後ろにいる。


 そう思うと、体は全く震えがなかった。


 だから、震えないでくださいよ氏治さま。


 あたし、このまま負けるつもりはありません。


 どんな戦であっても、一人の天才だけでやるものじゃない。


 ――誰が天才とか、誰が凡才とかでは決まらない。戦は全員で戦うものです。氏治さま、それをお見せします!


 今、あたしが生きているのは誰にも弾かれた家でも学校でもない、氏治さまが当主の小田家を支える家臣団。


 小田家の中で『』なんてあたしが言うのは、もうただの言い訳だ。


 みんなが見てくれているのは女子高生のあたしじゃなくて、小田家客将としてのあたしだ。


 ――今のあたしは、もう凡才女子高生雫澄じゃない。これからは、小田家の将として生きていく、客将雫澄なんだから!


 今のあたしは、守られるだけの存在じゃない。


 みんなを守り、守られる存在なんだ。


 今あたしが守るのは、小田家の誇と未来。


 名族小田家がこの先の時代も生き残るためには、守るためには、恩返しし続けるには、あたしが将としての才を信じ前に出るしかない。


 ――さぁ、勝負です。”麒麟”明智十兵衛光秀!


「この条件、飲めません」


「な、なんですと」


 驚く明智さまに、あたしは真っ直ぐに言葉を返す。


「これでは同盟ではなく、従属です」

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