澄、氏治と共に佐竹家との会談に向かう

「今日は、二人ですね。心強いです」


「うむ。今回ばかりは、わしもいかねばなるまい、頼りにしておれ!」


 馬上でそんなやりとりを交わしながら、あたしと氏治さまは佐竹家との会談のために石岡に向かっていた。


 頼りにするつもりはないんだけど、やっぱり隣に氏治さまがいるっていうだけでも違う。


 交渉事はあたしがまた一手に担うことは決まってるけど、前回のひとりぼっちより心強い。


「頼りにするつもりはありませんが、隣にいるだけでもあたしには十分です」


「うむ!交渉事は分からんからな!」


「あ、あの、きっぱり言わないで下さい。一応、当主なんですから」


 あんまりキッパリに言われて、さすがにあたしも護衛も苦笑いですよ。


 さすがにちょっとくらい、なんか違う言い方はなかったのかな。


「できぬことをできると言っても、仕方あるまい!それともあれか、澄はわしに口出ししてほしいのか?」


「いえ、しなくて大丈夫です。隣にいるだけで、もう十分心強いので口出しは控えていただけると助かります」


 うん!それは困る。


 出したら出したらで、大変な事になってまとまりそうなものもまとまらなくなっちゃう。


 お願いです、居るだけでいいです。


「だろう!」


 なぜかしてやったりって顔を見せる氏治さま。


 これでも一応、名族小田家の当主なんだよね。


 史実の氏治さまもこんなだったとしたら、周りが本当に苦労したんだと思う。


 でも、今のあたしにはこれでいい。


 、ダメなんだ。


 今だって、前回より重い会談になるかもしれない。


 なのに、氏治さまが一緒だってだけで心はどこか軽いんだもん。


「佐竹との会談がまとまれば、葉月も戻ってくるかのぉ」


「そうですね、きっと戻ってきます」


 どこか寂しそうな眼をする氏治さまに、胸がぎゅっと痛む。


 この時代には、確か家族っていう概念や言葉はなかったはず。


 でも、お嫁さんと離れ離れっていうのはやっぱり辛いんだろうな。


 この口調と表情を考えると、仲がかなりいいみたいだし。


 ――大丈夫ですよ、氏治さま。きっと一緒に暮らせるようになりますから。


 今回の会談は小田家の為であるのはもちろんだけど、氏治さまの為でもある。


 不安を取り除き、余裕ができれば氏治さまの領地運営はもっとよくなるはず。


 あと、室といつまでも離れ離れっていうのはよくないはず。


 この状況だったら、氏治さまから離縁をしてもおかしくなかったはず。


 でも離縁しなかったのは、いつか仲が戻った時にもう一度迎えたいからって思いからのはずだから。


 優柔不断と言えばそれまでだけど、氏治さまにとっても葉月さまは守りたい人だったんだろうな。


「澄、今日も」


「はいっ!我を張って、佐竹との会談がんばります!」


 馬の上で、あたしは笑顔で気合を入れた。


 交渉は、ただ鵜呑みにするんじゃダメ。


 氏治さまのために、小田家のためにどこまで我を張れるか。


 交渉はあたしに一任されているから、あたしの意思が小田家の意思になる。


 ――がんばるぞ。


 少し強くなった青空を仰ぎ見て、これくらい明るい未来を小田家に届けたいと思った。


 * * *


「お久しゅうございますな、小田殿」


「佐竹殿も、ご健勝で何より」


 庵の中で氏治さまと義昭さまが、互いに頭を下げる。


 こうしてみると、やっぱり名族武家の当主感が出るなぁ。


 庵の中にいるのは、小田側が氏治さまとあたし。


 佐竹側は前回と変わらず、義昭さまと義重さまの親子と明智さまの三人。


「此度は以前雫さまが提示したことを考慮した佐竹の条件を提示し、それに対し小田の意見を伺う。このようなものでよろしいでしょうか」


「うむ、構わぬ。佐竹殿との同盟が我らも望むところだが、ことが事ゆえ慎重に事を進めたい」


「はい、かまいません」


 氏治さまは堂々と当主としての言葉を述べ、あたしは明智さまに頭を下げる。


 小田家側の条件は大まかだけど、前回伝えてある。


 本当は文でやり取りすべきなのかもしれないけど、こうして対面しているのは文では伝わらないというあたしのワガママだ。


 そのわがままを聞いてくれたのは、佐竹側も小田との関係を何とかしたいって思ってる。


 あたしは、そう受け取っていた。


「では、書にまとめてありますゆえ。お読みください」


「うむ」


 あたしが字を読めないのを知っているから、受け取った書状を読み上げる。


「互いの領地を同盟が続く限り不可侵とすること。お互いのまつりごとには干渉せず、領主がこれまで通り統治をおこなうこと。お互いの領地を行きかう商人や職人の安全を保証するために街道の整備などを協力して行うこと」


 ――ど、どういうこと!?


 氏治さまの読み上げた内容は、あたしには信じにくいものだった。


 確かに後ろ二つは、いろいろ詰めていけばいい。


 人材の交流、技術提供は先進的だったから省かれてもまだいい。


 だけど、領地不可侵だけっていうのははっきり言って納得できない。


 それは、佐竹からの侵略はなくなるけど、小田側からの援軍要請は見込めないに等しい。


――これじゃあ援軍をもし要請しても、拒否される可能性が十分あるってことじゃない!


 なんでそんな小田家が飲みにくい条件を、佐竹側が出してきたのか信じられない。


「まずは、この三項目を佐竹側からは提案しようと思います」

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