澄、小田城に戻る
「勝った、けど……」
会談後の馬上、あたしの意識は朦朧としていた。
何とか乗り切ったとはいえ、この後どうなるかは分からない。
何せ、あたしの出自の秘密を佐竹にばらしてしまったんだから。
「でも、いいんだ。命はとられなかったし、小田と佐竹の同盟の道は残したんだから」
何とか言い聞かせて、勝ったんだよって言い聞かせて笑おうとしても、出てくるのは乾いた力のない笑いだけ。
護衛の彦九郎さんたちも、戸惑っているのか、それとも気を使ってか何も話しかけてこない。
もし、佐竹があたしの秘密を小田に伝えることになれば、あたしは家中で孤立するのは間違いない。
そうしたら、もう二度と氏治さまの側にいるなんて叶わない。
真実を知ってるみんなはともかく、他の人からは500年先から来た女なんて、人間じゃなくて妖怪にしか見られない。
「小田城の近くの山に、庵でも立ててもらってひっそり暮らそうかな」
小田家家臣でないと同盟は維持できないけど、お城の中にいたらみんな気味悪がる。
それに、氏治さまの側にいたら、きっと妖怪に操られてるだとかあらぬ噂だって立っちゃう。
あたしは氏治さまの迷惑にはなりたくないし、なら、お城を出たほうがいいはず。
不老不死だから、ご飯食べなくても病気になっても死なないだろうし。
「でも、そんなのしたくない。寂しいよ」
小田家を守る、恩返しをし続けるための判断だから、城を出ていくってことも間違ってないはず。
でも、大好きな氏治さまの側にられなくなるかもしれない不安は、今さらながらに襲い掛かっていた。
氏治さまだけじゃない、家臣団のみんなや足軽のみんな、領民たちともお話しできなくなる。
やっと手に入れた誰かが側にいる日常っていう宝物を手放さなきゃいけないのは、やっぱり辛い。
「まだまだ、氏治さまの側にいたいよ……小田家のみんなと、もっともっとお話しして……」
ぽろっと涙がこぼれた。
小田家の為に自分を犠牲してもいいって気持ちと、自分のようやく手に入れた幸せを大事にしたい気持ち。
その波間に揺れて、どうしようもなく不安になっていた。
* * *
気が付けば夜も遅く、かがり火がたかれた小田城に戻ってきていた。
「皆さん、この度はありがとうございました。会談を無事に終え、こうして小田へ帰ってこられたのは、皆さんのおかげです」
ぺこりと頭を下げるけど、誰一人声を発しなかった。
石岡からここまでの道中のあたしの様子で、恐らく無事に会談を終えたのではないってことが分かっちゃったのかもしれない。
「ご心配、申し訳ありません。ですが、休めば元気になります。皆さんも、ゆっくり休んでください」
精一杯の強がりかもしれないけど、こういう時にこれ以上ダメな姿を見せたら本当に動揺が広がっちゃう。
ただの女子高生だけど、今は小田家の将として、精一杯の強がりを見せなきゃいけなかった。
そのまま門をくぐり、ふらふらと寝所へと向かう。
何とかそこまで帰り着けば、ようやく一人になれる。
そこでなら、いくら泣いたって弱音吐いたって大丈夫のはずだから。
「澄!戻ったか!」
だけど、寝所にふらふらと歩いていたあたしを呼び止める声が聞こえた。
聞きなれたその声は、間違うはずもない氏治さまだった。
「氏治さま……。わざわざお出迎えするなんて、どういう風の吹きまわしです?」
「家臣を迎えるのは、当主として当然じゃろう」
ああ、もう、ほんと優しいんだから。
気が緩んで、崩れそうになっちゃうよ。
でも、そんなことしたら氏治さまに心配されちゃうよね。
「戻りました」
精一杯、氏治さまを安心させるように声を張った。
「よく、戻ったな」
「お約束、守りました。生きて帰るって命令、守りましたよ……」
だけど、やっぱり限界。
身体で寄りかかるように氏治さまに縋りつくと、何とか声を絞り出した。
「よく、生きて戻ってくれた。それだけでも、わしには十分じゃ」
「小田と、佐竹の同盟、何とかなりそうです」
「ま、まことか!?」
よかった、氏治さまが喜んでくれた。
驚きと嬉しさの入りまじった声に、あたしの張りつめていた心が緩んじゃう。
安心と不安と、抑えていたものがもうあふれそうだった。
「うん、頑張ったよ。氏治さま……あたし、頑張ったよ……」
ぎゅっと氏治さまを掴む。
たくさんの怖かったと、ごめんなさいを訴えるように離れたくないとばかりにギュッと爪を立てた。
「小田の5倍俸禄を出すって言われても、断ったよ」
言葉遣いがどんどんズレて、一人の将から一人の女の子に戻っていっちゃう。
「やはり、澄の翻意が目的であったか。無理を、させたな……」
「あと、あたしの出自、ばらしちゃった。ごめんね」
「なんじゃと!?ど、どうしてじゃ!あのことが多く伝われば、澄が小田家、いやこの地にいることも叶わなくなるとも限らんのじゃぞ!」
明らかに大慌てで、あたしの肩をゆさゆさと揺らす氏治さま。
ああ、やっぱり怒られちゃった。
痛いってば、でも、仕方なかったんだよ。
「でも、そうしないと小田家と佐竹の同盟の可能性が無くなっちゃうって言われたから……頑張ったよ」
「澄、どうしてじゃ。どうして、そこまでやった!」
「だって、氏治さまと小田家が大事だから。小田家の滅亡を回避するために、恩返ししたかった」
「澄……?」
「見たくない。氏治さまが、ここのみんなが小田の地を追われて、寂しく死んでくのあたし見たくない。想像するだけで、怖かった」
あたしはぼんやりしたまま、氏治さまの顔を見た。
「そのために、佐竹との同盟はしなきゃいけない。同盟がなれば、今の小田家はあたしの知る滅亡の歴史から大きく外れるはず。だから、あたし死ぬ気で頑張ったんだよ」
「馬鹿者……。誰が、そこまでしろと言った」
氏治さまはプルプルと震えて、泣いてるのが分かる。
もう、ご当主のくせして泣き虫だな、氏治さま。
大丈夫です、恐らく佐竹様は同盟を結んでくれます。
だから、もう侵略に怯えなくてもいいんだよ。
「がんばったご褒美、欲しいな」
「な、なんじゃ?」
「庵が欲しい」
「庵じゃと?」
「小田城の近くの山に、欲しい。そこで、出自がバレた時のために小田城を出て死んだようにひっそり暮らすから」
今まであたしは褒美をもらわなかったから、今までの分も重ねてそれくらいおねだりしたかった。
「佐竹様は、あたしが居る小田家と同盟したいって言ってくれた。だから、出奔するわけにはいかない」
佐竹の条件は、あたしが居る小田家との同盟を前向きに考えるもの。
だから、今回のことで出奔するわけにはいかなかった。
「だから、小田家のために自ら城を出るというのか?」
「そうだよ。氏治さまの命で追放して」
あたしに残されたのは小田家に表向きは籍を残しながら、実質幽閉される選択肢だった。
出自がバレたらあたしみたいな怪しい女が氏治さまの側近をしていたら、みんな氏治さまを助けなくなりそう。
そんな事をしたら、せっかくまとまってる小田家はバラバラになっちゃう。
だったら側近という立場じゃなくて、遠くから小田家を見守りたい。
どうしてもって要請があったら、庵から手紙を出す程度にすればまだいいはずだもん。
「あたしの出自が高家じゃないって、みんなに知られたら、500年後の女の子だってバレちゃったら氏治さまの周りがぐちゃぐちゃになっちゃうもん」
「バカ者! 友を追放する者が、どこにいおるか!」
「え?」
想像もしなかった、大きな声にびっくりしてあたしは顔を上げた。
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