明智光秀、澄を追い詰める

「ど、どういうことですか?」


「今回話を聴き、澄殿が小田家への忠義や恩義の思いが強く、才ある人物だというのは確信を持てました」


「はい」


「しかし、自らを偽る人物であればその言葉ですら信じられるものではありません」


 明智さまは明らかに、急所に切り込んできていた。


 だけど、あたしは理解できなかった。


 自分を偽るって、どういうこと?今回のあたしは、特に佐竹を騙そうなんて言う発言はしてないはず。


 何も言えないでいると、明智さまがにやりと笑った。


「雫殿、あなたは高家の出身ではありませんね」


 まさか、だった。


 出自の偽りは、確かにあたしの信頼を損ねることにだってありうる。


 しかも、どこかの武家ならともかく公家の名を偽るというのは印象が悪い。


 でも、何でバレたの!?


「っ!な、何を証拠に?」


「澄殿の言葉です。明らかに、高家の言葉ではない」


 動揺するあたしに、にやりと笑った明智さま。


 一瞬で、血の気が引いた。


 あたしの言葉は神様の不思議な力で、この時代の人に伝わるようにはなっている。


 でも、都言葉や高家の使う言葉とは明らかに違う。


「私は美濃の出でありますが、高家との交流がありましてね」


 ――しまった!


 明智さまの言葉に何も反論も、否定できない。


 彼の放浪中の有力な土地とされている、越前一乗谷。


 織田信長に徹底的に破壊された後、放棄されて当時の面影はないけど、北ノ京っていうくらいの栄えた場所。


 いくら歴史が変わっても、一乗谷にいた可能性も、そこで高家と交流があった可能性も否定できない。


「おや、それはまるで私の言葉が何を意味しているかも知っている様子。さて、説明できますか?」


「そ、それは……」


 さすが、歴史に名を遺す麒麟。


 一瞬のスキすら、許してくれないってわけ?


 でも、どうする?


 この場でいきなり500年後から来た真実を言ったとしても、信じてもらえるっていう保証はない。


 さらに、あたしの出自は小田家の中でもほとんど知られていない秘密。


 もし佐竹を通じて真実が伝わればあたしは、小田家中での今の立場を失いかねない。


「私としては佐竹と小田が同盟することは非常に理になるもの、雫殿の提案は当主義昭さまとしても一考に値する物だと思います」


 ぱちり。


 詰め将棋の一手を詰めるように、明智さまの淡々とした言葉はあたしを追い詰める。


「しかし、雫殿が真実を偽る者であるならすべてを信じられません」


「つ、つまり、同盟の件一切を考慮しないと?」


「そうなりますね」


 否定してほしいっていう震え声は、あっさりと否定された。


 ――ったく、明智さまだってあたしの時代だと前半生も正確な年齢も不明で、土岐明智氏の傍流っていうことしかわからない謎の人なんですよ!


 思わず言い返したくなるくらい、あたしは追い詰められていた。


 勝ちだと思った時が、一番の油断。


 自分自身が大事にしている言葉の意味を、身をもって味わっていた。


「さて、どうします?私たちに雫殿が真実を語れば、佐竹家と小田家との同盟は一考の余地を残しますよ」


 これが本当は狙いだった訳では、ないんだろう。


 あたしの話を聞いていく内に仕組んだ、明智さまの戦略に違いない。


 佐竹様としても今まで不信感があった小田家と、簡単に同盟をするわけにはいかない。


 それを、明智さまは十分に分かっていた。


 万が一の危機を未然に防ぐためには、あたしが信用できないってことで追い詰めるのは当然の判断だってことだ。


 さらに、あわよくば佐竹への仕官の話に再び持っていくことだって考えられる。


 ――どうする?


 あたしの真実は、小田家でも秘密中の秘密。


 それに他家に漏れれば、これからの小田家に悪い影響だって出る。


 今だって高家出身だけど身分、分け隔てなく放すから、みんなは信頼してくれてるはず。


 でも、500年先から来た存在だってバレたらそれは妖怪の類。


 明らかに、今と同じ人間としては見られないだろう。


 出自の秘密がバレたその先に待っているのは、前の時代と同じ孤独のはずだ。


 ――やっと、ひとりぼっちじゃなくなったのに。


 たくさんの人の笑顔に囲まれ、同じ視線で色々話し、時には笑い合うこと。


 それは、やっと、やっとあたしが手に入れた、大事な宝物。


 それを、手放すかもしれないのは怖い。


 何とか、誤魔化したい。


 ――でも、ダメだ。ここで誤魔化したり嘘をついたら、明智さま、佐竹さまの信頼は得られない。小田家は、本当に孤立しちゃう。


 同盟の交渉がまとまらなかったら、小田家は間違いなく大きな戦火に包まれる。


 そうしたら、あたしの守りたいものは守れない。


 氏治さまも、小田家家臣団のみんなも、領民たちも。


 戦に飲み込まれ、もしかしたら死んじゃうかもしれない。


 そんなのを見守るなんて、絶対に嫌だった。


 あたし一人の宝物より、小田領の方が大事なんだ!


 ――氏治さま、ごめんなさい。でも、分かってください。小田家を守るには、これしかないんです。


 あたしは、お腹にある懐刀の上に手をやった。


「分かりました、明智さま」


「雫様」


「真実をお話します。しかし、あまりにも荒唐無稽な話であります。あたし自身も、どうしてなの分かりません」


 三人の顔が、明らかに訝しむ表情に変わった。


「それは、捨て子ということか? 高家の血筋であるが、捨て子で常陸の地に流れてきたというのであれば偽るのも致し方ないと思うが」


 義重さまの言葉に、首を振る。


 もちろん、そのごまかしも考えた。


 でも、そうしたらお父さんやお母さんの話、子供の時の話を聞かれたら詰み。


 勝ち筋は、本当になくなっちゃう。


 あたしは覚悟を決めて、口を開いた。


 この戦に勝つには、これしかないんだ。


「あたしは、この時代の人間ではありません。今から約500年後の日の本、令和と呼ばれる時代から来ました」

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