澄、小田佐竹同盟を提案する
「はい。小田家としては、今の両家の関係を何とか修復したいと思っています」
「修復したい理由は?」
「まず、今の小田家は、周囲から孤立しています。北条側にはおりますが、情勢を鑑みて関東管領上杉家側につこうと思いますのでその仲介を佐竹家にお頼みしたいのです」
「ふむ、しかしそれであれば周辺諸家でも良いのではないか?」
あたしは、首を振った。
ここで、そうですなんて言ったら佐竹との交渉はまとまらない。
それに、あたしにはちゃんと考えていた理由がある。
「上杉さまも、氏治さまが当主になってからの小田家には不信感を持っていると思います」
「それは、ありますね。私の調べた範囲でも、小田家の評判はあまりよくありません」
さすが明智さま、こういう情報は持ってる。
こういう人が居ると、交渉って楽なんだよね。
どうしても事前知識のせいで、仲間にはしたく無いけど。
「ですので、今回の加勢に関しては佐竹家が小田家が味方にあるというのを保証して欲しいのです」
結城家に『二心あり』と断られたのだから、小田家だけで上杉家に加勢の文を出しても信頼されるはずが無い。
今のままだと他家が何だかんだ理由を付けて勢力から追い出したり、攻め込んでくる可能性もある。
だけどそこに、上杉家側の最大勢力ともいえる佐竹家の保証があれば別。
この状態であれば、小田家に弓を引けば間接的に保証した佐竹に弓引くことになる。
周辺諸家としては、佐竹と敵対したくない家が多いはず。
だから、上杉側に助力すると佐竹家が保証してくれれば、今の小田家の危機を乗り切れるはずだ。
「なるほど。上杉さまもだいぶお困りのようだから、小田家が戻ってくれるのは歓迎であろう。そのための関係修復なら、考えても良いな」
うん、まず一つはクリア。
だけど、それはあくまでも本来の目的じゃない。
これからが、関係修復の本命のなんだ。
「ありがとうございます。ですが、それでは足りません」
「足りぬと申すと?」
「上杉側へ戻れたとしても、今の小田一国だけでは恐らく小田領を守り切れぬでしょう」
「なるほど、つまり小田の地を守るために我ら佐竹と協力関係を結びたいってことか」
義重さまが、なるほどって発言したけどあたしは首を振った。
そんなものじゃない。
さらに踏み込んだ関係に、あたしはしたかった。
「いえ、協力ではなくて佐竹・小田の常陸同盟を結びたく存じます」
協力関係ではなく、両家を同盟関係にする。
あたしの望んでいるのは、歴史には無い佐竹小田両家の同盟だった。
「佐竹さまは、奥州もですが常陸の統一が悲願の目標のはず」
庵の中の空気が一瞬にして張り詰める空気が変わる。
佐竹にとって、常陸統一は悲願なんだから敏感になるのは当然だからね。
「一方、小田家としては、急速な領地の拡大など望んでおりません。言ってしまえば、先祖伝来と言われる小田領を守りたいだけにすぎません」
これは先日、ここに来る前の評定で決まったこと。
確かに領地を増やしたいのはあるけど、周辺諸家との関係を鑑みると無理。
ならば、領地を守りその中で発展をするのも一つではないか。
これは、あたしじゃなくて氏治さまの案だった。
戦を嫌う氏治さまの中では、民が戦で疲弊することが悩みの種だった。
農閑期の仕事として戦を推進しているところはあるが、小田は戦では負け戦続き。
それどころか人口の減少による労働力の低下、戦に対する不安が問題になっていた。
家臣の皆も、小田を守るためにそれぞれが疲弊するのは問題だって思ってたらしい。
ある家は、遂に金銭が底を突きそうで俸禄を払えそうにないという不安も抱えている状態だった。
「しかし、先刻――」
「先の戦は、小田城という小田家先祖伝来の本拠を落とされたから取り返しただけのことです。佐竹に歯向かう意図の戦では、ありません」
義重さまの言葉を遮って、先手を打つ。
奪われたから取り返しただけで、佐竹を侵略しようとする意思は小田家には無い。
先の戦に関しては、小田家が佐竹側に必ず伝えなければいけないことだ。
「小田領をこれから先も守るなれば、専守防衛に努めるためにも力のある隣国である佐竹様の力は必要不可欠でございます」
自衛隊って訳じゃないけど、氏治さまの小田家の武力方針はまさに専守防衛だ。
武力侵略により民に危害が及ぶならば迎え撃つけど、こちらから侵略行為には及ばない。
戦は嫌いだが、民と領地を守りたい。
そんな将が欲しているのは、小田家に必要なのは守るべき力を貸してくれる勢力のはずだ。
「同盟に関する子細は今後、詰める必要はありますが、あたしは佐竹家とは軍事協力だけの同盟とは考えておりません」
「と、申されますと?」
「人材交流、行き交う商人の荷と命に対する安全保証、必要であれば周辺諸国の情報提供をしたいと思っております」
「人材交流?」
訪ねてきた明智さまに、あたしは小さく頷いた。
「佐竹家には岡本禅哲さまをはじめ、文武ともに優れた方がいるのは承知しております。しかし、小田家にも負けず劣らずの人材が居ると自負しております」
岡本禅哲は今日は来ていないけど、本来は今の佐竹家の外交官のはず。
僧籍に身を置きながら、佐竹の外政内政に大きく関与した佐竹の武将だ。
「それぞれが交流し、新たなる知見を得ることもありましょう。同盟による人材交流をきっかけに、相互の家が繁栄すればと考えております」
それぞれの家臣団が違う知見を持っているのは当然で、互いの家や自分自身の見えない欠点が明らかになれば相互の発展になるはず。
小田家のみんなも、今のままでは閉塞感もあり新しい知見は欲しいと言っていた。
さすがに佐竹家とは釣り合うとは思えないけど、史実の小田家が詰みゲー領地でもなんとかなったのは優秀な家臣団のおかげ。
実際、政貞さまをはじめとする家臣団は接していて、かなり優秀だと思えている。
だから完全な、あたしのハッタリではない。
もしハッタリだとしたら、後々佐竹家との信頼が揺らいじゃうしね。
「ふむ。雫殿いうように小田殿はともかく、小田家には菅谷どのをはじめ、文武に優れた人物が居ると聞く。戦の経験も豊富な者が多く、我が家中でも先達として教えを請いたいものも居るかもしれぬ」
「小田家は霞の裏や、水運を通じ佐竹に来る商人の流れに大きく関わってきております。小田領を安全に通過でき、荷を保証するならば佐竹領の商人としても商いがしやすくなり、こちらとしても軍備に有利ではございますが……」
「親父、明智殿。澄殿が言うように、小田家が北条側の動きを流してくれるのであれば、これから進めようとする奥州への戦いもしやすくなるのではないか?」
目の前の三人の表情が、驚きと同時に納得するものに染まっていく。
ハッキリ言えば、あたしが提示したのはこの時代では無茶苦茶な条件。
この時代の同盟には無い、どっちかといえばあたしの時代、いや、あたしの知識を基にした同盟条件なんだからね。
「今、小田家が本当に手を取り合いたいのは、関東管領家ではなく隣り合う佐竹さまなのです。どうか、ご一考お願いできませんでしょうか?」
「雫殿の言い分は、分かりました。しかし、佐竹さまにはどのような利があるのでしょうか?」
これ、絶対誘ってるよ明智さま。
だけど、それは教えてくださいって言うより確認したいって意味だよね。
さすが頭のいい人は、助かるな。
「同盟関係となれば、小田領と佐竹領が合わさり常陸の国の多くが佐竹の勢力下になることになります」
「なるほど、小田家としては領地は独立しているが常陸統一といってもいささか間違いではないな」
「もちろん、従属する気はありません。対等な関係としてですが」
にやりとした義昭さまだけど、対等というのは強く言っておきたいところ。
ただ協力関係で勢力下につきましたじゃ、佐竹に振り回されることだって考えらえる。
対等な関係を築き、お互いの家を発展させなきゃ小田家は一方的に搾取される側に回ってしまう。
「佐竹様としては常陸統一の悲願もありましょうが、先も義重さまがこぼされましたが北方の蘆名など奥州の諸家とに精力を集中させ、奥州統一を宣言したいのだとあたしは考えております」
これは、あたしだから知っていたこと。
佐竹家は義重さまの代に蘆名などの争いが絶えなかった南東北の諸家をまとめ上げ、奥州統一を宣言する。
北条や小田家のおかげで南進ができなかった分、北に勢力を伸ばさざるを得なかったとしても北への勢力集中は佐竹の利になるはず。
「もし、同盟を結べれば小田が佐竹の北進を支える南の壁となりましょう」
「壁、とな」
あたしは、義昭さまにハッキリと頷いた。
小田家が佐竹家に提示できる最大の条件は、北条を抑えるための壁の役割を担うと宣言することだった。
「同盟がなれば坂東武士の血を引く勇猛な小田家臣団が、佐竹の南壁になる事をお約束します」
「なるほど、小田家は領地を守る力を得。我らは常陸統一の悲願が叶い、北方や下野に力を集中出来るという訳か」
義昭さまの反応を見る限り、悪い感触ではない。
明らかにこの条件は、佐竹にだって利のあることだって伝わったみたいだ。
「その通りです。どうか、まずはご一考をお願いしたく存じます」
あたしは、深く頭を下げた。
「この同盟条件は驚きもありますが、悪く無いもの。さらに、雫殿が居る限り、小田が佐竹に刃を向けることは無いでしょう」
「明智さま」
「そして、雫様は小田家にあれだけの忠誠を誓っておられる。簡単に反故になるとは、思えません」
よし、あの明智さまも少し動かせた。
佐竹家では新参者だろうけど、こんな会談に着いて来られるんだから信頼もされてるはず。
当主の義昭さまと明智さまが興味を持ってくれてるなら、持ち帰って検討してくれるはずだ。
一度目の会談の成果としては、十分。
――この戦、これで勝ち筋だ!
そんな手ごたえを感じたあたしに、明智さまから信じられない一言が飛んできた。
「雫殿が、信頼に足る人物なら、ですが」
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