澄、まずは本題前を乗り切る

「して、雫殿」


「なんでしょうか?」


「小田殿は、どうした? 護衛は引きつれていたとはいえ、お主一人のようだったが」


 来ると思ってました、その質問。


 分かっていた質問だけあって、不思議と気持ちが落ち着いてきた。


「あたしが、お止めしました」


「雫殿が?」


「なんと。して、理由は」


 驚く義昭、義重親子にあたしは一度、頭を下げた。


「此度の書状を確認したところ、佐竹さまに私と殿を討つ心が無い事は分かっておりました」


「こちらとしても、そのようなつもりは無かったからな」


「しかし、万が一がございます」


「万が一、か」


「小田と佐竹は、我が殿のせいで緊張状態。佐竹さまに討つ気が無くとも、何があるかまだ分かりません」


 実は道中思い出したんだけど、佐竹家はまだ一枚岩じゃない。


 江戸家も平伏したと言っても独立的な動きはあるし、この石岡を治めている大掾氏は義昭さまの正室の実家だけど、完全に佐竹家配下ってわけじゃない。


 彼らや彼らの家臣が、手柄と言うことで氏治さまを狙う可能性は十分にあった。


「殿には、まだ世継ぎもおりませぬ。何かあれば小田家は絶えてしまいます。殿も分かっておられたようでして、納得して頂けました」


「あの、小田殿の事だ。会談に渡りに船と思って無理やりにでも来ると思ったのだが、そのようなことは無かったか!」


 はい、その通りです義昭さま。


 でも、氏治さまは来なかった理由は、本当はあたしが止めたんじゃありません。


 本人がガタガタ震えながら『死ぬんだぁ……』って言ってたのが9割なんです。

 だから、ごめんなさい、その評価は全然違います。



「殿は佐竹と協力関係でもある江戸氏の娘を正室として娶りながら、佐竹家に反しています」


「さすがに、知っておるか」


「はい。それも葉月姫様は、江戸氏のもとに帰っております。これだけでも、襲われないとは言い切れません」


「小田殿とは違って、かなり頭が切れるるようじゃな。しかし、あのままであれば、お互いに良い関係であったものを……」


 呆れたようにため息をついた義昭さまに、あたしもつられてため息をつきそうになって何とかとどまった。


 ああ、氏治さまの評価、やっぱり最悪だよ。


 これ、関係修復を交渉で持ち出して本当に修復大丈夫かな?


 ちょっと、不安になって来たよ。


「あの、差し出がましいのですが、葉月姫様はお元気なのでしょうか?」


「それは、どういう?」


「正室として嫁ぎながら実家に戻したのは、殿の命。葉月さまとお会いしたことはありませぬが、その時の心中を察するに余りあるものと思いまして」


「元気とは言えぬようじゃ。毎日、空ばかり眺めておると、忠通が嘆いておったわ」


 ああ、やっぱり。


 葉月姫様、責任感じちゃってるんだろうな。


 自分は小田と江戸氏の仲を取り持つために嫁いできたって役目を感じてた

 それは、佐竹と小田の仲にもつながるってわかってたはず。


 なのに、肝心の氏治さまは江戸と佐竹側から離れてしまった。


 それも、更に告げられたのは安全のためとはいえ実家へ帰ること。


 役目を果たせなかった思い、何か失敗したんじゃないかって不安。


 もしかしたら、何度か自害まで考えたかもしれない。


 でも、それができないから毎日空を眺めてるのかもしれない。


「殿に代わり、お詫び申し上げます……」


「いや、小田殿にも何か考えあっての事だろう。しかし、あまりいいものではないな」


 はぁ、やっぱりのしかかってくるのこの半離縁問題。


 このおかげで、小田家、いや、氏治さまの心象最悪だよ、もう。


「さすがですね。ここまで様々な事に頭が回るとは、雫様にますます興味が沸いてきます」


 明智さま、あたしに全っ然興味持たなくていいです。


 美濃の麒麟とも称され、尚且つ、日本三大裏切り武将ってアンケートするとまず名前が出る人に興味持たれたくないです。


「なので、此度は私一人で参りました。勝手な事をしてしまい、申し訳ありません」


「いや、我らが用のあったのは雫殿といっても過言ではない。小田殿は、二の次じゃ」


「義昭さま……。そ、そうでしたか。私の独断をお許しくださり、ありがとうございます」


 うわ、良かったですね氏治さま、ついてこなくて。


 来ても、完全に蚊帳の外だったですよ。


 というか、周辺諸家にこんなに興味持たれてないって当主として大丈夫?


 小田家の事しか見てなくても不安だったんだけど、周辺諸家にもまさか「アイツ全然だから楽勝!」って思われてないよね。


 弓馬の道は衰えたって言われても、小田家臣団は強力だし。


 あれ、でもそれって、やっぱり氏治さまは大したことないってことになるんじゃ。


「それでは、本題に入ろうか」


「はい」


 氏治さまの話題が出たことで少しリラックスできたのか、いよいよ本来の目的の会談が始まるのに体の震えは収まっていた。


 ありがとう、氏治さま。


 無事に帰ったら、何かあるもので500年後であたしが好きだったご飯作ってあげますね。


 そのためには、約束通り無事に帰らないといけませんけど。

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