澄、会談へ向かう

 ぽくぽく。


 そんな擬音がぴったりのペースで、あたしは馬に揺られていた。


 空は少し夏の雰囲気を感じさせる青で、雲一つない。


 もう最高に気持ちい、お散歩日和。


「雫殿、馬もお乗りになれるのですね。お上手です」


「ええ、以前、家で少し練習したことがあって」


「なんと!軍学に通じ、刀だけではなく馬も操れるとは、すごいですな!」


 横で驚いている平塚さまの馬廻衆を務めている来栖彦九郎さんにあたしは、ちょっと恥ずかしさを感じながら返した。


 嘘は、言っていない。


 あたしの住んでいた県には、乗馬クラブ的なのがいくつかあった。


 戦国時代の馬とは違うのはわかっていたけど、乗馬がどんな感じなのか気になって何度か通ってたっていうだけ。


 あの時はサラブレットだから、結構視線も高かくて緊張した。


 だけど、今あたしが載ってるのは体格のいいロバっていうかポニーっていうかそんな感じ。


 だから、一人でそこまで怖くなくてなじむことができた。


 もちろん、今回乗ってる馬が素直で気勢がいいっていうのもあるんだろうけどね。


「彦九郎さん、申し訳ありませんでした」


「何か?」


「突然こうして、護衛として佐竹との会談にきてもらうことになってしまって」


「いえ!小田の命運を分ける会談と殿からは聞いております、それに立ち会う雫様を護衛できるのは名誉なことです」


 この場合の殿っていうのは、氏治さまじゃなくて平塚さまのこと。


 最初は誰も巻き込みたくないから、護衛不要で一人で行くつもりだった。


 だけど、氏治さまから生きて帰って来いと厳命されたのもあって、数名の護衛を付けることにした。


 そうして集められた一人が、あたしの初陣でも護衛してくれた来栖さんたち。


 誰も知らないよりは知っていた人が護衛をしてくれるのは安心するし、来栖さんは若くして馬廻りを務めるくらいのエリート。


 やっぱり、心強い。


「えっと、他の皆さんも誰からご命令を受けてですか?」


「んや、ちげーなぁ」


 他の護衛を務めてくれているみんなに聞くと、少し恥ずかしそうにそんな声が返ってきた。


 どういうことだろうと、あたしは首をかしげる。


 実は護衛の人選は諸将に任せたから、どうやって護衛が決まったか知らないんだよね。


「実はすごい人が集まってな、くじ引きで決まったんですよ」


「ななな!?ちょっと待ってください、あたしの護衛ですよ!? なんで、そんなに人が集まるんですか」


 え?護衛に人がたくさん集まるってどういうこと?


 来栖さんの答えの意味を、あたしは理解できなかった。


 あたしが佐竹との会談に行くのは伝えてあるし、それが危険だってことはだれもわかるはずなんだけど。


「そりゃ、雫様を守れるのが名誉だからに決まってるべ」


「んだ!この前の戦でも功を上げて、家中ではきれいで知的な雫様の噂で持ち切りだ」


「わしら兵たちにも気さくに声をかけてくれるから、一度でいいから話をしてみたいって話題で持ち切りなんだからしゃーないべ」


 慌てふためくあたしに聞こえてきたのは、どこかうれしそうな護衛の人たちの声。


 どうやら、小田家家中ではあたしの知らないうちにあたしの人気はうなぎのぼりになってるらしい。


 う、うーん、たった一回の功績だし、別にかわいくもないんだけどなんでなんだろう?


 あたしの顔は現代でもかわいいっていうほどではないし、この時代に好まれるようぽにょんっとした顔でもないはず。


 どっかの物語なら、


「この時代ではあたしがアイドルみたいってこと!? やったー!これで日陰に隠れなくてもいいし、みんなに可愛いって言ってもらえるんだ!」


 なーんてなるかもしれないけど、あたしは全くそんな気が起きない。


 本当に、驚き5割戸惑い5割。


 思わずぺちぺちとしてみるけど、顔は変わらない。


 どっちかというと、少しやせた感じすらする。


 この時代は米ぬかが手に入りやすいし時間もあるから、それで肌ケアはしてる。


 だから、少しぷにぷには増した気がするけけど、それだけで人気になるはずないし。


 それに確かに足軽のみんなにも気さくに声がけしてるけど、別にそれは挨拶みたいなものだし。


 わ、わかんないぞ……ここまで人気になる理由。


「ともかく、各家の馬廻衆を中心に小田家の腕自慢が集まっておりますので万が一となれば皆で雫様をお守りします」


 やる気満々という表情を見せる、彦九郎さんをはじめとする護衛の皆さん。


 ちなみに、一番地位が高いのは平塚さまの馬廻りを務めている来栖さん。


 ちょっと話を聞くと、来栖さんは家中でも有名な若武者で槍の腕は家中一だとか。


「そのうち、鬼来栖なんて呼ばれんじゃねぇのか?」


 なんてささやかれてるほどだけど、こうしてあたしの前にいる来栖さんは凛としたお兄ちゃんって感じ。


 でも、来栖さんも戦国時代を生きる武者なんだよね。


「よろしくお願いしますね」


「おう!任せておいてください!」」


 戸惑いは当然まだあるけど、こんなにも自分は一人じゃないって思えると会談へのやる気が出てくる。


 今回の会談から、さらに会談を重ねていけば佐竹との戦は当面回避できる。


 そうすれば、来栖さんやこの人たちの命を守ることもできるんだよね


「もちろん、皆さんの出番がないのが一番ですけど」


「それは、そうですな!」


「んだな、佐竹の兵たちと無駄に切りあうのはあんまりしたくねぇ」


 あたし自身の緊張をほぐすようにクスリと笑うと、緊張が解けたように来栖さんをはじめとした護衛の兵たちも笑い出した。


 あたしを待つ間、兵たちがぼんやりと槍先に止まった虫を眺めるだけだった。


 それくらい、穏やかな会談になればいい。


 ――でも、それができるかどうかはあたし次第なんだよね。


 氏治さまは、あたしの言に従って小田城にとどまっている。


 もちろん、それはあたしの判断じゃなくて貞政さまや他の家臣にも相談した上でだ。


 みんなも、会談に行って氏治さまが撃たれる危険性は危惧していた。


 かと言って、大名行列じゃないけれど派手な護衛で行けば佐竹をいたずらに刺激する可能性も分かっていた。


 それに書状の内容をちゃんと読んでもらったところ、どうやら佐竹が興味を持っているのはあたしのこと。


 小田城奪取の事もそうだけど、善政で小田の領民の中でも噂になってるらしくて興味を持ったってことらしい。


 噂が佐竹に流れるのは、あり得ると言えばあり得る。


 隣の領地だし、別にこの時代は領民の移動は制限されてないんだからね。


 ちなみに氏治さまが呼ばれたのは、その付き添いだろうっていうのがみんなの意見。


 あたし一人で行ってそのまま帰ってこなければ、佐竹があたしに謀反を促したようにみられてしまう。


 それを防ぐための、首輪の意味じゃないかっていうことだった。


 つまり、氏治さまには最初から大したようじゃなかったらしい。


「あれ?わしって一体?」


 氏治さまはポカンとしていたけど、家臣全員が『ああ、やっぱりね』っていう感じで表情の間で頭を押さえていた。


 あたしとしては、小田家を裏切るつもりはない。


 それを、氏治さまはをはじめ、小田四天王のうち政貞さまと天羽さまは分かってる。


 出自の事を知っているのもあるし、あたしがお金とか領地とかの待遇に興味がないのも十分知っている。


 それに、あたしがどれだけ恩返しをしたいか、小田家滅亡の未来をどれだけ回避したいかも3人は知っていた。


「雫殿が裏切らぬこと、我らの名を持って保証する」


 3人が家臣一同に言ってくれたので、あたしは予定通り一人で行くことになった。


 だけど、それはあたしにもう一つの使命を背負わせることになった。


 もし、あたしが帰ってこなかった場合に考えられるのは、小田家から佐竹への寝返りだ。


 もちろん、あたしは小田家から離れる気はさらさらない。


 けれど、会談で幽閉されて小田領へ戻れなかった場合、3人へあたしが帰ってこない事への疑いの目が向くことになる。


 小田家当主と家臣団筆頭と、小田家の軍略をつかさどる四天王のうちの一人。


 その三人が家中から疑われたら、小田家の中は大変なことになるのは火を見るより明らか。


 これは、刀傷一つ負わないで小田領に帰らなきゃいけないらしい。


 というか、そもそも捕まるのさえ許されないってことだ。


 更に今回の会談では、あたしの持っている策を披露することが決まっていた。


 佐竹が会ってくれるなら、小田家の想いも伝えるのもいい。


 最初は誰かが何気成した発言が発端だったんだけど、そこであたしは用意していた作戦をみんなの前で披露した。


 驚きと戸惑い、そして不安が広がった。


 当然無理だっていう意見も、沢山出た。


 でも、話し合いを重ねる中で皆あたしの策を試す価値はあると納得してくれた。


 もし、この策が上手くいけば小田家の歴史は、あたしの知る歴史から大きくレールから外れることになる。


 ――背負うものが、大きくなったな。


 とはいえ、馬の上でこうしていろいろなことを考えても仕方ない。


 今は書状の内容を信じて、庵寺に向かうだけ。


「空は、青いなぁ」


 空を見上げた時、あたしは胸がいつになく強く脈打っているのを感じていた。


 気が付けば佐竹との会談の地まで、あと少しだった。

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