澄、氏治の真意に驚く

「なにを馬鹿なことを申しておるのじゃ!」


 初めて聞く、氏治さまの驚きと戸惑いの声が部屋に響き渡った。


「ですから。あたし一人で行きます。あたしならば切られても、小田家の血筋は絶えません」


 これは、当然のこと。


 氏治さまは知らないけど、あたしは不老不死の身体。


 だから、切られてもたぶん死なない。


 首を切られたらわからないけど、普通の刀傷じゃ死なないはずだ。


 もし、そこまでの不老不死の身体じゃなかったとしても、氏治さまの身代わりになる方がよっぽど小田家のためになる。


 死ぬのは怖い。


 でも、氏治さまが死んでしまう方が、あたしは怖かった。


「確かに今のわしに跡継ぎはおらん!じゃが、もし殺されるなら澄よりわしのほうが……マシじゃ」


「な、何言ってるんですか!? 氏治さまは小田家当主!あたしはただの一家臣ですよ!?」


 さすがのあたしも、氏治さまの言葉には声が大きくなってしまった。


 一家臣と当主の命なんて、天秤にかければもうすごい勢いで当主のほうに傾くに決まってる。


「わしでは、小田家を守っていくことなどできない。それは、澄もわかっておるじゃろう?」


「そ、それは……」


 氏治さまは、あたしに散々な未来を知らされ続けてきた。


 そんなことはないと思いたくても、今までの失敗と自分自身の今を見れば否定できなかった。


 そして、氏治さまに滅亡の未来を告げたあたしだから、そんなことありません!とは否定できなかった。


「澄、わしは考えていたことがあったのじゃ」


 少し冷静になったのか、氏治さまはゆっくりと口開いた。


「いくら澄の時代のわしが、この乱世で命をつなぎ畳の上で天寿を全うする人生だったとしても、今のわしがそうとは限るまい」


 氏治さまの言葉は、間違いじゃない。


 だってもうあたしの知る氏治さまの人生と、目の前の氏治さまの人生は同じじゃない。


 それは本来なら氏治さまに出会うはずなどない、あたしというありえない存在と出会ってしまったからに他ならない。


 少しの歴史のズレが、氏治さまの死期にもかかわってる可能性は否定できない。


「じゃから、万が一のときは澄を姫として迎え、澄が小田家当主となって小田家を継いでもらうつもりじゃった」


「う、氏治さま?何、言ってるんですか、女が家を継ぐなんて許されるはずがないですよ!」


 この時代、女性が家の後を継ぐなんてまず許されることじゃない。


 小さな豪族ならともかく、小田家は小さくとも脈々とつながる名族。


 女のあたしが当主なんてなったら、反発は免れないし離反だってあるかもしれない。


「それに、出自はどうなるんですか!?今はどこかの高家でいいですけど、継ぐとなったら正式にどこかの家にしなきゃいけないんですよ!当てもない小田家には無理です!」


 みんなには高家出身っていうことになってるけど、実際はそんなことなんてないただのなんでもない家の出身。


 今はごまかしてるけど、継ぐとなったらどこの家かははっきりしなきゃいけない。


 だけど、貴族と縁遠い小田家には無理。


 かといって、500年先から来た真実を告げたところで受け入れられるはずがない。


 これじゃあどう考えたって、名族小田家の当主なんて務まるはずはない。


「もちろん、だれかを正式な当主として、養子に迎える間の正式ではなく仮の当主じゃがな」


「でも、それじゃあ小田の血が!」


「他の家でも血が絶えておる家は多いぞ。養子などを迎えて家名をつなぐのが珍しいことではないのはこの時代をよく知る澄も知っておろう」


「そ、それは……」


 あたしも直径でずっと家名をつなぐっていうのは難しいのは、知っている。


 お家乗っ取りなどもあるけど、様々な理由で養子縁組で家名をつなぐことはなかったわけじゃない。


「澄は民をいつくしむ心があり、戦や外交にも優れた才覚もある」


「氏治さま……」


「わしより、小田家を正しく上が屋しい未来へ導けるじゃろう」


「や、やめてください……」


 氏治さまの言葉は、あたしを認めてくれるはずの言葉。


 前のあたしなら、何よりもあたしを認めてくれることが嬉しかった。


 それはきっと今でも変わらない、はず。


 でも、うれしいはずの言葉はあたしの中でどんどんと色を変えていく。


 それは、小田家を背負うのが嫌だという意味じゃない。


 氏治さまから、まるで自らが小田家には不要だっていうような言葉を聞くとなぜだかすごく悲しくなってくる。


 自分が認められているのに、どうしてこんなにも悲しくなってくるんだろう。


「わしが死ねば、澄が当主となり小田家を――」


「やめてください!!そんな未来、あたしは要らないです!」


 あたしは、氏治さまの言葉をさえぎって叫んでいた。


 もう、自分の中のざわめきを抑えられなった。


「す、澄?」


「あたしは何十万石の戦国武将になりたいわけでも、知識を駆使して天下を狙いたい訳じゃありません!」


 いつしかボロボロと流れてきた涙、目の前で驚いてる氏治さま。

 その両方に全く構わず、あたしは泣きながら叫んでいた。


「もし、そうなりたいならとっくに氏治さまを傀儡にしてます!」


 氏治さまを傀儡にするなら、機会はあった。


 出会った時にも氏治さま、小田家の惨憺たる未来を伝え、あたしならば神の力で小田家を救えますからその座をお譲りください。


 そんな事でも言えば、小田家を乗っ取ることだって可能のはずだ。


 その後も、小田城奪回で小田家家臣団にも一目置かれるようになったのだから、正体を脚色しながら伝えれば乗っ取る事だって可能だった。


 でも、そんな気持ちさらさらなかった。


「あたしが見たいのは、優しい氏治さまの治める小田領です!」


「わ、わしの治める……?」


「そうです!あたしは、氏治さまが乱世を生き抜く続く力添えがお傍で出来れば、十分なんですよ!」


 それが、今のあたしの生きる意味だった。


 氏治さまのそばにいて、氏治さまの笑顔を守って、氏治さまと領地を守っていく。


 正室や側室がいるなら、その人たちとも仲良くやっていきたい。


 氏治さまの幸せと、小田領の幸せを守る。


 その幸せのためなら、自分の身の危険なんてどうでもいい。


 そのあたしの気持ちが、氏治さまに伝わってなかったのが悲しかった。


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