澄、喜び、氏治、泣き崩れる
「あ、あの、氏治さま?」
「もう、おしまいじゃあ……わし、死ぬんだぁ……」
戸惑うあたしの前で氏治さまはぐすぐすと泣いて、さらにどこかのVTuberみたいな言葉を言いながら突っ伏して震えてる。
「あ、あの?」
だけど、あたしは全く事情が分からないまま。
佐竹からの書状は、氏治さまに会談を求めるもの。
怒ってるわけでもないし、これから攻めてくると書いてあるわけじゃない。
なのに、どうしてこんなに怯えてるんだろう?
「も、漏らしてなど、おらぬぞ……?」
「き、聞いてないこと答えないでください!!」
思わず、久しぶりにツッコミが出た。
今はそんなこと気になってないし、そもそも心配してるわけじゃないんだけど。
「氏治さま、何でそんなに怯えてるんですか?」
「わしからみれば、澄が平然としてる方が信じられぬ」
「あたしは、氏治さまがここまで怯える方が信じられません」
「わし、今から死ぬんじゃぁ……」
「ついさっき、簡単には死なないから大丈夫ってあたしに言ったばっかりじゃないですか」
あたしはため息交じりに、氏治さまの隣に寄り添う。
でも、何であの書状におびえているか、理由を聞かないとどうしようもない。
「考えてもみよ。あの今小田と険悪な佐竹殿からの、会談の申し込みじゃぞ?」
「はい」
「行ったら、切られるに決まっておる!」
「じゃあ、行かなければいいのでは? 書状をもらっただけですが、書状でお断りすればいいと思います」
「ダメじゃ!」
あたしの声に、泣きそうな声がすぐに返ってきた。
「そんなことをすれば、佐竹がここに攻めてくるに決まっておる!」
氏治さまはガタガタと震えながら、相変わらず床に突っ伏したまま。
「しかも、行くのはわしと澄だぞ!」
「はい、あたしの名前もありましたからね」
なぜか氏治さまの名前と一緒に、あたしの名前も確かにあった。
文書の発行はしてないのに、何で佐竹が知ってるんだろう?
それに、あたしも一緒っていう理由はわからない。
「理由をつけて誘い出して、わしと澄を一緒に始末するつもりに決まっておる!」
「は?政貞さまたちならともかく、あたし?」
「そうじゃ!わしと澄の二人を始末して、そのまま小田家を飲み込むつもりんじゃあああああ!」
「あ、あの……氏治さまはともかく、あたし一人が死んだところで小田家は大丈夫だと思いますよ?」
「会談に行っても、断ってもダメ。もう、死ぬんだぁ……」
説得むなしく、氏治さまはぐすぐすと泣き出してしまった。
――この人、本当に戦国武将なのかな。
書状の内容を考えれば、あたしも慌てていい状況。
なのに、目の前の氏治さまのせいで逆に冷静になっちゃってるんだけど。
「わかりました、氏治さま」
ともかく、氏治さまが怯えちゃってる理由はわかった。
確かに氏治さまの妄想とはいえ、素人でも考えることができる最悪パターン。
だけど、氏治さまが恐怖のあまりいろいろ見落としている。
書状から導き出せる、もう一つの可能性がある。
氏治さまのパニックで冷静になったポンコツ頭が回り、ため息のあとに言葉を吐き出した。
「あたしは、そうは思えないんですが」
「そ、そうなのか?」
あ、やっと顔が上がった。
でも、その怯えた犬みたいな情けない顔向けるのはやめてくださいよ。
「まず、佐竹からは氏治さまがあたしを伴って話をしたいと来ただけですよね?」
「そ、そうじゃ」
「謀殺しようと思うなら、もっと和平や同盟の会談とかわかりやすい餌を用意すると思うんですけど?」
確かに、今回も会談に見せかけて謀殺するって可能性は十分に考えられた。
だけど謀殺するなら書状の中身が、あたしや氏治さまがどうしても行きたくなるようなものにするはず。
なのにそれがないのは、不自然。
まるで警戒されるのが、前提とされているような書状だった。
「場所もおかしいです。寺庵を血で汚すなど、あたしには考えにくいです。謀殺をするなら、佐竹の本城である太田城にするはずです」
あたしの知る限り謀殺は、自分の居城とかが多い。
例えば、織田信長の弟、織田信行。
物語だと父親の葬儀で位牌に灰を投げた破天荒な信長に対して、常識人の弟として描かれること多い彼。
そんな彼は、信長の居城の清州城へ病気のお見舞いに行ってその先で殺されている。
他の謀殺も多くが、招いたお城で行われている。
相手の逃亡も難しいし、地の利もあるからやりやすいんだろう。
寺庵っていうそこまで地の利もないしかも神仏の聖域である場所で誰かを誅殺なんて、ほんとレアケースだ。
「こちらが来てくれない可能性の高い会談の誘いに、指定した場所は自分の城でもない神仏の聖域。これだけの理由でも謀殺の誘いだとは、あまり考えられません」
「し、しかし、誘われたのはわしと澄だぞ?」
「佐竹家が、あたしを狙うなんてありえません」
「す、澄は自分のことが分かっておらんのか?お主は五百年も先から現れた、われらの持っていない知識を持った者なのだぞ!狙われて当然じゃ!」
きっぱりと言い切ったあたしに対してまくし立てながら慌てる氏治さまに、呆れたように大きくため息をついた。
「あの、それ知ってるの氏治さまと政貞さまに、天羽さまの三人だけですよね」
「あ……」
その忘れてたって顔、予想通りなんだけど。
はぁ、やっぱりこの人忘れてたんだ。
「まず氏治さまから見て、あの二人が佐竹に通ずるなんてこと、ありえますか?」
ブルブルと激しく首を振る氏治さまに、あたしは大きくうなづいた。
佐竹家がもしあたしの正体を知ってるなら、確かに危険人物として狙うことはあるかもしれない。
だけど、政貞さまも天羽さまも佐竹に通じてる可能性はほぼない。
こう考えると、佐竹はあたしの出自を知るはずもないから謀殺する理由はない。
第一、五百年から先から着た武将が小田家にいる。
そんな荒唐無稽な話を、佐竹家の当主が信じるはずもない。
「だから、あたしの噂なんて、小田家に現れた新参者の武将くらいです。いくら尾ひれがついても、いきなり当主とともに謀殺せよ!なんて天才武将になってるはずはありません」
この前の戦いの総大将は政貞さまだし、奮戦したのは飯塚さまや平塚さまの隊。
あたしの策はあったとしても、勇猛に戦った三名のほうがよっぽど脅威に感じるはず。
「本来なら佐竹が謀殺で狙うべきは小田家の要である、四天王です。それなのに、わざわざあたしを名指しする理由がわかりません」
「つまり、これはわしらを殺すための書状ではないのか?」
「はい」
「では、この書の目的は何なのじゃ。謀殺が目的でなければ、佐竹の目的がわからんぞ」
「小田家と何か、話し合いたいをしたいだけじゃないんですか?」
「は?」
至極真っ当な理由なのに、氏治さまからは気の抜けた返事。
「戦国武将ともあろう人が、何、ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔してるんですか」
この時代に豆鉄砲はないのはわってるけど、そう思わずにはいられないほどの顔だったんだから仕方ない。
今の氏治さまの表情、時代が時代だったらことわざのお手本として採用したいくらいだよ。
「それ以上でも、以下でもありません。佐竹は私たちと、話し合いをしたいんでしょう」
あたしが書状から読み取れたのは、それだけだった。
佐竹としても、小田と表立ってやりあうつもりはない。
だから先日の小田城での戦も含めて、佐竹と小田の今後を話し合いたい。
目的はそれだけ、にあたしは見えた。
だから氏治さまとあたしが一緒の理由はわからないけど、謀殺の可能性は低いんじゃないかって思ってたんだよね。
「でも、氏治さまの心配もわからなくはありません」
「じゃ、じゃろう?」
「はい。あたしはともかく、氏治さまが道中や庵で討たれてしまっては小田家は絶えてしまいますからね」
今、小田家には嫡男となる人間がいない。
万が一のことがあれば、小田家は断絶だ。
氏治さまには側室の子供がいるらしいけど、今は小田家から離れている状態じゃどうしようもない。
「では、どうするのじゃ? もし澄の言うように、佐竹が会談を望んでおるならまたとない機会。逃すわけにはいかぬじゃろ?」
「ええ、だから会談にはいきますよ。ただ、氏治さまは小田城に残ってもらいます」
「会談、行かぬでよいのか!?」
氏治さまが、キラキラと目を輝かせている。
よっぽど、会談に行くの怖かったんだ。
この人って一応、戦国武将なんだよね、本当に。
「氏治さまには、跡継ぎに指名した男子がおりません。先ほど言ったとおり、万が一があれば小田家は大混乱でしょう」
「では、どうするのじゃ?書状でやり取りでもするのか?」
「わかってないんですか、氏治さま?」
「な、なにを?」
「佐竹家は、書状で誰と誰を指名しましたか?」
迷うことなく、あたしは氏治さまに笑顔を向けた。
そう、実は書の内容を聞いた時から、あたしの腹は決まってた。
万が一のことがあるから、氏治さまは佐竹の前には連れて行かない。
かといって、代理を立てるのは失礼。
そうなると、今回の会談に臨む人間は決まっていた。
「あたしに、決まってるじゃないですか。あたし一人で、佐竹との会談に臨みます」
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