澄、謎の男性と出会う
顔を上げると、笠をかぶった若い男性。
着ている服は服はどこかこじゃれてて、この辺りで田畑を耕している領民でないのは一目でわかる。
「なら、よかったです」
男性の柔和な笑みに、あたしも胸をなでおろす。
どうやら、声はかけてきたけど人買いや人さらいではないみたい。
「この辺りは平和ですね。関東は戦乱に明け暮れていると聞きましたが、この領地はよく治められているのが分かります」
立ち上がったあたしを見たあとに、田をみてぽつりとつぶやいた。
男性はあたしに向けてか、それとも田畑に向けての言葉なのかは分からない。
だけど、その口調からは少しの驚きと憧憬のようなものが感じられた。
「失礼なことをお聞きしますが、こちらの方ではないのですか?」
「ええ、美濃国から見聞を広めようと流れてまいりまして。気が付けばこんなところにまで来てしまいました」
「美濃!?随分と遠くから来たんですね」
美濃って言えば、今の岐阜県や愛知県あたり。
今のころは斎藤道三が死去して、あたしの時代では有名な方の織田家が躍進してるころのはず。
他にも歴史好きの知るいろいろな武将が、たくさん活躍していた場所。
歴史好き女子としてそんなところから来たのは、うらやましい。
と同時に、この常陸国までよく来たなって思う。
「ええ、いろいろな地を知ろうと思っていたら、奥州の手前までにまで」
男性は恥しそうに笑って見せるけど、知識欲だけでこんな場所に歩いてくるのはすごい。
お金の問題もあるけど、ほんといい意味で欲のある人なんだろうな。
「しかし、声を聴くまでまさかあなたが女子とは思いませんでした」
「え?」
「ああ、髪ですよ、髪」
「すいません、いろいろな訳があってこの長さでして」
まさか500年先ではこのくらいの髪が普通で、一番埋没する髪の長さなんていうのは言えない。
だけどこの時代の女の人は、基本長い髪。
ある程度になったら切っていたんだろうけど、あたしみたいな肩のあたりでゆらゆらしている長さをしている髪の女の子はいないはず。
だから、この男性が間違ったのは非礼でも何でもない。
もし言ったととしても、冗談にしか聞こえないんだろうけど。
「そうでしたか。あの、こちらの領地にはお詳しいですか?」
「え?まぁ、多少は詳しいのですが、それが何か?」
「どうやったらこのように民が生き生きとした領地になるのか、教えてほしいのです」
質問するという言葉にに一瞬身構えたけど、質問の内容はあたしの予想とは違うものだった。
――どうする?
あたしにはこの男性が、間者にはどうも思えない。
間者にしては目立つ服装に、雰囲気。
間者であればもっと商人や旅芸者のような雰囲気を出すんだろうけど、この人はそんな雰囲気じゃない。
少しの間悩むけど、あたしは口を開く。
「領主の方が、非常にいい統治をしている方ですからね」
「ここの領主は小田様ですね」
「はい。領民の声を常に気にかけ、戦は下手ですが内政は非常に上手な方なのです。時には自ら町や村をめぐり、領民のお手伝いをしてもいます」
「なんと、そんなことを」
「ですから、領民の方も悩みや相談をしやすいのかもしれませんね。お城にはたびたび嘆願書が来ていると聞きますが、ほぼ家臣と氏治さまで処理しているみたいですし」
これは、誇張でも何でもない。
貞政さまや家臣団でも内政に向いている方が中心に、氏治さまへの嘆願書の処理を行っていた。
とはいえ、話を聞いたところ大げさなものはここ数年ないらしい。
あるとしても、大き目な水路の修理があるのでその間はほかの土地に人手を出せないので許してほしいとかそんなのだ。
「領主自ら領地に赴くとは。立派な方ですな」
「ええ、本当にいい領主様なんですよ」
この時代に来てからずっと氏治さまの側に居ると、どうしても「統治だけは」ってつけたくあるけど必死で蓋をする。
実際、統治「だけ」は上手くいって民忠も高いのは事実なんだしね。
でも、実際のところ氏治さまは生まれる時代が違えばそこそのの領主だったはず。
領内の農業に関心は高いし、領民が暮らしやすいようによく声を聞いている。
それに、どこかほっとけない人柄は氏治さまの魅力なんだしね。
よかったねー、氏治さま。
知らないところで、株上がってるかもよ?
「小田家は弓馬の道は衰えたと聞きますが、今のご当主様は確かに名君の素質があるのでしょうな」
――め、名君!?
男性の中ではどんな人物になっているか、わかんないけどそれは絶対絶対ない!
名君って名前が残るなら、小田家をちゃんと存続させるはずだし今あたしが頭を悩ませている同盟問題も起こしてない。
「そんな領主さまなら、ぜひ人目お目にかかりたいですね」
「どっちかというと、バカ当主ですよ!ギャップにショック受けますよ!あの氏治さまは!もうっ!」
「え!?」
「だって、あたしの気も知らないで問題ばっかり起こしてるし、小田領がどうなるか分からないのに暢気だし!」
この人は氏治さまのことなんて知らないのに、あたしの口からはそんな愚痴がこぼれてしまう。
しかもつい、この時代じゃ絶対知らない言葉まで混じっちゃった。
もうちょっとこの領地が侵略されることを考えて悩んでくれてもいいのに、当の本人は何とかなるって感じだし!
今日もなんかぼんやりしてて、ちょっと溜息ものだった。
「でも、不思議とみんな氏治様を助けたくなるんです」
「助けたくなる?」
「はい。たぶん、すごく真っ直ぐな人だからです」
氏治さまは、自分の声に正直すぎる人。
例えば、領民が困っていればすぐにでもなんとかしたくなるんだろうし、外交や戦では今の状態で損害を出したくない!ってことで頭がいっぱいになっちゃう。
それが氏治さまの悪いところでもあるけど、魅力でもある。
あたしも、その魅力に惹かれた一人なんだしね。
「随分と小田さまのことをご存じなようですが、小田家に何かご縁のある方でしょうか?」
「あっ!は、はい。実はあたし、小田家に勤めている者で……」
「そうでしたか。女性でありながら、小田家に勤めているとは。よほどの才があると、お見受けします」
「そんなことありません。たまたま、です」
関心した様子の男性に、首を振った。
才があるなんて言われても、あたしはたまたま氏治さまに拾われただけ。
ただの歴史好きの女子高生のあたしが、才があるなんて到底思えない。
小田城奪回の功績はあるけど、一度成功しただけで才能がなんて思えない。
だってあたしは、前の時代で一度だって才能があるって思ったことないんだから。
「いえ、そうなるとますます小田様にお会いしたくなりますね。おっと、くだらないお話にお付き合いいただき、ありがとうございました」
そっか、この人は旅の人。
あんまり立ち話をしてても、今日の目的地に着かなければ大変だ。
宿場あるし小田領はよく統治されてるって言っても、何が出るかは分からない。
「私は、もう少しだけ見聞を広げる旅を続けようと思います」
「あたしも、城外の方と久しぶりに話せて嬉しかったです。もっと、国外のことが知りたいのですがなかなか領地の外には出られませんし」
名残惜しいけど、あたしの知らないところだったとしても、この人に何かあったとしたらやっぱり責任感じちゃうし。
「あなたは、本当に面白いお方ですね。外見もですが、中身も私の知る女性とは違う」
「そうでしょうね。氏治さまのお側にいられるのは、氏治さまとあたし、お互いに変り者だからかもしれません」
普通の家だったらあたしなんて、篭の鳥か首を刎ねられておしまい。
だけど、こうやって氏治さまの隣にいられるのは、やっぱり氏治さまが変わってる人だからかもしれない。
500年先の未来に生まれた、常識も考え方も違うあたしを側に置きたいっていうのはこの時代には氏治さまだけのはず。
氏治さまが認めてくれるから、小田家のみんなも認めてくれる。
――あたしを認めてくれるのは、小田家と氏治さまだけ。
だから、何としても小田家がなくなる未来を変える恩返しをしたいんだ。
それも小田家が天下統一する未来じゃなくて、氏治さまが小田領を守り抜く未来にしたい。
ただ、そのための方法は今のところ手詰まりなんだけど。
「またいつか、ご縁があればあなたとは会いたいものです。きっと聡明でしょうから、私の理想の国についても話ができそうです」
「理想の国?」
あたしの疑問に、男性ははっきりとうなずいた。
「民が生き生きとそれぞれに働き、戦などせずとも領地が収まる。そんな国を作りたいのです。例えるなら、この、小田領のような」
「それは、買いかぶりすぎですよ。今は佐竹や結城の侵略に怯える日々です。でも、またどこかで出会えたらお願いします」
小田領が理想なんて、言いすぎだ。
今は大ピンチで、この後どうなるかわかんない土地なんだから。
でも、あたしはこの男性から明らかに聡明さを感じていた。
いや、聡明というより底知れぬ頭の良さ。
まるで優秀で何でも知ってますよ?っていう、学校に一人はいそうなな優等生っぽい。
――まさか、今の小田家の置かれた状態も、本当は知っていているんじゃ?
そんなことが、頭によぎってしまうような雰囲気を持っていた。
「では、失礼します。領民が生き生きしているこの小田領を、長く治めるよう小田殿にお伝えください」
ぺこりと頭を下げていく男性に、あたしも一礼して見送る。
「不思議な人だったなぁ。これから、どこまで行くんだろう」
このままいけば、佐竹領。
そこからは、南東北に行くこともできる。
危険もあるだろうけど、あたしは彼の旅の安全を自然に祈っていた。
「見聞を広める旅が、よい旅になりますように」
彼のいう理想の国づくりは大変だろうけど、いつかたどり着いてほしい。
それは、この乱世が終わった後の天下泰平の世の中なんだから。
だけど、あたしは気が付かなかった。
あの男性が下げていた印籠の根付に、一つの有名な家紋が描かれていたことに。
それはこの国の歴史が、あたしの知る歴史から大きく外れ始めたことを示していた。
彼の根付に描かれていた紋、それは桔梗紋。
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