澄、気分転換で散歩する

「うーん!だめだ!手詰まりだよ!」


 例の現状報告から数日、あたしは自分の部屋に転がっていた。


 どう考えても、今の小田家を何とかする手立ては見つからない。


 何とか古河さまを仲介に、協力関係を結ぶのが一番なのは分かってる。


 でも、それにしたって現状はどこも厳しい。


「佐竹と強い関係を結ぶのが、一番なんだけどなぁ」


 あたしの協力者の本命は、佐竹家。


 その理由は、領地が繋がっている強い家であること。


 佐竹の後ろ盾があるってだけで、こちらとしては動きやすい。


 何より、長く後北条と対抗するには佐竹の助力は必須。


 上杉と同盟というのも考えたけど、本領は越後で常に関東にいるわけじゃない。


 となると、お隣であり後にきゅりょくな大名になる佐竹家と結ぶのが一番いい。


 あたしとしては、ひょいひょい勢力の鞍替えなんてしなくない。


 何せ、タイミングがシビアすぎる。


 一瞬でも機を逸すれば、そこに待っているのは滅亡の二文字なんだから。


 幸いにも、あたしはこの後の日本がおおよそどうなっていくかは知っている。


 だから、それを生かすには伸びてくる勢力と同盟するのが比較的安全だと思う。


 佐竹としても、小田家と結ぶのはメリットがある。


 古河への交通が繋がる事と、霞ケ浦を抑えられること。


 何より小田家と協力できれば、佐竹としては同盟とはいえほぼ常陸一国を治められること。


 この二つは、佐竹として大きなメリットになるはず。


「でも、よりによって佐竹の重臣の姫を娶ってたのに、あの氏治さまのせいで……!」


 婚姻破棄ともいえる状態じゃなければ、この状況からの逆転はまだ希望があるハードモードだった。


 なのに氏治さまのせいで、ルナッティックマニアックエクストラベリーハードモードになっちゃった。


 氏治さまは完全放置して、天羽さまや貞政さまと話し合いをしてきた。

 だけど、いい案は出てこない。


 このままでは越後の上杉がいつ結城と組んで小田領に攻め込んでくるかわからないのは、あたし以外の二人も悩みの種だった。


 かと言って、古河公方に同盟や停戦を取りなしてしてもらうにしても結城、佐竹両家と小田家の関係を考えると難しい。


 特にあたしが一番協力関係を結びたい佐竹家は、この前小田城をめぐって争ったばかり。


 小田家としては本城を取り戻すためとはいえ、佐竹家にとってはこれは心象のいい物じゃないはず。


 八方塞がりっていうのは、この事なんだろうなぁ。


「何とかするとは言ったけど、あたしの力だけじゃ難しいよね」


 あたしの力って言っても、特に特別なものがあるわけじゃない。


 ちょっと歴史を知ってるだけで、現状を劇的に変化させるものじゃない。


 あの時は怒りに任せて氏治さまになんとかします!なんて言っちゃったけど、これはそう簡単にはいかなそう。


 でも、立ち止まってる間にも大事か時間は過ぎていく。


「史実では氏治さまの行き当たりばったりで、その場は何とかなっただけかもしれないけど。その結果が、滅亡だったわけだし」


 史実を思い出すと、気持ちがずんと沈んでくる。


 あたしの知る小田家は、氏治さまを筆頭にこの難所を何度も乗り越えた。


 だけど、それはその場その場を何とかしただけ。


 結局のところ待っていたのは、代々受け継いだ領地喪失と大名家としての滅亡という未来なんだから。


「ふぅ、ダメだ。家に閉じこもってもいい事ないか」


 ここ数日は同盟や協力体制の問題を考えるで家と小田城の一室の往復、あといつもの授業くらいしかしてない。


 今日はもう授業が終わってるから、少しくらい散歩して気晴らしした方がい気がする。


 小田領はほんと落ちついてるから、お散歩も安心。


 ここは、領主である氏治さまの善政のおかげなんだと思う


 たぶん、きっと、おそらくだけど。


 あたしは小袖に氏治さまからもらった懐刀を差して、トコトコと城門に差し掛かる。


 すると、門番の方から声をかけられる。


「雫さま、お出かけですか?」


「はい。ちょっと気晴らしに」


「お気を付けください。最近は穏やかとはいえ、いつ何が出るか分かりませんから」


「ご心配、ありがとうございます。行ってきますね」


「はい、お気をつけて」


 心配してくれた門番の人に一礼して、小田城を出る。


 なんか、こうして心配されながら家を出るって嬉しい。


 数か月前、500年未来に過ごしていたあたしはいつも追い出されるように家を出ていたんだから。


 ここは戦国乱世って厳しい時代かもしれないけど、自分の家みたいな場所とあたしを人として扱ってくれる人たちがいる。


 それが嬉しくて、なんとしてもこの場所を守りたいって気持ちの原動力になっている。


 小田城から一歩出ると、少しだけの城下町。


 氏治さまが戻ってきたことで、街は発展して少し落ち着きを取り戻しつつある。


 お城があればその周りには物資を取り扱う商人、そして武家たちの道具を修理する職人たちが自然に集まってくるらしい。


 少しずつ町が広がっていくのを見てていくのは、なんだかゲームみたいでわくわくする。


 この街が大きくなると、立派な城下町になるんだけど小田城の周りは湿地帯。


 街としての大規模な発展は、干拓でもしないと少し難しいかもしれないな。


「雫さま、どこに行かれるんで?」


「あ、ちょっと散歩ですよ。領内の様子も見たいですし」


 声をかけてきたのは、この辺りを行商してる商家の一人。


 小田城に氏治さまが戻ってて来た時、いち早く商売を始めたある意味すごい人。


 最近は氏治さまを通してあたしが鍛冶屋に発注した、フライパンで一儲けしたらしい。


「雫さまは本当に、我々を見ているのですなぁ」


「だって、領民の方が幸せに暮らしているのが一番ですし、小田家の発展には領民の方々の協力が不可欠なんです」


「はは、そう言う場所では、私たちも商売がしやすいという物。あ、いい櫛が入ったのでどうです?」


「わ、綺麗ですねー」


 そう言って見えてくれたのは、綺麗な装飾がされた櫛。


 この時代はあまり女の人が髪を結うっていうのは少なくて、伸ばしっぱなし。


 だからおしゃれ道具と言えば、櫛らしいんだよね。


 しっかりあたしを上げた後、こういうのがポンッと出てくるのは、やっぱり商売人だからだろうなぁ。


「でも、すいません。持ち合わせ今日はなくって」


 とはいえ、あたしは素直に頭を下げる。


 実はあたし、この時代のお金をほとんど持ってない。


 何しろ普段は小田城の中で生活してるから、お金なんて必要ない。


 それに、あたしもご飯と寝床、それに服を提供してもらったうえに、お金ください!なんて言えるはずもない。


 一応、貞政さまから何かあった時のためにもらった信用の高い永楽通宝をいくつか持ってるけど櫛を買うのには到底足らない。


「残念ですな、雫さまと誼を結ぶきっかけになればと思ったのですが」


 いそいそと櫛をしまう商人さんに、苦笑いを浮かべる。


「だろうとおもってましたよ」


 やっぱり裏あるんだろうなと思ってたら、やっぱりだよ。


 一応あたしは小田家の中で勝手に有力者にされてるみたいだし、誼は通じたいんだろうな。


 別に歴史に名前を残すつもりも、何もないんだけど。


「では、そろそろお散歩行きますね」


「はい。どうぞ、お気をつけて」


 商人さんにぺこりと頭を下げて、あたしは田畑の広がる方へと歩いていった。


「わぁ、きれい!」


 田を見ると、稲は青々とした稲で埋まっていた。


 これなら、生育もいいみたい。


 小田城攻めの影響で田植えが遅れたのに、無事に育ってくれてよかった。


「この田んぼを守るためにも、あたしは頑張らなきゃ」


 もし他家からの侵略で小田城が戦場となれば、この田んぼはぐちゃめちゃになっちゃう。


 そうすればお米が取れないのは小田家にとっても辛いけど、領民のみんなだって辛い。


 ぐちゃぐちゃになった田んぼを呆然と眺める領民たちを見たら、あたしはどう声がいいか分からない。


 それに、守れなかったっていう無力さに苛まれちゃう。


「そのためにも、小田家の現状をなんとかしないといけないんだけど」


 田んぼの畦道にひざを折って、大きく息をついた。


 目の前の稲は、当たり前だけどあたしの心配なんてよそにすくすくと育っている。

 これが成長して、秋になれば収穫。


 その時は領民のみんなに交じって氏治さまも交じって、秋祭りとかするのかも。


 お祭りってイベントはあたしは無縁の人生だったから、あるんだったら楽しみだな。


 屋台とか浴衣はないけど、みんなと楽しむっていうだけでもあたしには十分だもん。

 でも、秋祭りを迎えるためにはこの絶体絶命の状況を切り抜けなきゃいけない。


 それもしなきゃいけないのは、その場しのぎじゃなくてできるだけ長期的な切り抜けかた。


「別に今の小田家は、領地と領民を守りたいだけなのになんで攻められなきゃいけないの?」


「あの、どうかなされましたか?」


「ひえっ!?」


 こんな道端で誰かに声をかけられるなんて、想定外。


 驚きのあまり、びっくりして畦道に座り転がった。

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