佐竹家同盟編

澄、新たなる恩返しのために動く

 餃子づくりの騒動も終わった小田城。


 気持ちい風が吹き抜ける縁側で、あたしはぼんやりと空を見上げていた。


「今日もお疲れ様、あたし」


 天羽さまの授業は大分難度が上がっていってるけど、へとへとにならないで答えられる。


 最近は飯塚さまの見守ってくれる剣術も、時間いっぱい木刀を平気で振れるようになってきた。


 コントローラーと本くらいしか握った事の無かった手は、面影もないくらいボロボロ。


 でも、それだけやった証拠みたいで少し誇らしい。


「でもなー、あたしのことばっかりなんだよね。最近」


 最近は千歯扱きと餃子づくりと、あたしのことばっかり優先になって小田家のことをおざなりにしていた。


 二つとも確かに小田領に役に立つというものだけれど、どっちかというとあたしが作りたい!っていう欲望の物。


 明確に、小田家に恩返ししよう!未来を変えよう!って作った物じゃない。


「今のところ戦は起こっていないけど、まずやらなきゃいけないのは関東での現在の小田家の立ち位置を知ることかな」


 あたしが今、分かっているのは、小田領の周りには強敵がごろごろいることくらいだ。

 まずは、お隣の佐竹氏。


 将来的には常陸国を統一するし、時代的にはあの鬼義重と呼ばれた佐竹義重が出てくるころ。


 彼は超ごっちゃごちゃだった奥州南部を統一するだけじゃなくて、知勇に優れていた名将。


 そろそろ佐竹氏の鉱山技術の始まりだったはずだし、関東随一の鉄砲隊を持つことになる。


 あたしの知る限り、氏治さまはその佐竹義重と争い当然のように破れて小田城を失うことになる。


 次に、西隣の結城氏。


 この時代は、小田家と同じような小さな名族系。


 だけど、確か立派な分国法を作っていて何となく内政は高そうなイメージ。


 それにこの後歴史の荒波を上手く乗り切り、最終的には氏治さまが頼ることになる越前松平氏の基になる。


 史実ではちょくちょく争うことになる、厄介と言えば厄介なお隣さん。


 次に、古河公方と上杉氏


 もうこの辺りはごちゃごちゃで、あたしもよく分かってない。


 古河公方は、関東の権力の頂点。


 上杉家は、関東管領を代々継承していた名族。


 そして越後の上杉家とつながる……というか、元々長尾家だった長尾景虎が上杉家の養子になって上杉謙信になるんだよね。


 だから本拠地は越後だけど、関東にも勢力を広げている。


 どちらにしろその二つの家に対しては、小田家の未来を考えると動向を意識しないといけない。


 最後に、後北条氏。


 後に関東をほぼ治める大大名になる北条家。


 最大勢力範囲は240万石とも言われいて、当然常陸国にも影響力がある。


 家臣団も強力でもし豊臣秀吉のチートとも言える兵糧の海上輸送までフル使用した攻め方がなかったら、後々にまで関東を治めてたかもしれない。


 他にも常陸の国には旧来の名族平家大禄氏もいるし、鬼真壁を生むことになる結城氏に属する真壁氏、小山氏だってあなどれない。

 

 下野には、宇都宮氏に那須氏だっている。


 下総の千葉氏、上総と安房の里見氏も小田家に影響がない訳じゃない。


「はぁ、ほんとこの時代の関東ってごちゃごちゃしてるなぁ」


 軽く考えただけでも、ため息をつくくらい勢力はかなり多そう。


 他にも有象無象とまではいかないけど、本当にたくさんの家がごろごろしてる。


 あたしの知らない家だってたくさんあるわけだし、そんな中で名前が後世に残ってる小田家っていうのは結構すごいかもしれない。


 最終的には、大名としてはなくなるけど。


「んと、たぶん大雑把に分けると、たぶんだけど後北条側と反後北条側に分かれそう?」


 これはもう超おおざっぱなものだけど、大体そんな感じのはず。


 南関東から着々と勢力を伸ばす後北条氏に協力する側と、それに対抗する反後北条側。


 それぞれが、関東に覇権を持っている関東管領家を取り込もうとしてるっていうっていう構図。


 関東管領家からのお墨付きを貰えば、何の縁のない家でも隣でも敵として征服する口実ができるんだからね。


「うーん、あたしだけじゃわかんない事が多すぎる」


 いくら歴史が好きだと言っても、しょせん本とゲームがあたしの知識元。


 歴女とも学者でもない高校生だから、この時代の関東地方で詳しく家々が同盟や協力してたかなんてさすがに分からない。


 それに家によっては、コロコロ変わるの珍しくなかったから今の現状を知っておかないとダメだ。


「それに、あたしが来たことで何かがおかしくなって、歴史が書き換えられてる可能性がある」


 大まかなことは変わらないけど、細かいところは変わっているかもしれない。


 この時代は何かおかしくなっている戦国時代ではないっていう保証は、無いんだから。


「ともかく」


 一つ息をついて、あたしは立ち上がった。


 小田家の滅亡を回避するという恩返しすることが、これからあたしが生きる意味であり、目標だ。


 それに、氏治さま。


 最弱戦国大名で、たまにほんとどうしようもなくって呆れるけど、優しさと何処か放っておけない魅力を持っていた。


 そんな氏治さまが、とぼとぼと大好きなこの小田城帰還夢見ながら関東をふらつき最後は越前で寂しく死んでいく未来。


 この未来だけは、絶対に避けてほしかった。


 別にあたしは不老不死だから付き従うのはいいけれど、隣でどんどんと希望を失いながら彷徨う氏治さまの姿なんて想像したくない。


 それに、今のあたし場所は氏治さまの隣しかない。


 未来から来たっていうあり得ない話を信じて弱く泣き虫なあたしでも捨てなかった氏治さまの隣しか、あたしの居場所はないんだから


「あたしの知識、どこまで役に立つか分からないけど……小田家に恩返しするために全力を尽くそう」


 その為にも、今やることは小田家の現在地の把握だ。


 あたしは、トコトコと伝令を伝える役割の兵が何人かいる詰め所に走っていく。


「あの、土浦城に口伝でありますが伝令を頼みたいのですが」


「雫さまの命でよろしいでしょうか?」


「はい」


 伝令の方に、あたしははっきりと頷く。


 伝令は手紙でやることもあるけど、当然、口伝でも大丈夫。


 この時代の達筆な文字が書けないあたしにとっては、口伝の方が嬉しい。


「明日昼までに、菅谷政貞さまに小田城にお越し願いたいのです。雫が、大事な用があるとお伝えください」


「わかりました。必ずやお伝えします」


「お願いします」


 素早く馬で駆けだしていった伝令の方の背中を見送りながら、空を見上げた。


 ――また小田家が歴史から外れる分岐点に、あたしは立っているんだろうな。


 どんどんと史実から外れていきこれからどうなっていくのだろうという不安と、そうしなければ小田家滅亡を避けられない現実。


 その不安を示すような、綺麗な紫の薄明が目の前には広がっていた。

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