澄、小田家の置かれた状況を知る

「今回はお集まりいただき、ありがとうございます」


 小田城評定の間でわざわざ土浦から来てもらったあたしは来てもらった政貞さまと、農地に出ようとしたところをとっ捕まえた氏治さまに頭を下げた。


「澄殿が大事な用となれば、協力は惜しみませぬぞ」


「ありがとうございます」


 政貞さまの優しい言葉と表情に、ほっとする。


 あまり人に頼むのは得意じゃないけど、今回ばかりは一人じゃどうにもならないのはわかっていた。


 だから、今回もどこかで不安だったけど来てくれてよかった。


 ああ、ほんとに頼りになるなー、政貞さま。


「わし、田を見に行きたかったんだけど……ダメか?」


 一方、このダメ当主は何を言ってるんでしょうね。


 というか、田の見回りって武家の当主の仕事じゃないよね。


 領民の方が心配なのはわかるけど、もう少しご当主らしいことしてくださいよ、まったく。


「ダメに決まってます。別に田んぼは、逃げるわけでもないでしょう」


 ぴしゃりと言い放つと、氏治さまがシュンと小さくなる。


 これじゃあ、政貞さまと氏治さまどっちが当主かわかったもんじゃない。


 家臣の方が見たら立場が誤解され――いや、すでにみんな分かってそう。


「そもそも、今回のあたしのお願いは氏治さまもいないとどうしようもないことなんです。わがまま言わないで、どうかお願いします」


「なるほど!ならば、仕方ないな」


 すねさせないようにって下手に出てお願いすると、氏治さまは途端に元気になった。


 やっぱりこの気持ちに振り回される性格が、小田家を滅亡させたんじゃないかなぁ。


 日々隣にいるにはすごくいいお兄ちゃんなんだけど、みんなをまとめる当主としては単純すぎて不安になる。


「あたしが氏治さまと政貞さまにお聞きしたいのは、今の小田家の同盟状況や敵対状況です」


「ふむ、その理由は」


「あたしは確かに、未来から来て色々なことを知っているかもしれません。そして、恩返しのために小田家を滅亡を回避したいと思っていますが――」


「なるほど、小田家のために澄殿が働きたくとも、今の小田領が置かれている子細はわからぬからどうしようもないということですな」


 さすが政貞さま、頭の回転が速くて助かる!


 隣でぽかんとしてあたしと政貞さまを交互に見てる、当主とは思えない人とは大違い。


 やっぱり、呼んでよかったなー。


「その通りです。あたしが知っているのは、氏治さまが散々無茶をやらかしたり周囲との関係がうまくいかなかったりして小田家が滅亡したってことだけです」


「澄、ひどくない?その滅ぼすことになる本人が、目の前にいるんじゃが?」


「事実ですから。第一、滅亡した上に、いい意味でも悪い意味でもそこまで有名じゃない小田家の情報なんて、学者や好事家でもない限り持ってません」


 バッサリと氏治さまを切り捨てるけど、仕方ないじゃない。


 あたしは小田家が大好きで仕方なかった小田家オタクじゃなくて、ただの歴史好きの女子高生。


 当然だけど、氏治さまなんて当時は眼中になかったんだから。


 どっちかというと、高橋紹運とか九戸政実とか片倉景綱が好きだった。

 今は違うけど、さ。


「なるほど。小田家を共に支える者として、澄殿の力は私としても心強いもの。ぜひ、お話させていただきましょう」


「お願いいたします」


「わし、本当に名を残すことが出来なかったのじゃな……」


 隣でしょぼくれてる、後世ネタ武将としては名を残すことができた当主はこの際、放っておく。


 仕方ないですよ、あたしの時代では滅亡しちゃった家の当主様なんですから。


 でも、その未来何とか変えていかなきゃ。


 こんな風にしょぼくれてる氏治さまを隣で見てるのは、今はまだいい。


 けど流浪になってしまったり、他家に保護されるように使えている時だったりしたら身が裂かれるくらい痛いに決まってる。


「まず、澄殿は今の現状はどのように見ておるのですか。子細はわからずとも、未来で知識を蓄えてこらえたのでしょうから」


「有力他家に挟まれており、特に佐竹と後北条に挟まれたこの地で生き残るのは、史実通りにしても難しいと」


「ごもっともです。どちらの家も真正面からぶつかれば、小田のような小さな家は名族とはいえ勝てるようなものではありません」


「ですから、その時の時制を見極め、勢力を鞍替えしながら生き残るんですね」


「その通りです。小田家ではなく大掾や結城、岡見なども同様でしょう」


 政貞さまということはもっとも。


 小さな家々はその時の時勢を読み、時には流され、家名を守ろうと必死だった。


 小田家だって、予想通り例外じゃないってことだ。


「政貞さま。あたしは今この関東で力を持っているのは、後北条と佐竹や上杉家をはじめとする反北条の集まりと思っています。これは、間違っていませんか?」


「はい。おおよそは。相模の北条が力を伸ばしておりそれに与する者たちもおりますが、それに抵抗しているのが上杉家に与する者たちなります」


 ざっくり過ぎるとは思うけど、群雄割拠っていうより巨大勢力二つの間で揺れ動く諸家って感じなんだろうな。


 もちろん土地はつながってるから、ほかの地方からの影響がないとは言えないんだけど今は考えないようにしよう。


「政貞さま、一つ、気になっていたことがあるのでよろしいでしょうか?」


 あたしはずっと気になっていたことを、いい機会だからと思って政貞さまに聞くことにした。


「ええ、構いませんよ」


「よく攻められる小田領には、何があるのでしょうか? あたしには何もないように思えるのですが」


 これはずっとあたしの持っていた疑問。


 確かに領地を広げられたいのは分かるけど、そこまで周辺諸家が小田領に突っかかる理由が分からない。


 佐竹は常陸統一って目標があるかもしれないけど、それにしたってだ。


 結城などの西側の勢力も、そこまでこだわる理由が分からない。


「なるほど。澄殿、今の関東の都はどこでしょうか?」


「関東の都?」


 関東の都。


 つまりこの時代の行政、商業、文化の中心地と言える場所。


 え?どこなんだろう。


 あたしの時代で言えば当然のように東京なんだけど、今はただの小さな町。


 この時代の関東の中心地なんて、考えたこともなかったよ。


「相模の小田原でしょうか? 後北条の拠点でもありますし鎌倉も近いですから」


 小田原はよく統治されていたっていうし、文化が育つような土壌としては十分。


 それに鎌倉っていう地は、古いからやっぱり影響していそう。


「実は、古河なのです」


「えっ、古河?あたしの時代だと、ただの地方の街ですよ!?」


 政貞さまの言葉に、あたしは思わず身を乗り出した。


 あたしの時代の古河ってただの地方都市で、そんな文化の中心だった面影なんてなかった。


 それに、関東の都だった事を忍ばせる史跡があったような感じはしない。


「澄殿の時代では名残がないのかもしれませぬが、古河には御所があります。そこを中心して大きな街となっているのです」


 政貞さまの言葉に、あたしは納得がいった。


 御所があるんなら、お寺もあるし都からの文化の流入もある。


 その文化を支えるために人が集まるなら、商業的にも発展しなきゃおかしい。


 御所ある場所が、ただの野っ原っていうのも確かにおかしな話。


 この時の古河は、あたしの想像もできないくらい都会ってことなんだ。


 まさか普段は何の意識もしない街が関東の中心だったなんて、思いもよらなかったよ。


「なるほど、古河に領地を持つ結城から見れば小田領は海につながる水運の要所を抑えている。だから手に入れたいということですね」


 古河の地の付近は、たくさんの川が集まる場所。


 当時の流通を支えているのは、陸運じゃなくて水運。


 海運も当然あったから、古河から海を出るルートが出来れば嬉しい面もある。


 結城としても小田家の地を得れば、水運で経済力をつけられるわけか。


「佐竹家は常陸統一いう悲願もありましょうが、古河御所へ陸路でつながれるというのは、非常に重要な事でしょうからな」


 佐竹家はあたしの記憶が確かなら、常陸国内にひしめく地方豪族や佐竹家中を束ねるのにも結構苦労をしていた印象。


 そんな彼らをまとめるには、古河御所を補佐している家っていう看板は重要って訳なのかな。


 古河御所、そんなに重要地点なんだ。


 これは、あたしも考え方を変えないとね。


「それで小田家は、今どのような立ち位置なのですか」


「それが……」


「政貞さま?」


 珍しく口よどんだ政貞さま。


 そしてその視線の先には、蚊帳の外だった氏治さま。


 あ、これすっごく嫌な予感がするんだけど。


「今、我が小田家は北条側に属しております」


 なるほど、理由はともかくあたしたちは後北条側に属してるんだ。


 となると、このまま協力関係を維持ずるか、それとも鞍替えするかってことだけ考えればいいんだね。


 だけど、貞政さまがこんな顔してるってことは小田家、いや、氏治さまがなにか「しでかした」ってことなんだろうな。


「そして、周囲は反北条で囲まれております」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る