澄の目に涙!ついに完成、小田餃子!
「えっと!氏治さまは、どうかな?」
ズキンとした胸の痛みを抑えて、氏治さまのところへ向かう。
氏治さま、手先の方はどうなんだろう?
田植えは上手かったから、そこまで不器用とは思えないんだけど料理なんてしないだろうしなぁ。
「どうじゃ?澄」
「うわ!めっちゃきれい!」
あたしに気が付いた氏治さまが得意げに笑ったので横を見ると、そこにはまるで既製品!?ってくらいの餃子が並んでいた。
それも、綺麗なだけじゃない。
いろいろな包み方も試してるみたいで、それのどれもきれい。
「どうじゃ、わしなりに工夫もしてみたのだが」
「すごいです!氏治さま武将より、こっちの方が才能あるんじゃないですか!?」
なんか小籠包風や花っぽいのまであるし、教えてもないのにこんなのできるなんてほんと天才。
この人、ほんと生まれてくる時代間違ったんだよ。
ああ、もし500年後バイト先の先輩とか近所のお兄ちゃんだったらよかったのになー。
一緒に餃子作るのもやってくれそうだし、悩んだ時に相談乗ってくれて元気を出す手助けしてくれそう。
「なに、凹んでるんだよー。ほら、元気出せって」
とかってさ、すっごく似合うもん。
氏治さまみたいな人がいたら、あたしの人生も変わってたんだろうなぁ。
毎日下を向いてとぼとぼ帰ってゲームしたり本を怯えながら読む日々じゃなくて、もうちょっと前向きに生きてそうなのに。
「あれ?氏治さま?」
ちょっと妄想トリップから我に帰ると、そこにはなぜかしょぼんとする氏治さま。
あれ?あたしなんか変なこと言ったっけ?
「わし、これから小田家を支えていかねばならぬ将なのだが……」
「すっ、すいません!あんまりにも上手かったし、これまでも結構、戦国武将とは思えなかったので!」
「す、澄……」
まるでとどめの一撃をくらったかのように、氏治さまががっくりとうなだれた。
「え?あ、あたし、何かやっちゃいました?」
「確かに氏治さまは、将には向いておりませぬが……ね?」
「うむ、いつもそばにいる澄殿に言われるとさすがに堪えたのでしょうな」
助けを求めるように、四天王のみんなを見ると揃いも揃ってそんなことを口にしつつ苦笑いを浮かべていた。
あたしにはせめてものフォローだったんだけど、どうやら後半がまずかったみたいだった。
「う、う、氏治さま! あ、あの、一緒に作りましょう? 包み方教えてくださいよー!」
このあっま拗ねられると大変って思って、あたしは慌ててぐったりする氏治さまの方を揺さぶる。
だけど、魂が抜けた氏治さまが戻ってくるのにしばらくの時間を要したのだった。
* * *
「では、どうぞ!」
包み終えた後、半分を焼き餃子、半分をお澄ましベースの水餃子にしてみんなの前に出してみた。
焼き餃子は焼きが上手くできるかなっていうのはあったんだけど、無事にいい感じに焼きあがった。
水餃子はもちもちの皮のおかげか、すごくプルンとしておいしそう。
すぐにでもつまみたいの必死で抑えながら、みんなの椀に取り分けるのはちょっと大変だった。
500年前ならどうせ一人だし、つまみ食い―なんてやっちゃう。
だけど、今は小田家に仕える将でもある手前もあるしそんな不躾なことはできない。
それに、食べようとして火傷したらカッコ悪いもん。
「では、いただきましょう」
「澄殿の手料理というのも、なかなか趣がありますな」
「包んだのは私たちでもありますが、指導は澄殿ですしな」
「私の、味は大丈夫でしょうか……」
「楽しみである!」
それぞれが不安と期待を持って、箸をつける。
大丈夫、下味はついてるし海老の味も出て餡は問題ない。
皮もあたしが作った時より弾力があって大変だったけど、大失敗してるようなものじゃないはず。
でも、この時代のみんなの口に合うかな……。
あたしも箸をつければいいんだけど、みんなの事が気になって俯きながら反応を見守ってしまう。
「おお!なるほど!」
最初に声が上がったのは、政貞さま。
ビクンとして顔を上げると、驚きと嬉しさが集まったような顔をしていた。
「皮のおかげで中の汁が詰まっていて、これは美味しいですな」
それに続いて、他のみんなも口々に感想を言い合っている。
「うむ、この焼いたものはぱりぱりとしてなかなかに面白い」
「汁のものも、すいとんとは全く違う。こちらの方がわしは好みですな。皆にも伝えねば」
「味は良いのですが形が不格好なのは、誰のものでありましょうか?」
「すまぬ、私のものだ」
「菅谷殿でしたか、少し意外でありますな」
「それは、どういうことでしょうか!?」
みんながわいわいと盛り上がるのを見て、あたしも安心して箸をつける。
焼き餃子はちょっと皮が厚いけど、しっかりとした海老餃子。
水餃子は、これなら満足できる味。
小田餃子プロジェクト、大成功!
「澄、よかったな」
「はい、氏治さまもたくさんお手伝いくださってありがとうございます」
隣に座っていた氏治さまが、自分のことのように嬉しそうな声をかけてくれた。
ぺこりと頭を下げながら、氏治さまには感謝しなきゃなって思った。
今回の餃子づくりには油っていう貴重な物を集めてくれたり、フライパンの手配をしてくれただけじゃない。
他の食材だって、すぐに手に入らない物ばっかり。
氏治さまが小田家当主だったたから、集まったものもあるはず。
元はと言えば、本当にただのあたしのワガママだった。
なのにそれに、こんなにも付き合ってくれたんだからね。
「珍しく旨い物も食べられたし、澄は元気になる、皆と一緒にこうして楽しくさわげる。これは澄のおかげじゃ、こちらこそ礼を言おう」
「はい、ありが……え、あれ?」
楽しいはずなのに、あたしの視界がじわりと歪んだ。
気が付けば、ぽろぽろと涙があふれてきていた。
「す、澄?」
「ごめんなさい、こんなの初めてで、嬉しくって」
袖で涙を拭きながら、半泣き声で氏治さまに何とか説明をする。
「あたし、家でほとんど一人で、こんなにみんなで楽しくご飯作ったり食べたりなんてなかった……」
あたしの好きを否定する父親に、あたしを守ろうとしてくれたけどできなかった母親。
そんなお家で、楽しいご飯の時間なんてあるはずもなかった。
いつ降りかかるか分からない恐怖におびえ、周囲を常に伺いながら食べるご飯なんて、まるでスポンジを食べてるみたいだった。
――早く終わってほしい。どうせながら、お金を渡されて落ち着くファミレスやご飯屋さんでご飯したい。
そんなことばっかり考えて、たまにゲームに出てくる温かい食事風景を見ると辛くて放り出すこともあったくらいなんだ。
でも、今日はそんな風景が目の前にあった。
みんなでワイワイ作って、こうして騒ぎながらおいしいねって食べる。
あたしにとっては、500年前どうしても手に入らなかった風景だった。
「また、作ろうな。今度は二人になってしまうかもしれぬが、それでもよいならではあるが」
「はい、ぜひ……」
あたしは小さく頷いた。
今度は、氏治さまと二人で作ろう。
今回のように騒がしくはないかもしれないけど、お互いにくだらないこと言いながら餃子を包むのはきっと楽しいはず。
戦乱の世だとそうは叶わないことだけど、小田家の周りがいつか落ち着いたら作ろう。
「きっと、楽しいですよね。おいしいの、出来ますよね」
「うむ!ほら、せっかくの宴じゃ、涙もいいが楽しむのも忘れずにな」
氏治さまに見守れながら、あたしはもう一度餃子を口に運ぶ。
涙でちょっとしょっぱくなった餃子は、なぜかさっきと同じ味のはずなのに心まで沁みるみたいだった。
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