澄、餃子を作る事を思いつく
「そうですね、この時代で作れそうなものと言えば小麦粉を使ったものでしょうか」
「麦の粉か。あまり数は多くないが、手に入らぬことはないぞ」
氏治さまは少し悩んだ様子を見せた。
この時代って、まだ麦を粉にして食べる文化は少なかったのかな。
領民のご飯は、麦や雑穀を似た雑炊がほとんど。
おうどんやお団子なんて、あたしがこの時代に来てから見たこともない。
小麦のの製粉技術はあったとしても、まだ普及してないのかもしれない。
「麦は、小田領でも作られているんですよね」
「ああ。稲の間に作ることを推奨しておる。麦の税率は低く抑えて貯蓄とし、飢饉があったときに飢えぬようにな」
なるほど、二毛作を小田領はやってるわけだ。
となると、そこそこの麦の収穫量は確保できるはず。
もしかしたら、小麦粉を使った料理ができるようになれば小田領の食糧事情は変わるかも。
ずっと麦のお粥だけじゃ代わり映えしないし、飢饉の時こそ普段と変わったものを食べたりしたら気の持ちようも変わるかも。
「うーん、餃子は作れそうかなって思ってます」
「ギョウザ? どんな料理なのだ?」
あたしの頭に浮かんだのは餃子。
行きつけの食堂のが美味しくて学校やバイト帰りに、よく注文してたんだよね。
パリパリの焼き餃子も、もちもちの蒸し餃子、つるんとした水餃子。
どれも、あたしの大好物。
自分でも皮から何度か作ったこともあるから、作り方はなんとかなると思うし。
「小麦粉で作った薄い皮で、具を包んで焼いたり茹でたり蒸したりする料理です。あたしの大好物だったんです!」
「ふむ、面白そうじゃ!薄い皮で具と包んだ料理なぞ、食べたことがないぞ!」
氏治さまも興味津々って感じ。
もしかして、結構好奇心強いのかな?
あたしののことを側においてくれたりお話を聞いてくれるのも、そういう性格だからかな。
それは、ちょっと助かるな。
「皮は小麦粉とお湯で何とか作れそうですから、あとは中身の具ですね」
「確かに中身が重要そうじゃが、澄が食べていたのはどんな具があったのじゃ?」
「え、えっと豚……えと!待ってください!思い出しますね」
豚肉とニラと―って当たり前のように言おうとして、慌ててあたしは誤魔化した。
この時代にそもそも豚はいないし、肉食文化は非常にグレーゾーン。
いくら氏治さま相手とはいえ、こんなこと言ったらドン引きだよ!
誤魔化すってなると野菜か、海鮮餃子。
「えっと、白菜とニラ、ねぎのようなお野菜、そこにエビとかホタテの貝柱を入れるんです」
「澄、ハクサイとはなんじゃ?」
「え?あの、白菜は白菜ですよ?知らないんですか?」
白菜ってどこでも作ってそうだし、氏治が知らないはずないと思って聞き返した。
日本料理と言えば白菜っていうイメージがあるし、煮ても焼いてもつけても生でもおいしいんだから知らないはずない。
でも、氏治さまは本当に分からないって顔してるから冗談じゃない?
そう言えば、あたしの作ってもらったご飯で一度も白菜のお漬物とかお味噌汁とかでなかったような。
いや、まさか、ありうる。
「あの、まさかこの時代に白菜というものはないんですか?」
「知らぬな。わしの知る限り、この領内では見たことも聞いたこともないぞ」
氏治さまのキッパリとした言に、あたしは大きく肩を落とした。
これはあたしが後に知ることなんだけど、この時代に白菜なんてものはなかった。
白菜の生産が始まったのは、あたしの時代だと明治のころっていう実は結構新顔の野菜。
お鍋とかに欠かさず入ってるから、あると思ったんだけどこれは大きく予定変更をしないとだめ。
キャベツはないと思ってたけど、白菜もないってなると具の野菜が分かんなくなる。
「その野菜がないと、できぬものなのか……」
氏治さまのがっくりとした様子を見ると、さすがにあたしだって申し訳ないし(食い)意地がある。
逆に、餃子を絶対この時代で作って食べたくなってきた!
別にキャベツや白菜がなくても、餃子は作れるもんね!
食べ盛りの女子高生の食欲と、あたしの中途半端な知識の力、舐めないでほしい。
無理やりに頭を高速回転させると、すぐに解決策は思い浮かんだ。
「いえ!何とかする方法はあります! 海鮮餃子ならなんとかなりそうですし、大根やカブの葉っぱは白菜の代わりになるかもしれません」
まず、エビをメインにした海鮮餃子なら何とかなる可能性が高い。
エビをぶつ切りにすれば具としては上等、ねぎとニラは何とかなるはずだし、大葉もあれば最高。
あと白菜は無いなら、代わりの葉物で何とかする。
この前、大根っ葉のお味噌汁が出てきたから大根の葉っぱは手に入りそうだから代わりにしてみよう。
ちょっとチャレンジングにはなるけど、まぁ、失敗したら野菜団子鍋にでもしよう。
「さすが澄!頭が回るなぁ!」
氏治さまが、驚いたように感心している。
さすが人間三大欲求の一つ、食欲。
欲望の力って、すごいなって我ながら思っちゃうよ。
「では、氏治さま。具と皮の材料のほかにいくつか必要なものがありまして用意してほしいんです」
「任せておけい!名族小田家の名のもとに、この餃子づくりに協力する!大船に乗ったつもりでいいぞ!」
――いや、氏治さまが船頭だと沈没しそうなんですけど?
っていうツッコミを、あたしは苦笑いの仮面っていうの蓋で押し込んだ。
ここで拗ねてもらったら、あたしとしても困るしね。
「えっと――」
「ふむ、ふむ。面白いものを使うのじゃな。じゃが、何とか用意できそうじゃ」
「ほんとです?」
伝えた中にはこの時代にはないものも存在するし、ご飯作りには使わないものもある。
だから厳しいかなって思ったんだけど、氏治さまは無理とは言わなかった。
「食材と共に入手の目安が立てば、伝えよう」
「ありがとうございます!」
――やった!
餃子が食べられるかもしれないって希望が出たら、急に元気が出てきた。
でも、氏治さまに任せきりにするんじゃなくて城内の人や領民の方に聞いて、いい材料がないか探してみよう。
よーし!明日から楽しみも増えたし、メリハリついた生活ができそう!
「作りましょう!小田餃子!」
「はは!よいな、それは!上手くできたら皆にも振舞おうではないか!」
こうして初夏の夜、あたしのワガママによる戦国時代に餃子を作るという小田餃子製作プロジェクトが始まったのだった。
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