澄、氏治に相談する

 この時代に鍵なんてないので、氏治さまのお屋敷には何の問題もなく入れた。


 別に門番が居いるわけでもないから、昼間と同じように入っていく。


 たぶんいるんじゃないかなと思って、庭先に回ってみるとやっぱりいた。


「氏治さま―」


「おお、澄か。側に寄れ」


 月夜だけれど声で分かってくれたのか、氏治さまが手招きしてくれた。


 もう曲者って間違わないのは、やっぱりそれだけ一緒にいたからだと思う。


「お邪魔します」


「む、久しぶりだな。その姿の澄は」


「えへへ、なんだかんだこの服は落ち着くんです」


 左隣に座ったあたしは小袖姿じゃなくて、制服姿。


 もう着ることも簡単になって馴染んだ小袖だけど、あたしの中では制服が落ち着いちゃう。


 もう前の時代では戻ることもできないし、存在しなくなったあたし。


 だけど、今まで生きてきたあたし自身を忘れたくなくってたまに着たくなっていた。


 昼間は他の人の目をもあるから着るのは難しいけど、夜なら大丈夫。


 あと、氏治さまはこの姿のあたしを知ってるわけだし安心。


「小袖も似合うが、今の衣も似合っておるぞ」


「あは、ありがとうございます」


 そういえば、前の時代だとこうして自然に誰かと笑う事ってなかったな。


 毎日死んだような顔してたり、家でも学校でもバイト先でも人の目を見ては怯えてたりしてたし。


 制服姿なら、なおさらかも。


「普段は忘れてしまうが、こう見ると澄はわしらと違う時を生きてきたのだと実感するな」


「え?」


「皆のために汗を流して働き、勉学にいそしんでいる姿を見るとつい同じだと思ってしまうのよ」


「そうですか……ちょっと、嬉しいような寂しいような」


 同じ人間でも、あたしと氏治様たちとは違う。


 普段はあたしが、別の時代の生まれって気にしないくらい馴染めてるのは嬉しい。


 けど、絶対的に違うものがあるのは少し寂しくもある。


「じゃが、澄は澄じゃ。わしと小田家を支えてくれる、大事な家臣。それだけはゆるぎないものじゃ」


 氏治さまの言葉に、あたしは思わず目を細めた。


 まだまだ小田家の行く末は明るいとは言えないけど、あたしの居場所があるっていうのは初めてでうれしくなっちゃうな。


 思わず足をプラプラさせちゃう。


「で、今日はどうしたのじゃ」


「実は前の時代の食べ物が、恋しくなっちゃって」


「む!やはり、口に合わなくて我慢させてしまったか?」


「いえ!どうしても手に入らないものはありますし、仕方ないんですが……」


 失礼と思いながらも出たのは、大きなため息。


 氏治さまには当たり前なんだから、あたしが慣れないといけない立場。


 郷に入っては郷に従えって言葉が、あるくらいなんだから。


 とはいえ、我慢できないのは我慢できないんだよね。


「ふむ、澄。例えば、どんなものが食べたくなっていたのだ?」


「そりゃもう、一杯ありますよ!」


「そんなにか!意外に澄は、食いしん坊なのだなぁ!」


 思わず声を大きくしてしまったあたしに、氏治さまが笑って見せた。


 うぐっ!なんですか、そのたくさん食べるの意外だなって笑った顔!


 そりゃ日々の食事ではお行儀にだって気を付けてるし、小田家の食材のことを考えておかわりだってしなかったのに!


 それに、女の子がもっとお代わり―なんて恥ずかしいからやめてたんだけどな。


「あたしも成長期で、食べ盛りですし……」


 もごもごと言い淀んでしまったのは恥ずかしさもあるけど、あたしの体型。


 背も前の時代では高くなくて、ちんまりしてる。


 高校3年生のはずなのに、中学生の方が体格がいいなんてこともざらだった。


 不老不死だからもしかしたら体つきは変わらないかもしれないけど、もしかしたらの希望もある。


 だから、ご飯食べれば少しこう、背が伸びたり胸が出たり……するよね?


「澄は、今の澄のままでよいのじゃがなぁ」


 ぷくーっと膨れつつ胸のあたりをさすってると、ふわっと氏治さまが頭を撫でてくれた。


 もう、こういう天然人たらしな所、直した方がいいと思うよ?


 とはいえ、どこかで期待してたのか目を細めちゃうあたしもあたしなんだけど。


「うーん。でも、この時代でも、あたしの食べたいご飯作れたらいいんですけど」


 氏治さまのなでなででリラックスしたおかげか、少し頭も回り始めた。


 別に食文化は違うけど、材料が全くない訳じゃない。


 もしかしたら、似たような物は作れるかもしれないんだよね。


 ちょっと市をみたり、お城でご飯を作ってくれてる人に聞いてみたら道は開けるかもしれない。


「そうじゃな!わしも興味があるぞ!」


「え?でも、口に合うか分からないですよ?」


 氏治さまが嬉しそうに食いついてくるけど、あたしは首をかしげた。


 500年経てば味覚や好みだって、変わってくる。


 代表的な所で言えば、江戸時代じゃポイされていたマグロのトロがあたしの時代だったら高級とかかな。


 鮮度の問題もあったろうけど、好みも変わったんだと思う。


 だから、あたしの食べたいものが氏治さまに合うなんてわからない。


「500年先のものだからと言って、わしに合わない訳ではあるまい!」


「確かに、氏治さまの言うことも否定できませんね」


 でも、氏治さまの言う言葉も否定できない。


 同じ人間なんだから、そこまで大外れってこともない。


 それに、実際食べてみても居ないのに『絶対合わないです』って言えるわけでもないよね。


「あー、澄の好物わしも食べてみたいんじゃがなぁ」


「そ、そうやって、ちらちら見られても、あたしは料理人じゃないですよ」


 ちらちらと、まるで物をねだる子供のように見ないでください!


 月明かりでも期待のまなざしわかるほどですよ、もう!


 それに一番前の時代のご飯を食べたのは、あたし自身なんだからね。


「そう言うな、わしも食べたんじゃ」


「そう言われても……」


「食べたい食べたい食べたい食べたーい!」


 ああ、もう、どっかの古いゲームでアンキモって叫ぶキャラクターみたくならないでくださいよ!


 今まで何回も思ってきたけど、、本当にこの人、戦国大名なのかな!?


「あたしだって、食べたいです!材料があれば、何とかしますよ!」


「ふむ、つまり材料や製法は知っておるわけじゃな」


 あたしのとっさの一言に対して、まさかの勝ち誇ったようなにやけ顔の氏治さま。


 ぐっ!まさか氏治さまに言葉の詰将棋されるなんて!


 うう、まぁ、みんなの協力と代わりの材料が出来れば何とかできない訳じゃないんだよね。


「わ、わかりましたよぅ」


 押しに弱いのは、前の時代と変わらず。


 あたしも何か食べたいって気持ちもあったんだから、素直になれっていう啓示なのかも。


「ははは! よし、では今から相談じゃ!」


「はいっ」


 隣では嬉しそうに氏治さまが笑っていて、あたしもつられて笑顔になってしまう。


 ああ、もう、仕方ないな。


 そうやって、笑顔でいる氏治さまを見ていると、隣にもっと居たくなっちゃうじゃないですか。

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