現代料理再現編
澄、ついにご飯が我慢できなくなる
「ダメだああああ!!もう、我慢できないー!」
小田城内にあるあたしの小さな家の中で、声が漏れないように着替えの小袖に顔を埋めて吐きだしたのあたしの魂の叫び。
あたし、雫澄は追い込まれていた。
現代日本から突然戦国時代ど真ん中の小田家に来て、数か月。
奪われていた小田城を取り戻し、先輩家臣の方々からの信頼も上々。
最弱当主の氏治さまともうまくやれているし、この前製作に入った千歯扱きの試作も順調。
領地に出ればみんな挨拶をしてくれるし、足軽のみんなとも最近は色々話せるようなった。
前の時代のように無理な仕事を押し付けてくる先輩も居なければ、厭味ったらしく言ってくる同僚もいない。
あたしのことをを見るとくすくす笑うような人も、小田城には誰も居ない。
一見、順風満帆、戦国時代を満喫している――のだけれど
「もう、この時代のご飯だけ飽きたー!もっと、いろんなの食べたいよー!」
そう、あたしが限界を迎えたのは食生活。
当然この時代だから、質素倹約って訳じゃないけど食べられるものは武家と言えど限られている。
お味噌汁に、お漬物、玄米ご飯に、お魚がちょこん。
毎日食べてるのは、大体こんな感じばっかり。
領民の方々から見れば、すっごく上等なものを食べているのは分かってる。
でも、あたしの舌はもう限界だった。
飽食って言われる令和の時代に過ごしてきたあたしが、よくもまぁ、数か月も耐え抜いたよ。
この時代の味になれてきて、毎日のご飯おいしい。
その事は否定しないんだけど、徐々に募ってくる今まであたしが当たり前に食べてきたいろいろなごはんへの想い。
唐揚げに、ハンバーグに、たこやき、パフェに、パスタに、ギョーザにラーメン。
最近はふっと気が抜けると、そんな数々の食べ物たちが頭の中に浮かんでくる。
「今日なんて、休憩中に目玉焼きハンバーグ……っていう独り言聞かれて、天羽さまに怪訝な顔されちゃったし」
きゅーっと、身体の力がしぼんだ風船のように抜けていく。
授業中にお腹が空いて、休憩中に頭に浮かんだのが運の尽き。
近くに天羽さまが居るのなんて気が付かないで、思わず目玉焼きハンバーグって単語を口にしちゃった。
この時代に目玉焼きもハンバーグもがあるわけないし、授業の休憩中とはいえ思い浮かべるなんてあまりのも恥ずかしくて必死に誤魔化した。
それに目玉焼きもハンバーグも肉食が一般的ではなく、養鶏もないこの時代の人たちが知ったら、信じられない食べ物だもんね。
「はぁ、でも食べたいよー。現代ご飯ー」
あたしも一応は、前の時代は女子高生。
甘い物には目がなかったし、育ち盛りなのかご飯を食べるのも大好き。
ゲームの時もけっこう甘いものは口に運んでたし、コンビニのお夜食にはお世話になった。
量はそこまで食べないんだけど、食べるのは好きだった。
そして、理由はもう一つあった。
家にいるのが嫌で逃げ込む先が、本のゆっくり読めるファミレスとか近所の食堂っていうのもあった。
学校でも家でも居場所がなかったあたしが、安心できる場所はファミレスや食堂だけ。
家では味のしないまるでスポンジを食べてるようなご飯も、食堂やファミレスでは大違い。
どれもほんと顔がとろけるほど、おいしかったんだよね。
大好きな歴史の本を読みながら、美味しいものを食べるのんびりした時間。
辛いなしんどいなって思いながらお店に入って、美味しそうな限定メニューとかフェア商品を見ると不思議と元気が出た。
大げさかもしれないけど、あたしの命をつなぎとめていた一つは美味しいご飯だった。
「わがまま言えないのは、わかってるよ。貴重な食材を手に入れようにも、小田領はめちゃくちゃ豊かじゃないし」
詳しく調べたことはないけど、小田家の石高は20万石ちょっとのはず。
名家名族という看板はあるけど、小田家のお財布事情はそこまで豊かじゃない。
それでも、この辺り一帯の水運をつかさどる政貞さまが配下に居るおかげか、収入は多少ましなんだけど。
それにこの時代、狂言の附子にもあるけど砂糖は超超高級品。
お菓子作りに使えるほど、入るはずもない。
あ、狂言の附子の成立って江戸時代だっけ室町時代だっけ?
まぁ、うん、ともかくあたしはこの時代に来てから砂糖を味わってないのは確かだった。
「でも、何とかあたしの時代に近いものを食べないともう限界だよ」
このままじゃ、日々の授業に支障が出るだけじゃなくて身体にも影響が出ちゃう。
衣食住の中で、今のあたしに決定的に欠けているのは食の部分。
今のご飯で体は飢えはしないんだけど、気持ちの方で飢えてしまいそうなんだから仕方ない。
「あたしはここで永遠に生きていかなきゃいけないんだけど……それはわかってるんだけど」
帰ることはできないのはわかってるけど、今のままではいつか壊れてしまうこと。
それも、あたしはどこかで感じていた。
「ちょっと、氏治さまに相談しようかな」
あたしの頭に浮かんだのは、氏治さま。
天羽さまや政貞さまに泣きつくのは、なんか気が引けちゃう。
二人のまででは、どうしても優秀な未来から来た小田家家臣、雫澄で居なきゃいけない!って思っちゃう。
だけど、氏治さまにならちょっとくらいダメな等身大のあたしでもいいっていう感覚がなぜかあった。
――あたしの弱いところ知ってるの、氏治さまだけだし。
みんなは強いとか優秀だって言ってくれてるけど、そんなことはない。
本当に強くて優秀なら、小田城を取り戻した後に氏治さまに泣きついてなんていないはずだから。
あの日のことを思い出すと、恥ずかしくなる。
もっともっと小田家の力になるためには強くならなきゃいけないし、この世界の理も学ばなきゃいけない。
そう力強く思うのだけど、それは毎日背伸びし続けるのと一緒。
あたしは、そんなにずっと背伸びができるほど強くない。
本当に強かったら、前の時代であたしに向けられるいろいろなことにも立ち向かえていたんだしね。
本当のあたしは、みんなが言うような強さなんてない平凡、いや弱い女の子。
そして、その平凡で弱いあたしを認めてくれた氏治さまだけが、あたしがあたしでいれる場所だって思っている。
「ちょっと、気分変えよう」
あたしは小袖から、壁にかけてあった服に着替える。
久しぶりだけれど、どこか落ちつく感覚。
「よし!」
一つ気合を入れると、あたしは氏治さまの屋敷へとかけていった。
解決策は、浮かばなくてもいい。
こんな変な事、悩んでるんですよ聞いてくださいよ!
そんな事を聞いてもらえるだけでも、あたしには十分って分かっていた。
だけど、あたしは目の前のことだけに集中して、重要なことが抜けていることがあるらしい。
そう、あたしが一番心を開いている氏治さまがどういう戦国大名かっていことがすっかり頭から抜け落ちていた。
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