澄、千歯扱きを作ることを決める

「皆さんが農作業と村に縛られるだけじゃなくて、少しいろいろなことしたり考えてほしかったんです」


「ど、どういうことだか?」


 驚いた声に、あたしは笑顔で答える。


「作業が楽になれば、いろいろなことができます。市に物を見に行くのもいいでしょう、もっといい作物を作る工夫を考える人もいるかもしれません」


 他の領民の方にも似たようなことを話したけど、この時代に合っていない考えなのは分かっている。


「食べ物の工夫だってできるかもしれませんし、身体を思いっきり休めることもできるかもしれません」


 だからこそ、村の作業している女性たちにこういう考えもあるというのを知ってほしかったんだ。


 時間ができるってことは、いろいろなことができるってことを。


「皆さんには、朝起きて田畑に出てへとへとになって終わるだけの生活をしてほしくないんです」


「雫さま、変わっておられますな」


「んだ、びっくりした」


「あたしが変わっているのは、承知の上ですから」


「あ、あの……雫様?」


「なんでしょうか?」


 確かさっき、カネって呼ばれた一番若い女性がおずおずとあたしに声をかけた。


 よく見れば多分あたしより年下で、小学生か中学生くらい。


 ――そうだよね、こんな子でもこの時代は村では貴重な働き手として働いてたんだよね。


 そう考えてみればあたしより、よっぽど大人。


 あたしが小学校か中学校のころなんて、図書室にこもって本ばっかり読んで家の手伝いなんてしなかったよ。


 したにはしたけけど、かなり強引にやらされてたって感じだし。


「あの、楽になったら……海とか見られるんですか?」


「海ですか?」


 何の意図か分からなくて、きょとんとしてしまうとその子は顔を赤らめて俯いてしまう。


 やば、これは無意識に傷つけちゃった!?


「あ、え、なんでも、ずーっと東の方に行くとおっきな海っていう見渡す限り水がある場所があるって行商の方が。それを、見てみたいってあたしずっと思ってて……」


 そ、そうか!

 あたしの時代はテレビとか本とか、下手したら電車とか乗り継げば誰でも海っていうものに触れることができた。


 だけど、この時代はそんなこと無理。


 海っていうものがあるけど、どんなものなんだろう?見たいな。


 そんな風に思っている内に、一生が終わっちゃう人なんてもう数えきれないくらいいたんだ。


 小田領から海までは、直線で3~40kmくらい。


 霞ケ浦の水運とかを使えれば、身分とか領地問題を抜きにすればそこまで難しい移動じゃないはず。


 でも、日々農作業に追われてる身じゃそんなこと想像すらできなかったんだ。


「海か、きっときれいなんだろうな」


「わしも長いこと生てっけど、見たことねぇな」


「見られますよ。すぐにって訳じゃないけど、作業が楽になれば……きっと」


 確信はないけど、あたしは声を震わせながら口にした。


 あたしには当たり前すぎたことが、当たり前じゃない。


 世の中や考え方を変えるなんて、あたし一人じゃ無理。


 だけど、小さな人たちや村々だけなら変えていくことをしていきたい。


 もっともっと、土地や考え方を縛られない人たちを作りたい。


 そのためにも、ま農作業を楽にするのは必要だ。


 そのために、あたしのできることをしなきゃ!


「千歯扱き、作っていいですか? みなさん」


 あたしの問いかけに、三人は力強く頷いたのだった。


* * *


 この後、千歯扱き作成は、とんとん拍子で進んでいった。


 氏治さまは農作業の道具っていうことでノリノリで、高札を立てて鍛冶屋と職人を領内で募集。


 気にしていた後家の仕事問題も、手が空いた場合には領内の雑用を申し渡すことで身分を保障するってことで様子を見ることにした。


 あれよあれよとあたしの抱えていた問題に対して、氏治さまがすぐさま動いていくのを信じられなかった。


 この人、本当に最弱戦国武将なのかな?


 生まれる時代が江戸時代の安定期だったら、名君って言われてたよ、絶対。


 そして、見事完成した千歯扱きは麦仕様としてテストを繰り返していく予定。


 テストで出た意見を生かして、歯の形や角度を細かく調整していく。


 それで、秋のころまでには実用に耐えうる千歯扱きを作れれば万歳だ。


 千歯扱きやあたしの知っている道具を作っていって、みんなが旅行とまではいかない。

 

 けど、便利な道具でもっと余裕を持った生活をしてほしいから、頑張らなきゃね。


 これも、小田家に対する恩返しに繋がるんだから!


 ちなみに……


「最初はぜーったいわしがやるからな! 絶対、絶対だからな!!」


 って、氏治さまはまるでお笑い芸人の前振り状態になっていることだけは、あたしや小田家家臣団の頭痛の種となっていたのだけれど。

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