澄、村の女性たちに千歯扱きをプレゼンする

 いい感じの木陰にあたしと、先ほどの女性たちは腰を下ろした。


 氏治さまはと言えば、


『わしが居ては、何かと話しにくいこともあろう。しばらく席をはずそうか』


 とか言って、またほかの野良仕事に向かって行った。


 うん、助かるよ氏治さま。


 さすがに、女性の方に話を聞きたいって言ってたからわかったとは思うんだけどね。


「えっと、それで今回あたしが作りたいのはこき箸に代わる道具なんです」


「へー、あれ大変だもんなぁ」


「んだ、結構コツもいるし」


「便利になるのは、ありがたいですね」


 こき箸の代わりになるものを作りたいというと、集まった女子絵の方は少し嬉しそうに頷きあった。


 この反応を見ると、確かにこき箸での脱穀作業っていうのは大変なのは間違いなさそう。


 数もこなせないし、コツも必要。


 ってことは、誰かが抜けてしまうと脱穀作業が遅れてしまうってことになりかねない。


「ええっと、イメ―……あ、想像でいいんですかこんな感じなんです」


 あたしは持っていた櫛を取り出して、みんなの前に持っていく。


「櫛の間に、稲穂が通ると思ってください。えっと、ちょうどあった!こうすると」


「おお!」


 ちょうど足元に生えていた実のついた草の茎を、櫛に間に通すと実がぽろぽろと落ちた。


 千歯扱きの原理も、大体はこういうもの。


 金の突起を細い間隔で並べて、その間を稲穂や麦穂が通るときに実が落ちるって仕組み。


「なるほどなー。これなら一つ一つ、扱き箸さ使わねでも取れるって訳だ」


「実際は、これより大きなものができるんですよね。ってなると、同じ時間でもかなりの量がこなせますね!」


「作れれば、確かに便利だなー」


 三人の印象は、悪くない。


 実際に作る事が出来たら、彼女たちの負担は和らぐはず。


 最初は江戸時代に登場して長期間使われた完璧な千歯扱きじゃなくても、代わりとなるようなものでも十分活躍しそう。


 実際千歯扱きの歯は金属のものだけじゃなくて、竹のものもあったっていうくらい。


 使う人やモノや地域、それぞれに工夫を重ねて出来上がったもの。


 それを見てただけで完璧に再現しようなんて、いくらなんでも虫が良すぎる話だもん。


「ただ、その。この千歯扱きっていう道具は、皆さんの思うようにすごく便利な道具なんですが……」


「どうしたんですか?雫さま」


「なんか、気になる事でも?」


 あたしとしても言いづらく、さらに黙ったことを聞かれると避けに困っちゃう。


 どう切り出そうか悩んでいると、一番年長らしき人が何かに気が付いたみたいだった。


「ああ、なるほど。雫さま、わしらや後家たちの仕事がなくなるのを気にしとったんか」


「そうなんです。この千歯扱き、別名を後家つぶしっていうくらいなんです」


 その言葉に、残りの二人ももはっとしたみたいだった。


 後家、つまり結婚したのに相手の旦那さんが色々な理由で亡くしちゃった人たち。


 彼女たちにとって、この脱穀作業っていうのは大事な仕事だった。


 この時代、旦那さんを失うってことは、村の中でなかなか居場所がない。


 会合とかにも参加しにくいし、そもそも田んぼや畑を持てたかどうかも分かんない。


 当然子供が居れば別なんだろうけど、そうじゃない場合はこういう小さな仕事をこなすことで村社会に居場所を確保してた。


 でも、千歯扱きを導入することで彼女たちは村の中で仕事を失い、居場所を失ってしまうかもしれない。


 そうなってしまったら、彼女たちはどうなっちゃうのか分からない。


 村から追い出されてしまうのか、それとも村八分のようになってしまうのか。


 そこが、あたしが千歯扱き導入をためらってしまった理由。


「たしかに、うちの夫も倅もいつ戦で死んじまうか分かんないしなぁ」


「あたしはまだ相手が居ませんけど、もし、そうなった時のお仕事がなくなるのは困ります」


 気が付いた二人も、結構悩んでしまっていた。


 うーん、これはかなり深刻な問題。


 あたし的には作業の短縮で出来た時間は、見聞を広めたり他の作業や新しいものを考える時間、もしくは楽しみをする時間にしてほしい。


 とはいえ、お仕事をすることで村の一員として立場が保証されているのは確か。


 それに、その保証っていうのかなり彼女たちの中で大きいみたい。


「確かに便利な物なんですけど、皆さんの状況を無視して作って押し付けて使ってくださいね!というのはしたくなかったんです」


 深く頭を下げると、びっくりしたような息をのむ音がした。

 まさか、高家というか小田家の家臣のあたしが頭を下げるなんて思ってもみなかったんだと思う、


「雫さま。そこまで考えてくださって、ほんとありがとうございます」


「難しいですね。あって便利な物ではあるんですけど、不安もあるので……」


「あー、雫さま。わしから一ついいか?」


 恐縮する二人の声の後に聞こえてきたのは、のんびりした年長者の方の声。


「なんでしょうか?」


 恐縮する二人の声の後に聞こえてきたのは、のんびりした年長者の方の声。


「なんでしょうか?」


「わしももう先立たれて、10年以上。息子も前の戦で死んじまって、今は村で女どものまとめ役さしてる」


 この方も、後家なんだ。


 じゃあ、やっぱり千歯扱き導入したらお仕事無くなっちゃうよね。


 経験とかでまとめ役ってことをしてるみたいだけど、それは秋のお仕事とかがあってのことだし。


「お前ら、去年の秋さ思い出してみろ? 扱き橋使ってる時、なにがあった?」


「ええっと、あ!そうだ、祖太夫さんのところのイネさんが産気づいちゃって」


「んだ!人手が足りなくて、みんなへとへとで終わらせたんだった!」


「あと、ほら、カネは知らんだがお前さが生まれた年は病が流行ってたな。周りの村々もやられちまって、年貢を待ってもらったこともあったぞ」


「あー!あたしが初めて扱き箸さ使った年だ! あんときは、怒られ怒られ必死だったなぁ」


「あたしが生まれた年に、そんなことがあったんですね」


「他にもあっど――」


 さすが年長者、いろいろなエピソードが出てくる出てくる。


 いつの間にか千歯扱きの話というよりも、農作業苦労話になってその場は盛り上がった。


 あたしとしても、実際に暮らして苦労している話を聞くのは失礼かも逸れないけど楽しいし、アイディアも浮かぶ。


 だから、全然脱線とか余計な時間!とかは思わなかった。


「あたしとしては、その千歯扱き?だっかか、はすごく村に必要なものだと思う。誰かに何かがあっても、大丈夫だからな」


 苦労しただけあって、その言葉の重みたるや半端ない。


 つまり、一家に一台っていうよりも村の共通資材として一台あれば現状はすごく便利なのかな。


 村の共通資材にすれば、フィードバックもまとまりやすいからこの小田領に合わせた千歯扱きを作る事が出来るかもしれない。


 そうすれば、より良いものができるかも?


 うん、最初から大量生産なんてできないし、これはこれでありかも!


「んで、だ。雫さまに聞きたいことがあったんだ」


「な、なんでしょうか?」


 これから先のことを想像していると、いきなりあたしに話を振られたのでビクンッと震えてしまった。


「あんたお侍さんの出で、わしらを楽にしようってなんでさ思ったんだ?」

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