澄、千歯扱きを作るために動く

 領民の方に、おおよその場所を教えてもらったあたしは初夏の田舎道を歩く。


 風は気持ちいし、車の音もしないからなんか心が落ち着いちゃう。


 こんなに気持ちいいなら散歩、もっとした方がいいかもしれない。


「えーと、たぶんこのあたり……あ、居た! ああ、なんだ氏治さまも一緒か」


 ちらりと目に入ったのは、女性たちと一緒に何やら作業してる氏治さま。


 ああ、ほんとこの戦国武将様は農作業が好きなんだなぁ。


 悪いけど、生まれる場所を間違ったのかもしれない。


「氏治さまー、精が出ますね」


「お、澄か!何やら道具を作りに話を聞くと言っておったが、どうじゃった?」


 何となく勝手になってしまう小走りで、近づくと氏治さまは笑顔で汗を脱ぐっていた。


 ああ、ほんと楽しそうだなー。


「ええ、役に立ちそうな道具は一つ思い浮かびました」


「おお!では、さっそく作らねばな! 失敗するかもしれぬが、それは想定済みじゃ!」


 あ、やっぱり氏治さますっごく嬉しそう。


 大切な領民の役に立つのは、どんどん試していきたいんだろうな。


 それも失敗を想定してるのは、あたしとしても少し気楽になる。


「ただその前に、村の方たちの意見も聞きたくて」


「確かに便利な物であっても、使う者たちの言葉は無視できぬな」


 うわ、すっごい話わかってくれる氏治さま嬉しい!


 うん、この人生まれる時代と場所、本気で間違ったよ。


 ちょっとズレてれば名君とか、いい上司として幸せだったんじゃない?


「ええ、それで村の女性の方に相談しに来たんです」


 ちらっと視線を振ると、そこにいた3人の女性が驚いたように首をかしげていた。


 うん、これは男性じゃなくて女性が重要なんだよ。


 だって、これから作ろうとしている千把扱き。


 その別名は「後家つぶし」って言うんだからね。


「おお、構わぬぞ。先ほど草取りも終わった所じゃしな! しかし、皆は大丈夫か?」


「ええ、殿さまに手伝ってもらったからもう今日の分は大丈夫ですだ」


「いつも助かりますー。ええ、お話するなら大丈夫ですよ。ね?」


「ああ、大丈夫だ」


 氏治さまが間を取り持ってくれたおかげか、みんな初対面のあたしにも協力してくれるみたい。


 うん、さすが領民を愛する領主様です、助かります。


「では、お願いします。場所は、えっと、どこかありますか?氏治さま」


 本当はどこかの家がいいんだけど、あたしの考えてる内容は出来れば女性だけでお話したい。


 だから、家は困るから氏治さまに相談した。


 男性だけど、パトロン的になる氏治さまはいてもいいけどね。


 あと、氏治さまってちょっとこの時代の人とずれてるとこあるし。


「うむ、そうじゃな……。少し歩くが、いい木陰を知っておる。そこまでついてきてはもらえぬか?」


「あたしは、構いませんよ」


「俺らもだいじょぶだ。なぁ?」


「んだ、ちょうど休みたかったですし」


「はい、あの森までならへっちゃらです」


 あたしが頷くと、村の人たちも元気に返してくれた。


 さすが農作業従事者っては思ってはいけないけど、絶対あたしより体力あるんだろうな。


 うーん、本気で城内ランニング計画を実行しないと、これからもし農業もやらないとってなったら絶対倒れそう。


 もちろん、戦場に行くこともあるだろうし、遠征ってなったら体力がないとダメ。


 あと、あんまり考えたくないけど、体力がなかったら敗走の時に戦場に置いてけぼりになるしね。


「よし!では、出発じゃ! 皆、ついて参れ!」


 なんか仰々しく先頭を切ってを歩きだした氏治さまに、思わずあたしは吹き出しちゃった。


 あ、さすがに領民たちの前じゃやばかったかなって思ってると、後ろから聞こえてきたのはくすくす笑い。


 他の女性たちも、思わず笑ってみたみたい。


 振り返ったあたしと目が合うと


『ほんと、面白い殿様なんですよ』


 そんな言葉が、黙っても伝わってくるような顔。


 ――氏治さま、ありがとうございます。ちょっとだけ、緊張が和らぎました。


 すぐ左後ろをついていきながら、あたしはこれならうまくお話しできそうって心の中で感謝した。


 でも、ふっとあたしは思い出した。


 この人は、普通の人間じゃなくて、あの小田氏治なんだってこと。


 絶対、狙ってやってませんよね。この当主様?

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