澄、ヒアリングをする

「なるほど、本当に大変なんですね……」


 小田城下に家の中、氏治さまに紹介してもらった領民の方の話を聞いてあたしはそう返すのが精一杯。


 農業は大変って聞いたけど、どれもこれも重労働。


 確かにあたしの時代になって機械化したのに大変だって言うんだから、農業機械がないこの時代ならなおさら。


「ええ、何か便利なものがあればいいのですが」


 溜息をつく領民の方の顔を見ても、少しでも楽になりたいみたい


 うん、これは農具の開発はちょっと急いだほうがよさそう。


 負担が軽くなれば、生活に余裕ができるもんね。


「しかし雫さまも、殿と同じように我々、農に従ずる民のことに興味があるのですな」


 氏治さまが席を外していることもあって、領民の方がそう切り出した。


 ちなみに氏治さまは、草むしりと虫追いに行ったみたい。


 何でも、難しい話を聞くより体を動かす方が性に合ってるんだとか。


「元々興味がありますし、小田家に来て農業がなければ国は滅んでしまうのを感じました」


「滅ぶですか?」


「私たちは領民の方がお野菜やお米を作ってくれなければ、皆さんを守る事が出来ません」


 ぽかんとする領民の方だけど、別にあたしにとっては当たり前。


 ゲームやってて米不足になって頭を抱えたっていうのもあるけど、こっちの時代に飛ばされてきて兵糧やお米の重要性も知った。


 氏治さまがあたしに言ってくれたように、農業が安心してできなきゃ何もできないんだ。


「それに、美味しいお野菜やお米があたしは大好きですから。いい物を作るためには、余裕が必要ですし、それに」


「そ、それに?」


「毎日へとへとになって疲れて寝るだけの毎日なんて、つまんないです!」


 これはあたしが育った時代の大人たみたいに、お仕事でへとへとになってお酒だけが楽しみってのになってほしくなかった。


 中にはお酒とか楽しみがあればいいほうで、ただ寝て終わってって日々を繰り返すだけ。

 世の中には一杯楽しい事、面白い事があるのにそれに手を出す余裕がない。


 そんな大人たちを見ていたから、生活に余裕を持つっていうのを領民たちは大事にしてほしかった。


「見聞を広げるために近くであれば旅に出てもいいですし、近くに市があるなら気軽に行ってほしいです。他にも、いろんな事が出来る余裕があった方が楽しいじゃないですか」


「雫さま……。私たちの楽しみと言えば、田祭りや秋祭り、たまに来る田楽を見ることくらい。日々自分たちの土地で暮らすので精一杯でした」


 やっぱり。


 この時代、もちろん余裕がなかったわけじゃない。


 農村文化というものも、あったんだしね。


 だけど、どうしても農作業が忙しい時は余裕がなくなってそれだけで精いっぱい。


 もっと良くしようなんて事を考える余裕は、少なかったんだ。


「ですから、高家の出でもある雫さまがそうやって思ってくだされるだけでもうれしく思います」


「ありがとうございます。こうして実際に農地に来るのは二度目ですが、あたしの知っていることが少しでも役に立てたらうれしいです」


 嬉しそうに頭を下げてくれた領民の方に、あたしも深く頭を下げる。


 って!だめだめ!これじゃあ話がいい感じで終わっちゃうよ!


 今日は何か欲しい道具を聞いたり、実際に農具を見て何かあたしの頭で作れないのがないかって知るために来たんだから。


「ええっと、一番大変なのってやっぱりお米ですか?」


「作物はどれも大変ですが、米は村総出になりますのでやはり大変ですね」


 村総出ってことはそれだけ負担も大きいって事。


 特にお米は年貢にもかかわってくるから、気も使うんだろうな。


 ――ってことは、田植以外の道具だよね。となると、前に考えてた千歯扱き唐箕、万石通しってとこか。


 前に準備していた道具が、恐らく役に立ちそう。


 その中でないものを導入すれば、確実にお米の作業は楽になるかもしれない。


「あの、道具って見せてもらえますか?もしかしたら、もっといい道具を作る事が出来るかもしれません」


「おお!それは、ぜひ! しばし、お待ちください」


 領民の方は、興奮した様子で家を出てすぐに何個か道具を持ってきてくれた。


 臼にふるいは何となく使い方が分かるけど、よくわからないのもある。


 でも、これで脱穀、精米、籾摺りをしたってこと?


 うん、すっごく大変そう。


「ええっと、あの、これはなんですか?」


 持ってきてくれた中で、用途が全然分からないのが一つ。


 竹を二つ組合わせたような箸みたいな物だけど、これ何に使うんだろう?


 米をつくには小さいし、さらさら中をものが通る構造ではなさそう。


「これはこき箸と申しまして、これで稲穂をしごくのです」


「は、はぁ!?」


 さすがに失礼なのは承知の上だけど、思わずそんな声が出ちゃうくらいにはびっくりした。


 目の前には、ちっちゃな竹の道具。


 これじゃあ、脱穀にどれだけの人と時間がかかるか分かんないよ!


「え、えっと、これって一人でどれくらいできるものなんですか?」


「一日で9束ぐらいですね」


 うわあああ!たったの9束!?


 え、じゃあ田んぼ一つやるのに相当時間も人もかかるよね。


 だ、だめだ!これはまず必要なのは千歯扱きみたいな道具!


 これがなきゃ、米の収穫スタートから時間がかかりすぎるよ!


「あの、実はあたしいい道具をもっといい道具を知ってるんですけど」


「おお!本当ですか!?」


 やっぱり、村の方も欲しかったようで反応は上々。


 作り方は知らないけど、構造は大体わかってる。


 今から試作すれば、何とか秋の収穫には使えるものができるかもしれない。


「ただ、作るにはその前にどうしてもお会いしたい人たちがいるんです」


 だけど、一個だけあたしには懸念があった。


 それは、便利な千歯扱き別名の一つが表してる事なんだけどね。


 もしその人たちが千歯扱きを嫌がってしまったら、あたしとしては簡単に作ることはできない気がしちゃってた。


「村の女性の方たちです。会わせてくれませんか?」

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