氏治、なぜかついていく
翌日、あたしはいつものお漬物と強飯、あと菜っ葉の入ったお味噌汁を食べたあたしは予定通りお散歩へと出かけた。
何かあった時に小袖ではちょっと不安だったので、袴に羽織に懐刀。
ちょっと仰々しいかもしれないけど、襲われるのがちょっと不安だったから。
小田城下は小田家の善政?のおかげでかなり安全とは言うけど、まだ小田城を奪回してそこまで時間が経ってない。
取り返すために、他家の関係者が潜んでるかもしれない。
あたしの存在や顔は割れてないだろうけど、そういう人たちに襲われたら不安だしね。
一応あたしだって、女の子だし。
「あー、いい天気だなぁ。きもちいなー」
うん、空も青くて風も気持ちい天気だしお散歩日和。
こっそり作ってもらったおにぎりもあるし、軽いピクニック気分って感じでもう最高なんだよねー。
たった、一点を除けば。
「澄?おい、澄」
あたしは、隣から聞こえてきた超々聞き覚えのある声の方を一切振り向かない。
何でいるのかな?どうしているのかな?あなた、当主としてのお仕事はないんですか?
いやいや、これはきっと幻聴。
居ない居ない、こんな時代に家臣の散歩に無断でついてきて暢気に歩いている名族小田家当主なんてまさかいないよね。
「今日は農作業のお話とか聞いて、何か役に立つ道具が作れないか考えないとなー」
「うむ、すればわしが居れば百人力じゃな!大船に乗ったつもりでいいぞ」
なんだろう、すっごい大きな幻聴が聞こえた気がするなぁ。
ああ、なんかそれに続いてどっかの某地方局が作った超々人気の移動バラエティのヒゲディレクターみたいな笑い声まで聞こえてくるんだけど。
疲れてるし元の時代が恋しいから、きっと幻聴が聞こえてくるんだ。
そうに決まってるよね。
そういえば、新作のDVD受け取る前にこの時代に来ちゃったんだけど、あれってどうなったんだろう。
あたしって存在が消えちゃったんだったら、予約事消えちゃったのかな。
「あー、空が青いなー。気持ちいなー」
気持ちい空の下、背を伸ばしながら歩く。
あたりは物陰もないから曲者が居てみ目立ちそうだし、警戒もそこまでしなくていいしね。
ああ、本当にリラックスできるなー、幻聴が聞こえなければ。
「澄、何で城を出てから一切振り向かぬのだ!わしは寂しいぞ!」
「……なんでいるんですか!氏治様!」
駄々っ子のような声に、さすがにあたしも限界を超えて振り返った。
「なぜって、そりゃ澄が村に散歩に行くと聞いたのでついてきたのじゃ」
そこには名族小田家当主、小田氏治がごくごく当然のように立っているわけで。
くうううう!一人で久しぶりに、のんびりいられると思ったのに―!
城内だと誰かに見られるか分からないから、散歩で移動中だけで持って思ったのになんでその気持ちを察してくれないんですか!
だから、あなたは部下の言うことも聞かないで敗戦をしまくった最弱武将として後世に名を残すんですよ!
別に嫌じゃないですよ?氏治さまは嫌いじゃないし、一緒に行くのも本来なら問題ないです!
でも、あたしにも一応、心の準備って物が必要なんです!
今日は一人でのんびりお散歩しつつ、村で話を聞こうって思ってたところに、急な予定変更があったらさすがに戸惑うのどうしてわかんないかなぁ……。
「どうした、そんな怒ったような顔をして」
その他たくさんの罵詈雑言をぶつけようとしたんだけど、きょとん顔を見ているとそんな気もなくなっちゃう。
氏治さまはきっと、あたしの身が心配なのもあってついてきたかもしれない。
実は史実の小田家は敗戦を重ねていたけど、大敗北っていうのは実は少ない。
ある程度戦うと、すっと引いての負け戦が結構多かった。
なので、氏治さまは損害が出るのが大嫌いだったかもしれない。
戦場に身を置く将でありながら、誰より人の死が嫌だったのかもしれないんだ。
だから、きっとこの氏治さまも優しいからついてきてくれたはず!
なんだけど、リフレッシュしたかったあたしとしてはやっぱり複雑なんだよ。
「お役目は、無いんですか?」
「ないな。他の家臣たちがしっかりと担っておるからな!」
そんなきっぱり言わないでくださいよ、あたしが頭抱えたくなるじゃないですか。
あたしが居ない間、あなた何してたんですか?
いや、うん、きっといろいろやってたはずだよね!うん!
「はぁ、まぁ、いいですよ。一緒に行きましょう」
追い返すなんてなんか悪いし、あたしは氏治さまと一緒に歩きだした。
氏治さまが嫌いなんてことはないし、この時代で一番気張らないでいい人。
他の人だったらなんとか理由を言ってお帰り願ったんだけど、氏治さまだったら……まぁいっか。
「澄、そう言えば道具が何かと言っておったが何かあるのか?」
「はい。何か農具を作れないかと思っていたんですけど、この時代にどういう道具を使ってるか分かんなくて」
「なるほど、それで領民の様子を見に行こうと思ったのじゃな」
「お散歩ついでですけどね」
「全く、休みの日ぐらい羽を伸ばせばよいものを」
「そのせっかくの羽を伸ばす機会についてきたのは、どこの誰でしょうね」
氏治さま、最近のあたしが休んでないで気張ってる事、気にしてたんだ。
やっぱり、優しいんだよね。
でも、ありがとうございますなんて恥ずかしくて言えないあたしはちょっと厭味ったらしく言ってしまう。
「澄、何かもうしたか?」
「空耳ですよ。ほら、行きますよー!氏治さまっ!」
「お、おい!いきなり元気になったなぁ!うむ、こちらの方が澄らしいぞ!」
照れを隠すようにくすくすっと笑って、あたしは軽い足取りで駆けだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます