千歯扱き編

澄、思い立つ(農具編)

「んぅー!つっかれたぁー。今日の授業、結構難しかったなー」


 今日もみっちり勉強を終えたあたしは、ぐーっと背を伸ばしながら屋敷に帰っていた。


 天羽さまは氏治さまに付き従って小田城へ来てくれているから、勉強は前と変わらない。


 内容はどんどんと専門的になってきてるし、頭がこんがらがることもある。


 例えば、今日の内容は天気。


 この時代の軍師っていうのは、用兵だけが仕事じゃない。


 天気を見たりして、戦略や国の行事や方針を立てるのだって大事な仕事。


 例えば雨が予想出来れば、行軍や作戦だって変わってくるから天気ってすごく重要。


 もちろん振り回されるわけにはいかないけれど、分かるならわかる方がいい。


 あたしは雑学知識が好きで、こういう雲があれば晴とか雨っていうのは何となく頭にあったけど、それでも大変。


 雲での予報は上手くいったけど、天羽さまが説明してくれた風とか星は分からなかった。


「こっち来る前は、夜空を見上げることも夜風に当たる事もなかったもんなぁ」


 バイトの帰りの夜空を見上げる余裕なんてなくて、見てるのはスマホとか本。


 ゲームや本に熱中して夜中コンビニにお夜食を買いに行くときはあったけど、空なんて見なかった。


 こっちの時代に来てから、初めて夜空を見上げたくらいなんだよね。


「でも、いろいろ知れるって面白いな。気象衛星がない中、天気を知るために色々工夫してきたんだな」


 今日は天羽さまとの勉強は一方的ではなくて、お互いの知識のすり合わせになっていたからやっぱり楽しかった。


 風の動きとか、星の様子や朝焼け夕焼けを見て学んでいけば、的中率はともかく天気予報ができるようになるってこと。


 そうすれば小田家の役にもっと立てるし、天気のこと気にしたくなっちゃった。


「明日はお休みかー。なんか休みなんて、久しぶり?」


 小田城奪回もあって、最近はドタバタしていたから久しぶりの休み。


 本来なら明日は貞政さまの授業なんだけど、今は土浦城主として自国の管理に当たっているのでお預け。


 なので、明日は久しぶりのお休みなんだよね。


「明日は何しようかなー……なんて言っても、行く先もないか」


 周りにあるのはどこまでも広がる関東平野と、霞ヶ浦の大自然。


 前の時代だったら、家にいるのは嫌だからどこかに行くことばっかり考えてた。


 図書館で歴史の本でも読みに行こうかな?気になる本を探しに本屋さんかなー、それとも骨董屋さん?和服が売ってる古着屋さんかな?


 でも天気が悪ければ、部屋に閉じこもってゲーム漬けになろうかな?なんて思うんだけど、この時代にはどれもない。


 この時代の水はきれいだから水遊びはできるかもしれない。


 だけどまだ季節は早いし、水着がないから無理。


 さらに言えば、ちょっと好きなこととか遊びとかって言っても、ぱっと思い浮かばない。


「できるのって、領内散歩くらいかな?」


 あたしは別に領地があるわけじゃないし、他の将のように決まった仕事があるわけじゃない。


 だから、何もない時は領内を散歩してても何も怒られない。


 結構散歩しているので、小田城周りの領民たちには顔と名前は憶えられた。


 何しろ、この時代にしては短めの髪に、村の人たちとはちょっと違う小袖姿。


 いい意味でも悪い意味でも目立つから、みんなすぐに覚えてくれた。


 もちろん、氏治さまの田植えのことで覚えられていたのもあるんだけど。


「小田領は、思ったより豊かだなぁ。お米はとれそうだし、他の穀物や食料もとれるし」


 小田領を歩いて話を聞くと田畑は少ない訳じゃないし、お米もそこそことれるらしい。


 ただ関東平野ってことで新田開発する余地もありそうだけど、思い出してみればお米の栽培に向かない関東ローム層もある。


 特に小田領のほとんどは、どうやら川の流れてこない台地。


 だから、いま新田開発できるとしたら何本か流れている川沿と沖積平野だけ。


 うーん、栽培できるお野菜とかなんとか思い出してみよう。


「それに、霞ヶ浦で塩が取れのはらなかった」


 さらにこの前聞いたところ、霞ヶ浦では塩も採れるらしい。


 霞ヶ浦って水質問題とか帆引き舟とかワカサギとかのイメージしかなかったんだけど、この時代はどうやら海の水が流れ込んでた汽水湖らしい。


 塩はめちゃくちゃとれるって訳じゃないけど、少しでも取れるのはかなり嬉しい。


 この時代の塩は、かなりの価値を持つ。


 沿岸から内地の国に塩を送っていた塩街道って言われる街道があるし、創作って言われるけど『敵に塩を送る』って言葉のもとになったエピソードがあるくらいだしね。


 積みゲー領地だと思っていたけど、兵糧は結構何とかなりそう。


 あと、塩は少ないけど内地の国とは交渉材料になるかもしれない。


 何より自国生産で出来るってことは、周囲に荷止めされたとしてもどうしようもなくなるなんてことはない。


 まだまだ大変なことも多いけど小田領、工夫すれば何とか生き残れるかも。


「ふぁー、ただいまー」


 あたしはちょっとわがままを言ってつけてもらった戸をからりと開けて、しんとした空間にただいまの挨拶をした。


 小田城奪還して約一か月、修復のかなり進んだ小田城の一角にあたしの屋敷を貰うことができた。


 小田城に来るまでは、土浦城に居候状態の氏治さまの屋敷に居候していたからいろいろ気を使うこともあった。


 氏治さまは男の人だし、あたしは女の子だから実は一緒の屋敷は結構大変だった。

 戸を開けて、中に入る。


 新居はお風呂も水道もない、家具もほとんどない。


 あるのは寝具代わりの筵と、着替えが少しに、食器が少しと寂しい。


 けど、はじめての一人暮らしの家ゲットなのだ!


 まさか17歳で、一人暮らしするなんて思わなかったなー。


 ちなみに、ご飯は氏治さまの『命令』で、氏治さまと食べることになっていた。

 なので、炊事はしなくていい。


 楽なんだけど、やっぱり覚えたほうがいいような気がする。


 この時代の食文化を学ぶのもそうだけど、何かあった時にご飯も何も作れないのはさすがにまずい。


 ただ、あたしの立場は、小田家の客将。


 だからこの時代の女性といろいろ違うし、そもそもあたしの価値観は500後の令和の世の中のもの。


 ご飯を習いたいって言ったら、もしかしたら怒られちゃうのかなぁ。


「最近、ちょっと背伸びしすぎてるよね、あたし」


 床に腰を下ろして膝を抱えながら、一つ息をついた。


 小田城奪回が無事に終わり、あたしは小田家で一つの地位を確保することができた。


 諸将の方にも氏治さまに仕える同じ家臣として見てもらえることもあって、こそこそこそびくびくしなくていいのは嬉しい。


 みんなは小田家に仕える、高家出身の将としてあたしを見ている。


 でも、あたしは高家の出身でもない、500年先ではごく普通の17歳の女子高生。


 将ということから、どうしたって態度は背伸びをしなきゃいけない。


 いくらみんなのフォローがあるって言っても、だ。


 すっごく疲れるけど誰かに見られれるかもって思うと、城内で気を抜くなんて出来なかった。


「でも、小田家に恩返ししてなきゃ、あたしの居場所がなくなっちゃう。何か考えよう」


 小田城奪回の結果に、あぐらをかいてるわけにはいかないよね。


 何か小田家の役に立つものを、考えなきゃ。


「んーと、まずは農具がいいかな。農業は国の基本だもん!」


 気持ちを切り替えたあたしは、縁側に移動した。


 農作業の負担が軽くなれば、領民の人は他の仕事ができるようになるはず。


 例えばお野菜の加工、他の加工品の生産、まぁ、あと余暇時間もあった方がいいよね。


 余裕が出ればいろいろなことができるし、何かあった時に小田家側も頼みごとがしやすい。


 それに、やっぱり農作業は身体に負担。


 その負担が軽くなるのは、領民のみんなにとって嬉しいはず。


 散歩していると、やっぱり疲れるのはあるみたいだし。


「そうは言っても、農業なんてした事ないんだよね」


 両親の実家は農業をやっていたわけでもないし、親戚付き合いも薄い。


 家庭菜園なんてする家ではなかったから、土いじりの経験もない。


 そんなあたしが、農機具に詳しいなんてことはなかった。


「たぶん、教科書に知っていた古い農具でこの時代に無い物を作ればいいんだけど……うーん」


 意外に思い出そうって思っても、出てこない。


 絶対異世界転生のお話で、ぽんぽんアディアが出るなんて嘘だ。


 ……あたしの頭が、ポンコツなだけかもしれないけど。


「最近やったのは、田植……うーん、田植機は作れないよね」


 田植えはめちゃくちゃ大変で、せめて田植え機があれば!ってとこだけど、あんなの作れるはずない。


 エンジンとかないといけないし、牛で田植え機を作るなんてあたしの頭じゃどうやっても無理。


 だから、これは没。


「田植えの後にやるのは、除草に除虫? だ、ダメ。農薬なんて全然分かんないよ」


 残念だけどあたしの化学の知識は、ほんと低空飛行もいいところ。


 歴史が好きでいろいろ知ってるかもしれないけど、当時の農薬なんて調べたことないんだよね。


 うう、こんなことならちゃんと調べておけばよかった。


「その後は刈り取り、脱穀、精米だよね。この時代って、どうしてたんだろう?」


 ぼんやりと千把扱き唐箕、万石通しっていう道具は浮かんでくるけどこの時代ってどうしてたのかは分かんない。


 もしかしてあったとしたら、せっかく思いついても無駄になっちゃうな。


「よし!こういう時は、百聞は一見に如かず!明日は休みだし、現地調査いっくぞー!」


 小田城奪還以降、はっきりとした目標がなくて悶々としてたからちょうどいい。


 この機会に、もっと領内の人たち色々話を聞いておきたいしね。


「よーし!となれば……早寝だ!」


 実はいろいろあって、あたしのお家に行燈も燈明皿もない。


 日が昇ったら起きて、日が落ちたら寝る。


 ごはんは、今日は動てないし朝ごはんとお昼ご飯で十分だしね。


 あたしは明日のことを楽しみにしながらゴロンと横になって、小袖をかぶった。

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