女子高生武将、雫澄、誕生

「先の敗戦で本城である小田城、おそらくですが土浦城以外の支城を多く失っています」


「それは、確かに……」


「さらに、この状況で援軍、停戦を頼む様子もない」


 あの、小田家の要といわれる政貞さまが明らかに怯んでる。


 これは、攻めてさらに揺さぶるしかないね。


 あたしの恩返ししたい覚悟を見せるには、今の小田家の状況なんて承知の上だってわかってもらわなきゃ。


「それは……」


「頼む先なら、いくらでもありましょう?」


 あたしの試すような言葉にビクリと隣の氏治さまが震え、政貞さま天羽さまの表情が厳しくなる。


 ――やっぱりね。


 なら、あたしの小田家の危機的状況の予想は正しいはずだ。


「例えば関東管領上杉氏、それを補佐する長尾家、常陸国最大勢力の佐竹家。他にも宇都宮、結城、多賀谷、千葉、足利、水谷……頭を必死に下げて頼るべき先ならいくらでもありましょう」


 小田家は確かに独立勢力。


 だけど長く常陸で続いてる名門名族なら、こんな時に頼る先はいくらだってあるはず。


「なのに、頼る先もなくお二人は悩んでいた」


 もしあるなら、氏治さまにすぐに報告がいき動き出してるはず。


 なのに政貞さまも、天羽さまも援軍や停戦の取り持ちをどこにも頼まないで、追い詰められている。


「これは、今の小田家が周辺から孤立している危機的状況を示すには十分ではないでしょうか」


 小田家が危機的なのかわかってるか?


 その質問には、王手のはず。


「どうでしょうか?政貞さま、天羽さま」


「……なぜです?」


 しばらくの沈黙の後、返って来たのは貞政さまの問いかけだった。


「なぜ、状況を分かっておきながら、自らを危険に晒すのです」


「最初から申しております通り、氏治さまに恩返ししたい。それだけです」


 あたしは間髪入れず、貞政さまに返す。


「氏治さまは、あたしの身に起きた信じられない出来事を信じてくださり、こうして小田家に保護していただけました。さらにこうしてあたしと一緒に頭を下げてくださる。短い間ですが大きな御恩をいただきました」


 二人はあたしの覚悟を受け止めるように、真っすぐにあたしを見つめている。


 この時代の主従関係の一つの形は、御恩と奉公。


 だから、通じるものがあるのかもしれない。


「そんな恩人がこれから、滅亡という最悪の結末を迎える。それを変える力があるかもしれないのに、黙って見過ごすなどできるはずがりません!」


「政貞、天羽、二人共、このあたりにせい」


 あたしの強い決意の言葉で静まり返った部屋に次に響いたのは、少し困ったような氏治さまのちょっと気弱な声。


「この雫澄という女子、一度決めたら鹿島にある要石のごとく動かないようじゃ」


「殿」


「この澄殿の覚悟、この氏治は初日の夜に聞いておる」


「しょ、初日ですと?真でございますか?」


「ああ。夜に様子を見に行ったら、はっきりといわれたわ。共に小田家の滅亡を回避しようとな」


 驚く天羽さまに、氏治さまは困ったように笑って返し大きく息をついた。


「わしも止めたし、聡そうな澄殿だからしばらくすれば冷静になり、心変わりするかと思えば……」


 そしてちらりとあたしを見ると、少し叱るように少しだけ語彙を強めた。


 でも、それは本当に怒っているのではなく、あたしがどれだけ真剣に訴えようとしていたか。


 それを、二人に伝えるかのようだった。


「思いは強くなるばかり。ついには今日、出るなと言っていた屋敷から勝手に出ようとしてまで恩返しせねばとしようとする女子じゃ。わしらがいくら言っても、聞くまいよ」


「しかし戦ともなれば、澄殿も戦場に出ることもありましょう。その覚悟はあるのでしょうか」


「左様です。澄殿の言葉を鑑みるに、戦場を目にしたことはないご様子です」


 二人の心配は当然のこと。


 詳しくは言ってないけど、あたしの時代の日本に戦なんてない。


 誰かが刃物を振り回しただけでも、全国ニュースになるくらい。


 人と人が殺しあう戦場を、見たことも肌で感じたこともないから。


 でも、それでも、あたしは小田家に、氏治さまに恩返しがしたい。


 どうしたら、納得してもらえるんだろう。


「なぁ、政貞、天羽」


「なんにございましょうか」


 あたしがどうしようかと思案してる時、隣の氏治さまが優しい口調で二人に問いかけた。


「近々滅亡が分かっている家に、士官しようとお主らは思うか」


 そうか!この時代、主家に延々奉公するなんてことは稀。


 滅亡の危機であれば、よっぽどの理由がなければ離反し新しい勢力について家をつなぐ。


 そうしなければ、領地の民や部下たち失ってしまうからだ。


 押し黙っている二人を見て、氏治さまの言葉が二人の急所だったってことに気が付いた。


「そうじゃ。澄殿の恩返しせねばという思いは、それだけの覚悟があるということじゃ」


 あたしだって、滅亡を回避できなければ氏治さまとともに流浪するか、下手すれば死ぬ未来が待っている。


 当然、あたしは承知の上だった。


 だけど、具体的にそれを言葉にしていなかった。


 それが天羽さまと貞政さま、小田家の重臣二人を納得させる最後の一押しだったんだ。


「何より恩返しせねばという思いがなければ、いくら助けられたからとはいえ初日からこの弁を使い、都や他の滅亡の未来がない家に移ることをわしらに訴えたろうからな」


 それが、二人にとって詰みの一言だった。


「これは、決まりですね」


「はい。雫殿は覚悟もある様子ですし、一つこの小田家に客将として奉公をしてもらいましょう」


 二人は、先ほどとは打って変わって穏やかな顔でうなづきあった。


「よかったな、澄殿。これで、恩返しができるやもしれんぞ」


「あ、ありがとうございます! 氏治さまも、本当にありがたき幸せにございます!」


 よかった!これで、小田家に恩返しをするっていう浅しの存在価値へ一つ前進した。


 ああ、氏治さま、さすがご当主だよ。


 あたし一人じゃどうにもならなかったから、これはまた何か別の形で恩返ししないと!


 またご恩が増えちゃったから、これからの恩返しを本当にしっかりと頑張ろう。


「それに二人とも、澄が姫武将というのも悪くないんじゃないか。もしかしたら、巴板額になるともしれぬぞ?」


 いや、巴板額は言いすぎですって氏治さま。


 巴御前はあの木曽義仲に従って武勇で名をはせて、板額御前は鎌倉幕府軍を苦戦させた弓の名手。


 あたしは刀も薙刀も握ったこともないし、この帰宅部の細腕じゃ弓も引けないんだから。


 どちらかといえばあたしがやるのは、知恵働きですって。


 貞政さまたちもさすがに無理だと思っていたみたいで、思わず二人とも噴き出していた。


「殿さすがに、それは言いすぎでしょう」


「そうでございます。いくらなんでも、あのお二人のようになれと申されては。澄殿が委縮してしまいましょう」


「あたし、刀も弓も触った事ないのに。氏治さま、それは無理ですよ」


「な、なんじゃ。せっかく、助け舟を出してやったのにその言いぐさはないじゃろう!」


 全員にツッコまれ拗ねるようにする氏治さまだけど、一気に場の空気が和んだ。


「ですが、雫殿の言葉には驚かされましたな」


「殿など、一度たりとも私たちからから学びたいと頭を下げたことなどなかったものですからな……」


「えっ!?」


 ちょ、ちょっとまって。


 氏治さま、こんないい教師が家中にいるっていうのに教わってなかったの!?


「本はお持ちのようですが埃をかぶっておりますし、どうやら枕にもしているようですし」


 あたしはぎょっとして隣の氏治さまを見るけど、何食わぬ顔している。


 うわ、最っ低。


 この時代の本って高級品で、貴重なのに埃をかぶせてあげくに枕。


 ああ、これは天羽さまが居なくなったり、家臣の言を聞かなかったりで無茶苦茶な戦いをするはずだよ。


 さっき上がった氏治様の株が、バブル崩壊かリーマンショックと同じくらい落下した。


 思わずめまいがしそうになったけど、座っていたから倒れないですんだのは幸いだったかもしれない。


「不肖天羽源鉄、持てるものを澄殿に伝えましょう。あいにく私には子もおらず、誰にも伝えないのは悔いとなるところでした」


 天羽さまは、ポンと膝を叩いた。


 そして表情は、非常に嬉しそうに変わっていた。


「よろしくお願いします!」


「いや、何か嬉しくなってしまいますな!」


「ならば、剣術は私が教えます。どうかご覚悟を」


「はい!」


 そして、明日からは軍略は天羽様を中心に同時に政貞さまも教わり、さらに政貞さまにはこの時代の基礎知識も教わることになった。


 あとは護身術も兼ねて、剣術も同時に教わることになった。


 学校で言えば普通の授業と、体育みたいなものかな?


 戦国時代にまで来て学校にいるみたいなんて、なんか変かもしれない。


 でも、小田家の滅亡を回避するっていう恩返しのために、足りない知識を自分から覚えなきゃ。


 何もしないで、未来を変えるなんてできないんだからね!

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