澄、氏治と共に小田家重臣と闘う

「頼む!政貞、天羽! 澄殿も、ここまで申しているではないか!」


「いや、そうは言われましても」


「お願いします、菅谷さま! 命の恩人である氏治さま、そして小田家に恩返しとしてご奉公させてください!」


「殿、そうは言われましても。ああ、澄殿は頭をお上げください!」


 戦国時代にきて、3日目の朝。


 困り果てる政貞と天羽さまの前には、あたしと氏治さまが深々と頭を下げていた。


「澄殿の気持ちもわかりますが……。しかし」


 小田家の名将の二人をここまで困らせているのは、誰でもないあたし。


 ことは、朝に巻き戻る。


 小田家というか、あたしを匿っている氏治さまを初めてとする三人は驚くくらい丁寧にあたしを扱ってくれた。


 今の服を何日も着るわけにはいかないと、着替えとしてかわいい青い花が染め抜かれた木綿の小袖をもらえた。


 ご飯だって、この時代の農家に比べたら豪華すぎるのが出てきた。


 麦のご飯に、味噌汁に、たまに魚。


 それも、ちゃんと別の食器で、お膳に乗って出てきた。


 みんな残り物を使った雑炊を覚悟してたから、最初に出てきたときは同じ屋敷にいる氏治さまたちのと間違ったんじゃないか?って思ったくらい。


 持ってきた政貞さまに何度も確認して、深々とお礼をしちゃった。


 そんな感じで、あたしは氏治さまが言ってくれたとおり丁寧にあつかわれている。


 前の時代、こんなに気を使われたことなんてない。


 あたしから見れば、まるで姫のようだ。


 だけど、あたしは不満だった。


 恩返ししますといったものの、部屋に閉じ込められたままじゃ何にもできない。


 小田家の状況も分からないし、あたしが力になれることも分からない。


 数日間は耐えたんだけど、一週間目にして我慢できなくなったあたしはこっそり監禁させている屋敷を出ようとした。


 だけど、間がいいというか悪いというか外から戻って来た氏治さまに、タイミングよく見つかってしまった。


 当然、怒られるはずだし、あたしの処遇もまだ決まっていないから約束破り。


 それなのに、氏治さまは優しく訳を聞いてくれた。


 その前に、何か不満があったのか?粗相があったのかってすごく不安そうだったとことを見ると、本当にこの人は戦国武将なのかって疑ってしまう。


『このまま穀つぶしは嫌なんです! 小田家に早く恩返しもさせてください!』


『澄、本気だったの!?』


 どうやら、その時まであの時の恩返しを氏治さまはそこまで本気と思っていなかったみたいだった。


 だから、ほとぼりが冷めるというわけではないけど、しばらく様子を見ていたらしかった。


 少しショックだったけど、氏治さまから見ればただのあたしは女の子なんだから一時の気の迷いに見えたのかもしえない。


 だけど、今回行動を起こしたことであたしの本気度が伝わったみたいだった。


『わしだけでは、決められぬから……』


 そう言って、あたしを連れで城主である政貞さまの屋敷に連れてきてくれた。


 そして今は、たまたま軍議をしようとしていた天羽と貞政さまに二人揃って土下座中だ。


 あたしはともかく、氏治さまはご当主なのにいいのかな?家臣にここまで頭を下げて。


「あたしはこの通り、武家の出でも貴族の出でもありません。年齢も17歳なので、姫としての役割は、当然果たせません!」


 この時代の武家の女の子の役割は、結婚によって二家の結びつき作る事が一番。


 例えば氏治さまに娘が出来たら、佐竹家や結城家に嫁がせて同盟のきっかけにしたりする。


 自由恋愛なんて事はほとんどなく、大体がこの時代の女の子は親の家のために結婚するため生きていたとも言える。


 だけど、それはある程度名のある家だからできること。


 今のあたしが例えば同盟のためにって佐竹の家に嫁ぐのは、不可能だ。


 あたしの親も何も偽らなきゃいけないし、そもそもあたしは17歳。


 この時代では立派な大人で、結婚はかなり難しいんだから。


「澄殿の気持ちは、痛いほど分かりますが……うむぅ」


「源鉄、知っての通り澄殿は日の本の歴史に通じておる。何せ、このままでは小田家が滅亡することも知っておった」


「それは、はい、存じております」


「ならば、戦や政、他国の武将についても少し知っておろう。な?」


「そ、それは、多少なりとも!」


 氏治さまの助け舟に、ここは乗ることにする。


 詳しい軍略や政の知識はなくても、高校までの社会科の知識はこの時代では十分役に立つ。


 軍略だって本当にかじり程度だけど、布陣のことを勉強したこともあった。


 そこそこ武将の名前を知っていることや、その人たちがどんな事をしたかを知っていることもきっと役に立つはずだ。


「もちろん、足りないこともたくさんあるのは十分存じております」


「澄殿?それは、どういうことでしょうか?」


「足りないとは?」


「政貞さま、天羽さま、いくら未来から来たとてあたしは何か変わった力を持っている女子ではございません。ただ、これから先日の本で起こることや、歴史を知っているだけで御座います」


 貞政さまと天羽さま相手に、からめ手は使わない。


 正攻法で、行くしかない。


 小田家の名将と言われ、ときには智謀を繰り広げた相手に下手に取り繕うのは得策じゃないはず。


 こちらの手持ちは分かってても、相手の手札が見えないならなおさら。


「未来からの知識は、時にこの時代に合わず戸惑いや軋轢を生んでしまうこともあります。それで小田家の滅亡を回避できても、あたしとしては本意ではありません」


 しんと、広間が静まりかえった。


 それは、あたしの言葉を様子しておらず、そして次の言葉を固唾をのんで見守っているみたいだった。


 よし!勝負手を一手まず!


「ならば、この時代の政、風俗、軍略、剣術などを学びあたしの知識をこの時代に合ったもの変えるのは必須」


「それは、つまり澄殿。我らに教えを請い、そのうえで小田家に奉公したいと?」


 驚いたような声の政貞さまに、あたしは手ごたえを感じた。


 これは、一気に攻めるタイミング。


 かかれ雫って感じで、一気に行くよ!


「当然で、御座います。あたしが自ら学び、歩み寄らねば小田家で満足な奉公が出来ぬと考えております」


「天羽さま、これはどうしましょう」


「ふむ、今小田家はこの危機を脱するために一人でも優秀な人材が欲しいところ。雫殿の知恵が役に立つならば、渡りに船。更に教えを請う姿勢は見事ではありますが……」


 ううん!やっぱり押しが弱いか!


 確かにまだ政貞さまとも、天羽さまともそこまで深く話したことがない。


 信頼されなくても、これは仕方ないかな。


 でも、このままじゃ本当に穀つぶしになって、恩返しができないままだ。


 何か、何かあと一押しあればいいんだけど。


「二人とも、どうか澄殿をわしらの家に迎えてやってはくれないか」


 重い空気を破ったのは、どこか申し訳なさそうなそんな氏治さまの声だった。


「確かに、二人の懸念も分かる。澄は女子で、戦場に出れば皆が戸惑うだろう。政も同様じゃ」


 氏治さまの心配は、当主として当たり前のことだった。


 あたしの性別は、変えられない。


 声も少年声というのは無理があるし、胸はそんなにないけど顔立ちは男の子に誤魔化すのは厳しい。


 そんなあたしが、いきなり戦や政に出てしまえば小田家の家中は戸惑ってしまう。


 それは、いくらあたしがこの時代の風俗を学んで身を合わせてもだ。


「だが、これは澄殿がわしのために、小田家のためにと自分で考えたことだ。それを尊重してやってはくれまいか」


「う、氏治さま……」


 あたしは思わず、言葉を失ってしまった。


 あたしのしたいことを、あたし自身で決めた道を誰かが認めてくれて背中を押してくれる。


 それは、人生で初めての出来事だった。


 氏治さまは、あたしの家族でも何でもない。


 たった一週間前、出会ったばかりの人なのに。


「しかし、殿。今の我らの状況は――」


「存じております!」


 あたしは渋る天羽さまを強い口調で遮った。


 三人の驚いた視線が、一気に集まる。

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