澄、現代知識を活かし勉強す〜軍略編〜

「どうでしょうか?」


「では、理由をもう一度お願いしたい」


 翌日の天羽さまの初めての授業は、あたしの知識がどこまで今の時代に合っているか確かめるものだった。


 そこで出されたのは、この前の小田城の陥落の原因を考えるって物。


 小田家の城である海老ケ島城えびがしまじょうに佐竹・多賀谷たがや家連合軍が押し寄せ、その後詰に向かった小田軍が打ち破られて結局大敗した戦いだった。


 天羽さまに戦いの経過と流れを聞いたあたしは、ぽんと答えを出した。


『本来の目的を忘れて、目先に走った氏治さまの失策です』


 天羽様はもう一度あたしの意見を聞いて、出した結論の答えを整理したいようだった。


「もちろん、主家として海老ケ島城に後詰を出すのは当然の動きです」


 攻められた海老ケ島城は、小田城の支城。


 本城は支城が責められたとき、援軍と呼ばれる後詰ごづめを出さねばならないお約束がある。


 そりゃほっといてしまったら、支城としては見捨てられたと思って寝返る可能性もある。


 それだけじゃなくて、他の支城何かあった時本家は助けてくれないんだ……じゃあ、他の家に。


 なんてことが起こって、お城まるごと寝返っちゃう危険性がアップしちゃうから後詰は必須。


 後詰の兵が来たところで城攻め側は、挟撃の形になるから引くことも多いしね。


 それと後詰を期待するから、攻められた城側も頑張って守る。


 一方で状況的に、後詰が期待されない場合は別。


 例えば主家が他の戦いで手が離せない、今からじゃ絶対間に合わないって時は、火を放ったりして撤退するのが流れ。


 無駄に将兵を削ってしまうよりは、よっぽどそっちの方が攻められた側にも利益になるらしかった。


 城を枕に散る!なんてことは、ある面効率主義的なこともあったこの時代はそうはなかったみたい。


 だから、氏治さまの後詰の判断は間違ってない。


 二つの城の距離は20kmくらいで、行軍上も問題ない。


「ただ、なぜ多賀谷本家の方に向かったかはあたしには分かりません。確かに手薄ですが、これでは戦力に勝る敵兵に背後を取ってくれというものです」


 そう、なぜか氏政さまは後詰に向かわず、多賀谷領へと向かったらしいのだ。


 確かに多賀谷本体は海老ケ島城を佐竹軍と攻撃中、多賀谷本地は手薄のはずでそこを攻撃し手に収めるなり、多賀谷側の撤退を促す。


 もし手に収めることが出来れば、強力になって海老ケ島をさらに助けるというのも分からなくはない。


 でも、これはどう見たって出来すぎの机上の空論。


 小田側が強力でさらに行軍ペースも異常で、さらに海老ケ島城が難攻不落の堅城という条件付き。


 現実はそんなこともなくどう考えても、一番大事にしなければならないのは海老ケ島への救援だったはずだ。


 そして、多賀谷本領に向かった氏治様を襲ったのは最悪の結果。


 後方から佐竹家に攻撃され、さらに続いて多賀谷家も襲いかかる。


 結果的に挟撃された小田家後詰軍は崩壊、海老ケ島城だけではなくそのまま小田城まで奪取されちゃった。


 後詰という本来の目的を優先していれば、ここまでの敗戦はなかったはず。


 佐竹に背後を取られ挟み撃ちになることも、海老ケ島はともかく小田城は落とされることもなかったのだから。


「つまり、澄殿から見れば先の戦は」


「動きだけ見れば、負けるべくして負けたということです」


 大きくため息をついて、あたしは天羽様に頭を下げた。


 あたしの時代には、『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』っていう言葉がある。


 にしたって、この氏治様の軍の動かし方で勝てる方法はあたしには見いだせなかった。


 あるとしたら、佐竹の領内や隣国で何か大変なことが起こるとか、陣中に隕石が降るとかくらい。


 何でこの用兵で勝てるって思ったのか、あたしには理解できなかった。


「この澄殿の目が、氏治さまにあれば。いや、そう悔いても仕方ありませんな」


「では?」


「間違っておりません。私たちも必死で止めようとしたのですが、氏治さまの意思は固く結局は……」


 天羽さまは、大きく肩を落とした。


 ――ああ、やっぱり二兎追うものは一兎も得ずを地でいっちゃったんだ……。


 相手が自分より弱ければいいけど、多賀谷には力があるし援軍に出ていたのはあの佐竹家。


 どうやったって二兎を追っている場合ではないのは、明らかなのにどうしてこんな用兵しちゃったんだろう。


「しかし、女子であるのによく軍の動きで分かりますな」


「あ、あはは……現代では、そういうことをえっと、実際ではなくえっと、まぁ、試せるというか、そういう道具がりまして」


 歴史好きの女子高生のあたしは例にもれず、歴史シミュレーションゲームは履修済み。


 強力武将でさくっと天下統一もいいけど、弱小地方武将で天下を取るっていうのも当然たくさんやっていた。


 だから、そこまで精密じゃないけど、どう行軍をすれば効率がいいかっていうのは頭に入ってたからそれを応用しただけ。


「なるほど、ちなみに孫子などは?」


「あ、えっとほんの触りだけは」


 孫子の兵法は、この時代でも使われてる中国の軍事理論書。


 あたしの時代にも当然あるけど、学校では読むことはない。


 けど、歴史の本でたまに出て来るから、どんなもんかなって入門書をちょっとかじったことはあった。


「おお!天羽は嬉しいです!それだけの基礎があれば、私と軍議の話をできるのもそう遠くないでしょう!」


「ええええっ!?」


 天羽さまは感動してるけど、言い過ぎにもほどがある。


 実際の軍も動かしたこともないし、戦場に出た訳じゃないから軍師と軍議で話せるなんて無理。


 びっくりしたけど、次に放たれたその理由を聞いて納得した。


「何せ、相手が氏治さまぐらいでしたからな」


「そ、それは、はい……えっと、何て言っていいか」


 どうやらぬかに釘って言葉すら甘くなるくらい、手ごたえの無い相手が基本的に天羽さまの相手。


 それもその相手と来たら、いうことも聞かず暴走して失敗する始末。


 まだ、未来から来たネコ型ロボットに助けを求める某眼鏡をかけた少年(TV版)の方がまともに見えてしまう。


 だってあの少年は、映画版や大長編って特別な舞台になれば途端にヒーロー覚醒するもん。


 一方の氏治さまは、戦場って特別な舞台でも覚醒しないダメ武将だもん。


「これは、政貞にも伝えておきます。優秀な人材がこの小田家に現れたと」


「そ、そんな! 変に期待されると、その困ります」


 期待を裏切る現実は、あたしにはやっぱり重い。


 まだ17年間の人生だけど、これまでたくさん裏切ってみんなからひどい目で見られてきた。


 だから、期待されるのは苦手で、反射的に拒絶しちゃう。


「いや、知識もありましょうが、こうして積極的に意見を言うこと、そして自ら学ぼうという姿勢。それが、優れた人物だと私は思いますから」


 だけど、天羽さまは真っ直ぐにあたしを見ていた。


「が、がんばります!」


 それは、素直に出たあたしの言葉だった。


 初めてだった。


 そんな風に、誰かにまっすぐ優れた人物って言われたのは。


 いつもみんなに『すごいよねぇ』『偉いね』って褒められる言葉は、いつも『そんな無駄なことを知ってて』っていうバカにするような言葉が頭に隠れていたから。


 だから、この真っすぐな褒め言葉にびっくりしちゃった。


「ただ、我を張りすぎませんようにな」


 天羽さまの笑顔で、あたしははっと気が付いた。


 頑張るっていうのは、この時代ではワガママと同じような意味であんまりいい意味でないってことを。


 我を張るから転じて頑張るになったみたいな話を、どこかで聞いたことがあったからだ。


 もしあたしの素直な嬉しいっていう言葉が、舞い上がっちゃったみたいに取られたらって思うと、ちょっと恥ずかしかった。


「では、本日の講義はここまでといたします」


「ありがとうございました!」


「また明日も、楽しみにしておりますよ」


 戦国の軍師と一対一の授業って贅沢すぎない?


 そう思うと、明日のこの時間が一層楽しみになってしまった。


「さて、次はえっと菅谷さまとお稽古だ!身体動くか心配だな」


 あたしの体育の成績は中の下だし、剣なんて当然握ったことはない。


 でも、自分から頼んで逃げ出すのは絶対に嫌だ。


 どんな時間になるか分からないけど、精一杯やろう!


 気持ちも新たに、あたしは政貞さまが来るのを待つことにした。

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