澄、現代知識を活かし勉強す〜武術編〜

「よろしくお願いします」


 体育の授業のようにジャージに着替える訳でもなく、小袖のままあたしは貞政さまに頭を下げた。


 政貞さまは戦いの先陣を務めることも多い、知と武で小田家を支える武将。


 だから、教わるにはもってこいって気がしていた。


 あと、土浦城代としていつも見ていてくれるという安心感も多い。


 氏治さまは小田家当主として、あたしとべったりという訳にもいかないみたい。


 なので、忙しい合間を縫って貞政さまが様子を見てくれることが多かった。


 といっても、『困ってることは無いですか?』『少し戸惑いはあるけど大丈夫です』っていうやり取りが主だけれど。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 武家らしく一礼をした政貞さまに、あたしは再び頭を深くさげる。


 なんだか、映像で見た剣道の試合開始みたいだ。


「小田家で過ごすにあたり、実は身を守るすべは、私たちも澄殿に教えようと思っていたんです」


「そうだったんですか?」


「ええ、澄殿も500年も先から来たのならわかっているでしょう。これから小田家が、戦いに明け暮れねばならないことを」


 政貞さまの言葉に、小さく頷く。


 あたしの知ってる小田家は戦いに明け暮れ、と言うよりも勝ったり負けたりの戦いを繰り返す弱小戦国大名。


「当然、軍が出払っている隙に城が襲われることもありましょうし、落ちのびてきた私たちと追手の戦いに澄殿が巻き込まれないとも言えません。その時に、ご自分で命を少しでも守ってもらう術は教えようと思っていたのです」


 政貞さまの言っていたことは、あたしが武術を習おうと思った理由そのままだった。


 今は隠れてはいるけれど、そのうちほかの諸将や領民の前に行く。


 そうすれば、小田家の一員として周囲に認知される。


 と、いうことは当然、この戦乱に巻き込まれることも考えなくちゃけなかった。


 あたしが居るのが織田家や最後に天下治めるような徳川家、九州の覇者島津家のような大大名ならともかく、この吹いて飛ぶような……は言い過ぎかもしれないけどともかく弱小の小田家。


 何かあった時に、自分の身を少しでも身を守らなくちゃいけないのは当然だった。


 でも、本当の理由は少し別。


 そんな戦乱に巻き込まれた時に、何もできないで足を引っ張るのは嫌だった。


 何もできないで殺されるのは嫌だし、誰がの足を引っ張ってしまうのも嫌だったから。


 恩返ししたいのに、肝心な時に足手まといなんて最悪だ。


 それに考えたくは無いけど、敵に襲われて何もできないあたしを守ってあたしの知っている誰かが死んじゃったら?


 想像するだけで、怖くて仕方なかった。


 親も親戚も先生も友達もいないあたしが頼れるのは、小田家のみんなだけ。


 そんな人たちがあたしの腕が未熟なせいで、あたしの目の前で死ぬ。


 想像するだけで、体が震えてしまった。


 前の時代だったら、武術や護身術なんていらないけどここは戦国時代。


 護身術として剣の扱いを習おうとするのは、必然だった。


「はい。自分の身は自分で守りたいんです。無理かもしれないですけど、それだけでも身に付けたいなって思っています」


「わかりました。ええと、小田家には武器の使い方が伝わっており、小田流と呼ばれております」


 へぇ、小田流っていう兵法があったんだ。


 あたしの時代にはそんな流派は見たこと無いけど、こういうのって一子相伝とか口伝だから小田家が歴史に埋没する間に無くなっちゃったんだろうな。


 ――あ、でもこれって失われた兵法を教えてもらうチャンス!?


 そのわくわくが伝わってしまったのか、貞政さまは嬉しそうに笑っていた。


「ですが、あれは一子相伝いっしそうでんであり口伝くでんです。なので澄さまに教える訳には参りませんし、私も詳細は分かりません」


「ですよね……」


 さすがに予想はついていたけど、どこかでちょっともしかしたらって思ってしまったのが恥ずかしい。


「なので、私が学んできたもの教えたいのですが、一つその前に一つ教えて頂きたいことがございます」


「なんでしょうか?」


「武器は何を使うか、言うことです。澄殿が以前使っていた武器があればそれが一番ですので教えて頂きたいのです」


「それが、どれもありません。ですから、何が使えるかもわからないんです」


「もしや、刀を握ったことも触ったこともないのですか?」


「はい。500年後は誰も刀を差して歩いていません。街中で何かあって喧嘩になって、切り合いになることもありません」


「なんと」


「なぎなたを習う授業もないですし、銃刀法っていう一定の長さの刃物を持ってはいけない法もあるので護身用に懐刀ふところがたなを持っていたらモノによっては捕まっちゃう世界なんですよ」


 あたしの答えにぽかんとしている貞政さまだけれど、別に嘘を言っているつもりは無い。


 全て、あたしの過ごしてきた時代のこと。


「本当に平和な世なのですな。心底、羨ましいですぞ」


 あたしから見れば、いじめがあったりして本当に平和とは言えないかもしれない。


 けど、頻繁に命のやり取りを繰り返す武将から見れば、確かに本当に平和な世なのかもしれないな。


「では、少しお待ちください。いくつか持って参りますので」


 一礼していった政貞さまはすぐに数本の刀を持って戻ってきた。


太刀たちと打ち刀の長いものと短いもの、長巻ながまきを持って参りました。合うものがあればいいのですが」


 政貞さまは、持ってきたものを説明してくれた。


――わわ!本物の刀がこんなに無造作に!

 

 あたしの時代にはショーケース越しにしか見れない刀がごろごろしているのに、改めて戦国時代に来たんだなという実感。

 

 と、同時に、やっぱりドキドキはしちゃう。


 その中に弓が無くて、正直ほっとした。


 当時、武士と言えば、刀じゃなくて弓。


 海道一の弓取りっていうのは、別に弓術が優れた訳じゃなくてそれだけ武術、武力に優れているって例えだったくらい。


 帰宅部で体育成績2のひょろんのあたしに、当時の力も引く技術も必要な長い弓が引ける訳もない。


 さすがにそこは、あたしの体格を見て分かってたみたい。


「太刀は手渡しですが、どうぞ」


「えっと、ではまず太刀を……って重!?」


 初めて鞘越しに持った太刀はずしんと、重くびっくりしてしまった。


 そりゃ60cm以上の鉄塊だから重くて当然だけど、こんなの使えるはずはないって一発でわかってしまった。


「まぁ、それは持ってきただけですな。太刀は主に馬上から相手を叩く武器ですから、澄殿はまず使うことは無いでしょう」


「え?切らないんですか?」


 刀なんだからてっきり切るものだと思っていたから、政貞さまに聞き返した。


 斬らない太刀って、どうやって使うのか余り想像が付かない。


「無論、薙いで切ることも可能ですが、それよりも馬上から振り下ろし叩くことに向いておりますな」


 確かに徒歩の兵たちが太刀を振るっているのはあたしも知らないけど、おもに馬上用の武器って言うなら納得がいく。


 そりゃ、徒歩と槍と火縄銃が主戦力になったら廃れちゃうのも納得しちゃう。


「えっとこれは、打ち刀ですね」


 次に長い打ち刀を、手に取ってみた。


 ――これはイメージする日本刀に近いし、もしかして何とかなりそう。


 そう思って、腰に刺して抜こうした。


「あ、あれ?え、抜けない?」


 あたしの身長は女の子の標準で、160ちょい。


 当時の日本人とたしかあんまり変わらないはずなんだけど、見事に切っ先がこいくちの奥に突っかかった。


「どうやら、腕の長さの問題でしょうな。後抜き方にも慣れが必要ですから、もしかしたら慣れれば抜けるかもしれませぬ」


「えっと、よいしょっと。う!結構、重いです」


 何とか抜いてみたけど、これも重い。


 日本刀って降りやすいように重心を取ってあるから思ったより軽いって聞いたけど、やっぱり重い。


 これだと、鍛えれば振れるようになるかもしれないけどそれまでに腕が酷いことになりそう。


「ああ、私たちや天下に名だたる名刀は振りやすく作っていると聞き及んでおります。それは、足軽たちが使う刀ですから違うのでしょう」


「こんなので、皆さん切り合ってるんですか?すごいですね」


「いや、切り合うというよりもこれも叩き合いのが主ですな。すぐに切れなくなってしまいますので。切る場合は手首や足首などでないと、刀が負けてしまいますがそんなところ狙うのは難しいですからな」


 確かに居れ味は悪いけど、こんな鉄の棒で叩かれたら大けがどころじゃなくて死んじゃうのは想像もつく。


 切れ味がわるいけど手首足首は具足ぐそくの隙間を狙えば、刃物だし相手に致命傷だ。


 ただ、狙うのは効果的なんだろうけどあっちも必死に抵抗するからボコボコに叩くのが正解かもしれない


「これは、短めの打ち刀ですね」


 打ち刀を諦めてあたしは次に、もう一本の打ち刀を手に取った。


 長さは50~40cmくらい。


 あたしから見ると脇差わきざしくらいに見えるけど、脇差っていう言葉が出たのは確か江戸時代。


 だから政貞さまは、脇差っていう言葉を使わなかったんだな。


「よいしょっと! あ、抜けた!」


 今度は先の失敗を活かせたのか、すっと抜くことができた。


 不格好ながら振ってみると、そこまで重くもなく何となく扱いやすい。


 もしかしたら、これくらいがあたしには合っているのかもしれなかった。


 腕も筋トレすれば、今の重さも少しは無くなりそう!


「なるほど、これくらいの打ち刀が合うと。では、それを主として教えましょうか」


「はい!お願いします!」


 相棒となる刀の長さが決まって、ちょっと嬉しくなった。


 政貞さまの授業は厳しそうだけど、頑張ってついて行きたいと思った。


 ちなみに、長巻も振るってみたんだけど長すぎてちょっと振り回されたのでお預けとなったのだった。


 * * *


「え?打つだけですか?型とかないんですか?」


「まずは木の刀とはいえ、振る動きを体にしみこませるのが重要ですからな」


 あたしに課せられたのは、目の前の的に向かって刀を振るというものだった。


 当時は竹刀が無いから、訓練用の脇差(便宜上この呼び方にする)の長さの木刀だけれど。


「武の心得が無いと聞きましたので、まずは刀に慣れてもらう必要ありと感じました。それに、型と言われましたがあまり重要では無いのです」


「え?」


「澄殿が刀を抜く場所は、おそらく負け戦や落城時でしょう。血気だった兵たちが、型を守り切ってくると思いますか?」


 貞政さまに、即座に首を振った。


 そんなのありえない!


 目の前に目標がいたら、本能のままに襲い掛かってくるに決まってる。


 当時は負け戦、しかも落城時と言えば略奪強姦何でもござれ。


 その時の兵士と言ったら、某核の落ちた世紀末を舞台にした漫画のモヒカンたちかそれ以上な感じのはず。


「ヒャッハー!女だ!宝だ!ヒヒヒー!」


 うん、容易に想像つくのが嫌なくらい怖い。


 もちろん、その略奪を止めるように命令を出した将もいるけどそんなのごく少数なんだから。


「そういうことです。防御の術は一応教えますが、まず少しでも刀を振るえることを覚えて欲しいのです。変な構えに囚われるよりは、よっぽどいいと思いまして」


 貞政さまの意見は、何も間違ってない。


 それどころか、超実践剣術のような気がした。


 あたしだって別にキレイに剣を振るいたいわけじゃないし、剣豪を目指す訳じゃない。


 身に着けたいのは、いざという時に身を守る剣。


「はい!わかりました」


 納得したあたしは、政貞さまに見守ってもらいながら決められた時間まで木刀を振るうことになったのだった。

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