氏治、素人女子高生に敗北す

「初めてにしては、筋がいいですな。こちらの教えに、素直に体が言うことを聞いている様子」


「そ、そうですか……」


 時間が終わって縁側に座ったあたしを褒めてくれる政貞さま。


 だけど、あたしはそれどころじゃない。


 初めての木刀を結構な時間、振るっているから腕はもうすでに少し痛みが出る程にパンパンに張っている。


 さすが、体育の成績は2のひ弱な帰宅部の身体。


 気持ちはあっても、あっさりと身体は限界を迎えてしまった。


 どうやらあたしは、精神で肉体を凌駕できない生物であるのはよくわかった。


「でも、木刀でこんな有様だと、まだまだ打ち刀は振るえませんね」


「そこは、日々の鍛錬でしょうな」


 木刀は重心の問題はあるけど、意外と重い。


 でも、この木刀をある程度扱えるまでは、刀を使える自信にはならなそう。


 今日はこの気づきを得ただけでも、よし!ってとこかな。


「澄殿は武も知も氏治様より、筋がいいかもしれませんな」


「い、いえ!そんなことは」


「天羽から聞いておりましたが、これは確かだとおもいます」


 自信満々に言うけど、さすがに貞政さまも天羽さまも、買いかぶり過ぎ。


 いくらなんでも……あ、でも、知略だけは上かもしれない。


 いやいや、何を思ってんの!?相手は戦国武将。


 それも、あの名族小田家の当主だよ!そ、そんなことは……いや、でも、ある、のかも。


 あたしの知っているエピソードをあげてみても、武勇に優れたエピソードは知らない。


 あと、負け戦のエピソードが強すぎて知将って感じもしない。


 あ、あれ?氏治さま?あたしより、え?


「鍛えていけば、そのうち抜かれてしまいますなぁ。そうはありませんか、氏治さま?」


「そうですね、あの氏治さまなら……って、いつからいたんですか!?」


 政貞さまにポンと言葉を返していたあたしは、慌てて正面を見た。


 そこには、なぜか『あの』氏治さまが立っていた。


 この人、戦国武将を辞めて間者になった方がいいんじゃない!?


 全く、気配も武将のオーラも無かったんだけど!


「ついさっきじゃ。なぁ、澄殿、今なんと申した?」


「い、いえ、別にあたしは氏治さまを超えるなんて、どうやっても無理だなって感想を持った、だけ……」


「では、なぜ目を逸らす!」


 見れるはずないよ、さっきもしかしたら頑張れば抜けるかもって言いかけたんだもん。


 今、氏治さまを見たら、目が泳いでるのがバレるに決まってるよ!


 さっきの運動とは違う汗が、たらたらと流れるのが分かるくらいなんだから!


「それも、この名族小田家現当主、この小田氏治を蔑ろにするように『あの』と言いおってぇ!我が武勇、思い知らせてくれる!澄殿、刀を抜けぇ!」


 氏治さまはいきなりどこからか持ってきたか分からない木刀で、あたしをびしっと指した。


「へ?な、何、言ってるんですか?」


 これって、完全な言いがかりだよね。


 確かに無礼なことは言ったから、謝れって言うならわかるけどなんで木刀をあたしが抜かなきゃいけないんだろう。


 これ、明らかにあたしと言う弱者で憂さ晴らししたいだけなんじゃない?


 それも、天羽さまからの話は氏治さまに伝わってそう。


 いや、でも相手は戦国武将だよ?


 あたしなんかに嫉妬とするなんて、あり得る?


 いや、ない、ないはず。


 ねぇ、ないですよね、氏治さま?


「氏治殿、大人げない!勝負と言われましても、相手は澄殿ですよ。今日、初めて木刀を振るったばかりなのです!」


「知らぬ!わしが天羽や政貞、ほかの諸将以下なのはわかっておる!」


「あ、わかってるんだ」


 氏治さま、あたしに嫉妬しまくりじゃないですか。


「しかし、澄は女子! それに負けたと言われては、さすがに我慢できぬ!」


「それは、素人同然の今勝たねば、将来負ける。と思っておいでなのではありませんかな?」


「う、うるさぁああああいいっ!勝負じゃ!澄!」


 ぽかんとするあたしと、必死で宥める政貞さま。


 っていうかそれ、煽ってますよね!?


 そして氏治さまは地団駄を踏んで、勝負!勝負!と叫んでいる。


「澄殿、申し訳ないですが軽く負けてやってください。こうなった殿は、もう誰にも止められません」


「はい、わかりました」


 政貞さまにこそっと耳打ちされて、あたしは大きくため息をつく。


 ああ、これがあたしの時代の小田家が無理な戦を積み重ねた理由なのかな。


 小さい事に気を取られ、頭に血が上りやすい。


 人間的にはいいかもしれないけど、将としては最悪。


 さっきまでの疲れと恐らくたどり着いた事実、二重の重さを感じつつあたしはまた木刀を握った。


「どうぞぉー」


「名門小田家の力、その身に刻み込んでくれる!」


 やる気のないあたしに対して、血気盛んな氏治さまは上段の構えから木刀を振り下ろした。


「いやあああっ!」


「えっ!?ち、ちょ、氏治さま!?」


 音がするほど早い速度で目の前を通過した木刀に、あたしは一気に目が覚めた。


 ちょっと待って、このバカ殿様本気で振るってない!?


 いくら木刀だからって言っても、こんな勢いで殴られたら大けがだって!


 待って、待って!あたし剣術素人の女の子だよ!


「ふふふ、次は当ててみせる!」


 構え直す氏治さまを見て、あたしは感じた。


 ――この人、本気! 何とか、何とかしなきゃ!


 初心者講習一日目で実践とか、小田家はブラック企業ですか!?


 いや、確かに後世から見たら無能なワンマン社長のお陰で滅亡する老舗企業だから、ブラックと言えば真っ黒暗黒ブラック企業かもしれないけど!


「きいぇえええ!」


「っ!」


「かわした!?」


 次に振り落とされた木刀を避けて驚いたのは、氏治さまもだけど政貞さまもだった。


 でも、あたしは勘に従っただけ。


 恐らく上段からまっすぐ撃ち落としてくるなら、半身気味にかわせばいい。


 これ、実はちょっとしたゲームと読んでいた本で覚えたんだけど、まさか本当によけられるなんて思ってなかった。


 ――こうなったら仕方ない、あたしには500年先のゲームや本で蓄えた知識があたしにはある!


 あたしは覚悟を決めて、中段に剣を構える。


 破れかぶれってわけじゃないけど、本や動画で見た時一番基本らしいしあたしも動き的には何とかなるはず。


 知識と妄想イメージ力なら、この中の誰よりも高いはず!


 頭にあるあらゆるものをフル動員して、この狂った男(お世話になってる関東の名門小田家当主)を何とかしなきゃ!


「様になっておるではないか、しかし付け焼き刃であろう!」


 じりじりと間合いを詰める氏治さまが、また上段の構えから木刀を振り落とす。


 ――三度見ればわかるの!一応、あたしもゲーマーの端くれ!日々鍛えた目を、舐めないでくれる!


 すっと先ほどと同じように、最低限の動きで横にかわした。


 そして氏治さまの横に回り込んだあたしの手はイメージ通りに、木刀を動かした。


「やっ!」


 気合を入れたあたしの短い声とともに木刀は振り落とされ、氏治さまが空振りした木刀に直撃。


 氏治さまの木刀は、カランと乾いた音を立てて地面に転がっちゃったのだった。


「え……?」


 それは、あたしも氏治さまも、そしてあたしたちをはらはらしながら見守っていた政貞さまも同時に出た感想だった。


「あの、氏治さま?」


 あたしと政貞さまは、同時にそう言って木刀が手から離れたまま固まっている氏治さまに声を掛ける。


「う、嘘じゃ……あり得ぬ、こんな、こんなことがあろうか?」


 大丈夫です、氏治さま。


 信じてないのは、あたしもですって。


 戦国武将の剣撃を避け、その木刀を叩き落とす剣術素人の女子高生(剣術一日目)。


 こんなことが何かに残っても未来永劫、誰だって嘘だって思いますから。


「氏治さま……」


「政貞、気遣ってくれるのか……?」


「認めましょう。知も武も、女子である澄殿以下であると」


「そ、そんなの、いやじゃああああああああああああ!わしは!わしはあああああああああっ!」


 まるで子供のように、声を挙げて氏治さまは目の前から走り去っていった。


 この一件以降、あたしは政貞さまと天羽さまからさらに信頼を得ることになってしまった。


『殿よりも、よっぽど頼りになりそうな人物である』


 と。

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