澄、タイムスリップのわけを知る
「はぁ……疲れたぁ」
勉強と武術の稽古を初めて、一週間。
初めての休日を翌日に控えた夕刻、あたしはへなへなと床に座り込んだ。
――まず一週間、よく続いたなぁ。
だらだらするのが嫌で学校と同じ5日やって2日休むというローテーションにしたのはいいけど、今までやってこなかったことだから疲れる。
剣術は運動不足のあたしには当然ハードで、この時代の勉強もあたしの常識を変えなきゃいけないことも多々あったから頭がこんがらがる。
でも疲れはあるけど、楽しい疲れ。
受け身の高校の授業だったら絶対耐えられないけど、自分から学ぼう!って授業だからすごく楽しい。
それの貞政さまも、天羽さまも教え方が上手い。
あたしの動きや考え方、出した答えを頭ごなしに否定しないし、間違ってる理由を分かりやすく説明してくれる。
学校みたいにこれはこういうものだから、これ以上考えないで!っていう無理矢理に納得させることがない。
だから、この時代の常識を分からないあたしにも、ちゃんとこのような理由があるからこうなんだよって教えてくれたから納得いく。
ほんと、いい師匠たちに出会えて嬉しい。
休日は復習したり、ゆっくりしたりして自分の時間として使おう。
まだお屋敷からは出られないけど、筋肉痛の体をほぐして休めたい。
氏治さまが言うには、もう少ししたらみんなに紹介するらしい。
そうしたら土浦城と、城下近辺だったら歩いてもいいらしい。
だから、ここ数日はそれを楽しみにして頑張れる。
元に居た時代だとご飯を食べるのが好きだったから食事は楽しみにしたいんだけど、やっぱりあたしの時代とは雲泥の差。
お米の品種改良なんてされてなくて、精米技術も全然だから結構ぼそぼそ。
最初はあんまり、おいしく思えなかった。
そもそも炊くというより、蒸してつくる強飯だから驚いたのもあるんだけどね。
でも、なんだか慣れてきたのか最近は平気になってきたから、もしかしたら楽しくなるかもしれない。
あと、一緒に出てくる塩っ辛い癖のあるお味噌汁も、だんだん美味しくなってきた。
まだまだ戸惑うことも多いけれど、あたしが歩み寄る立場だから食生活には慣れていかないと。
「でも、お風呂は毎日入りたいな」
この時代は湯船なんていうものは一般的じゃないから、ちゃんぷんとお湯につかるなんて無理。
何とかわがままを言って、夕方お湯を沸かしてもらってこれも何とか手に入れた手拭で二日に一回身体を拭くので精いっぱい。
これでも周りに言わせると、かなり多いらしいけどさすがにこれだけは譲れない。
やっぱり身体を拭かないと、寝る気にならない。
髪は頻繁に梳いてるけど、シャンプーもリンスないからやっぱり気になる。
ゴロンとすっかり慣れた蓆に横になって、着替え用の小袖を布団替わりにかける。
「疲れてるから、ゆっくり休もう。おやすみなさい」
誰に聞かれているわけじゃないけど、前の時代からの癖のようなものなので挨拶をしてゆっくりと目を閉じた。
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「あれ?ここ土浦城じゃない?」
目を覚ましたあたしが見たのは、なんか不思議な世界。
雲の上のような感じで、足元は霧のような物が漂っていて風景は太陽が昇った山頂みたいに眩しかった。
「……制服?」
用意してもらった小袖で寝ていたはずなのに、今のあたしの服は制服。
――これは夢の世界?疲れちゃってるから、元にいた時代のことを思い出しちゃったかな。
こんなの夢を見ちゃうのはもしかして、お父さんとお母さんとも仲直りできてないまま戦国時代に来ちゃった引っかかりがあるからかもしれない。
うん、戻れたらちゃんと謝ろう。
「すまんな、雫澄」
「え!?だ、誰ですか?」
いきなり聞こえてきた声にビクンと震えて、きょろきょろと見渡してみる。
でも、あるのは眩しい光だけ。
「私はこの常陸の国を守護する神。本当に申し訳ない事になってしまった。この度のこと、神としてどうしても言葉を伝えたくこうして呼び出してしまったのだ」
「この度の事というのは、あたしが気を失った間に戦国時代に飛ばされてしまったことですよね」
「そのとおりだ」
やっぱり、この時代を過去に飛んでしまった出来事はどうやら本当みたい。
目が覚めれば、もしかしたらなんて思ってた。
でも、夢の中で夢を見てるなんってこわいし、さらにそこで神様っていうことを思うともう現実として受け入れたほうがよさそうだ。
「お主の願い、本来なら叶うことではないのは分かっておるな」
「はい」
だって、あの時願ったのは『好きな戦国時代に行って、自分の目でどんな時代か確かめたい』なんて言うお願い以下の、願望。
そんなの叶うなんて、世界中の誰もが思わない事。
それが叶うなんて、普通のことではない。
つまり、神様の力を超えるような普通じゃない何かが起こってしまったってこと。
「お主が寝たのは、確か街の中のお堂であったな。その場所が、問題だったのだ」
「場所?」
「あのお堂は、本来災厄を止めるための場所に建てられおったのだ。が、信仰も離れ神の力が弱まり邪な神や
「ま、まさかですが、その邪な神があたしを?」
「そうとしか思えぬ。人を時渡りさせるなど、神の力の中でも禁忌中の禁忌。それを行うなど、邪な神に他ならぬ」
「待ってください!あたしは別に、罰当たりなこともしてないです。ただ、雨宿りの場所を借りただけなのに、どうしてですか?」
思い出して振り返ってみても、罰当たりなことをした覚えはなかった。
ただ一礼して、軒先を借りただけなんだけどな。
「たまたま不運にも、気が立っていたとしか言えぬ。それも恐らくお主の居た世は、いろいろな恨みつらみ妬みなどがたまっておりそれが邪な神に正規の神をも超える力を与えてしまったのだろう」
「そ、そんな」
たまたま。
そんな偶然で、こんな運命の激流に放り込むなんて信じられない。
あまりに信じられなくて、その場に座り込んでしまった。
「我々も、気が付いた時には止めるには遅く、お主に力を一つしか与えぬことしかできなかった。申し訳ない」
「力?あたしに特別な力が?」
「疑問を持たなかったのか? お主が使っている言葉が、なぜ通じるかを」
そこで、はっと気が付いた。
そうだ、あたしの使っているのは氏治様たちにとって500年後の日本語。
相当の単語の変化を起こしているし、考えてみればあたしの言葉がそのまま通じるはずなんてない!
それなのに、平気でみんなに通じてたなんて確かにおかしい!
「そうだ、その言語が伝わる力だけを何とか授けることができたのだ」
「助かりました。言葉が通じなかったら、氏治さまに助けてもらうこともなかったですから」
もしこの力が無くて言葉が通じなかったら、何も知らない誰も知らない日本なのに日本じゃない場所を彷徨っていたかもしれない。
これは、慌てても力を与えてくれた事を、この神様に本当に感謝しなければならなかった。
「じゃが、出来たのはここまでだった。思った以上に邪の神の力が強くてな、お主にかけられた呪いは解くことはできなかったのだ」
呪い?こんな時代を飛ばすことをしておいて、呪いもかけたの?
いくらなんでもと思うけれど、ここは聞くしかない。
「あたしにかけられた呪いとは、なんでしょうか?」
「不老不死、じゃ」
あたしには、重すぎる言葉だった。
世の偉人たちが血眼になって求めた、究極の願望。
始皇帝にディアーヌ・ド・ポワチエ、他にも時の権力者たちが金と若さを求めて、必死に求めて己の命を削るまで求めても手に入らなかった不老不死。
だけど、不老不死は決して輝く美しい物や、褒められたことではない。
古今東西のたくさんの識者も『永遠に続く生の苦しみ』とか『死による終わりがない苦しみ』とかって口にしていたこと。
もし神様の言うように、あたしの身体が本当に不老不死だとしたら?
氏治様が小田家のみんながどんどん衰えていくのを、あたしはこの17歳の身体で見守らないといけない。
あたしだけ取り残されて、みんなは当たり前に死んでいく。
そして、次の時代にあった人も、その次の時代もあたしだけ17歳のまま……?
そんなの、絶対に嫌だよ!
考えるだけで、頭がおかしくなりそう。
「そんな!解く方法はないんですか!?」
「ない。除こうとすれば身体がなくなりかねない、根深いほどの呪力なのじゃ。
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