澄、小田家と生きることを決意す

「……そんな」


 地域の神様でも解けない呪いをあたしにかけた邪な神は、本当に誰でもよかったんだと思う。


 だれでもよかったから実験みたいに、自分の力をあたしに試したのかもしれない。


「あの、一応聞きます。元の時代に戻ることは、出来るのでしょうか?」


「無理じゃ。時渡りは過去に飛ばすことは出来ても、未来へ飛ばすことは出来ぬのじゃ」


「どうしてです!?」


「わしは、この世界はこの時代の神じゃ。未来がどのような状態で、場所かは知るのが難しい」


 そ、そうだ、あたしが居たことで未来や世界が大きく変わってしまった。


 いくら神様でもある意味別の世界に、あたしを飛ばすのは難しいんだ。


「未来へ時渡りは出来る可能性は、あるにはある。が、ほぼ不可能なのじゃ」


「ど、どういうことですか?」


「こちらに来たお主を元と同じ世界に同じ時間に戻すとして、その間にはいくつの世界や可能性を突破せねばならないと思っている?」


 神様の問いかけの意味は、こう。


 一度狂いかけた過去を全く同じように修正して、全ての出来事が全て同じタイミングにある世界にたどり着く可能性はあるのかってこと。


 そして、その間に『』にたどり着いた場合、あたしの身体は本当に存在しているかもわからないから、次の時渡りに挑戦できるかわからないってこと。


「帰れないんですね……あたし」


 あたしがたどり着いたのは居ない可能性の時間をさかのぼった場合、あたしの存在する可能性が消えてたどり着いた途端、今のあたしが消滅するっていう答え。


 つまり、もう元の時代に変えるすべはない。


 あたしがこの時代に来た時点で、未来はもう歪み始めているんだから。


「すまん。わしたちもあらゆる可能性は考慮したのだが、お主を確実に、いやほんの少しでも返せる可能性を見つけることができなかったのだ」


 神様の残念そうな言葉に、あたしは何も言えなかった。


 恐らくこの時代の神様たちが色々話合っての結論が、これなんだ。


「送った神が正常な神ならともかく、邪な神となればなおさらじゃ」


「そう、なんですね……」


 ぽろっと自然に、涙がこぼれた。


 喧嘩別れしたままで、あたしはもう永遠に両親に謝る事がもうできない。


 友達やみんなと、もっと話したいことだったあった。


 将来の夢だって、ないわけじゃない。


 したいこと、たくさんあった。


 まだまだやり残したこと、たくさんあった。


 なのに、そのすべてがもう手に入らなくって、取り戻せないものになったって思うと涙が勝手にあふれてきた。


「ねぇ、あたしの居ない世界ってどうなってるんです……?」


「何とか調べた結果、お主と全く同じ雫澄という人間はいなかった世界になっておるのだ。だが何事もなく、当たり前のように時や世は回っているのだ」


「えっ!?あたしが、いな、い?」


 お父さんやお母さんは、あたしが居なくても平気ってこと?


 バイト先も、学校の友達もあたしが居ないのに当たり前?


 あたしは混乱する頭で、一つの答えを導き出した。


 絶対に、これだけは絶対にあってほしくないけど、何事もないって可能性としてはこれしかありえないって答え。


「それは、あたしじゃないあたしが、あたしの代わりをしていること……なんですね」


「その通りじゃ。家は明るく朗らかに平穏に過ぎ、働いてる先でも、学校でも非常に慕われている雫澄の代わりが、お主の代わりを務めているということじゃ」


 はは、なんだそれ。


 元居た時代はお父さんやお母さんが、理想のあたしを手に入れた世界線に変わってしまったってこと?


 家族だけじゃない、学校やバイト先でもドジで空回りしないあたしをきっと歓迎してるんだろう。


 いや、違う歓迎じゃない。


 だって、その人たちにとってはそれが、当然の世界で疑いようもなく当たり前なんだから。


 そっかそっか、みんなの願いを邪な神はあたしの願いと共に叶えちゃったってことなんだ!


 邪魔なあたしが、別人だったらよかったにってお願いを!


「は、はは……じゃあ、あたしはどうすればいいんですか……教えてくださいよ、神様」


 もう戻るなんて気持ちも、自分で何かこれからを考えようって気持ちも折れていた。


 だって大切なみんなは、完璧な『雫澄の代わりをしてる誰か』と一緒にいたほうが幸せだ。


 あたしみたいなどうしようもない女の子は、どうやってここで生きろって言うんだろう。


 ここで頑張っても、すぐにぼろが出てきっと捨てられちゃう。


 そうなったらどうしたらいいかなんて、わからない。


 死なない体で一人で、この世界を永遠にどうやって生きていけばいいの?


 あたしには、もう分からなくなっていた。


「生きよ。お主はお主だ。お主にしかできぬことをするために、生きよ」


「生きる?」


「ただ、お主でなければできぬということは、世の中では残念ながら一つもない。必ず、誰かが代わりにできたのであろう」


 神様の一言は、あたしの心をえぐっていく。


 それは、あたしじゃなくても小田家を救える未来を作れるってことだよね。


 何とかもしかしてって思っていた希望すら、無くなったらあたしはもう何もできなくなりそうだった。


「しかし、代わりがその時代、その場所にいるとは限らぬ。今その場にいる人間で何とかするしかないのだ。そういう意味では、お主にしかできないことは必ずある!」


 叱咤激励のような声にあたしは何とか意識を繋ぎとめる。


「お主は何がしたいのか分かっておろう。ここしばらく、何をしたいと思って生きておった?」


「それは、小田家の未来を少しでも良くしたいって思ってました」


 口からは素直に、今の願望がこぼれ出た。


「氏治さまは頼りないけど、なんかほっておけないです。貞政さまや天羽様はすごくすごく才があるのに、何も知らないあたしにも優しくしてくれています」


 あたしの脳裏には、すぐにあの三人の顔が思い浮かんだ。


 寂しいあたしに気をかけてくれるだけじゃなく、あたしの存在を認めてくれていた。


 ただ一人の人間として見られるなんて前の時代ではなかったから初めてで、それだけでもうれしかった。


 貞政さま、天羽さまは師として。


 氏治さまは当主としては不安に思っちゃうし、史実で小田家の領地がなくなるのも当然って思う。


 なのになぜか助けてあげたくなる、少し人間臭い小田家当主として大好きだった。


「そんな、命を救ってくれた恩人たちのために、あたしは小田家の役に立ちたいんです!あたしの知ってる小田家滅亡の未来なんて見たくない!あの人たちが無念だって思って死んでいくの、あたしは見たくないんです!」


「なら、それを成して見せよ。それがお主の運命なのだから」


 運命、これがあたしの……?


 生まれてきた、役割ってこと?


 今のあたしにしか、この時代のこの場所で出来ないってこと?


「そして邪神にはとどかないと思うが、笑ってやれ。自分は貴様の運命に負けず、為すことを成したと!」


 なるほど、出来うる限り最高の復讐だ。


 別に、そっちの世界でつかめない幸せを与えてくれてどうもありがとう!って笑ってやれば、あたしの価値っていうのはあるかもしれない。


 不老不死だからって疲れないことはないけど、そう簡単には死なないならこの無理ゲー領地でも、時代や運命に向かい合う力になるはずだから。


「神としてこれ以上は贔屓が許されず、助けられなくてすまなんだ。だが、一つだけわしの特権で主に力を与えよう」


 神様は、あたしの手に何かを握らせた。


「髪飾り。これは藤の花……ですか?」


「この髪飾りがある限り、お主の居る土地は豊作が多いであろう。それを、力といたせ」


 藤の花と豊作に関わる伝説は、一つだけ知っている。


 鹿島神宮の藤の花が多く咲けば豊作、逆に少なければ凶作という伝説。


 これがあれば小田領は、あたしが居る限り飢饉は回避できる。


 これから先、凶作も襲い掛かる事を知っているので、豊作がほぼ約束されるのは十分すぎる程の力だった。


「ありがとう、ございます」


「では、さらばじゃ。人ひとり守れなくて何が守神じゃ。すまぬな……」


 その言葉が消えるのと同時に、あたしのいた世界はばらばらとなくなりあたしの意識も崩れていった。


 * * *


「夢‥‥‥?」


 再び目を開けると、そこは見慣れた木張りの天井。


 あたしは無事に、土浦城の一室に戻ってきていた。


 さっきの出来事が夢だったらと思うけれど、頭にはすべての光景がはっきりと思いだせるくらいに染みこんでいる。


 はしごを外されたら、もう進むしかない。


 雫澄という人間は、もうここにしかいない。


 ならあたしがあたしとして生きた証を、自分の手でつかむしかない。


 ――ここから先は、本当にあたしの力が試される。頑張らなきゃ。


 雫澄が誰でもない、この世にたった一人しかいない雫澄として生きる。


 ぎゅっと握った手は、先ほど神様から手渡された髪飾りを力強く握りしめていた。


 その決意が強い事を、あたし自身に言い聞かせるみたいに。

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