澄、采配を振るうことを決意す
あたしの疑問の答えの代わりに返ってきたのは、想像と全く違う衝撃的なものだった。
戦の素人のあたしが、戦の指揮ってどういうこと!?
「えっ!?政貞さまが総大将ではないんです!?」
「総大将は当然、私です。ですが、澄殿の策では私の隊も城攻めに参加することになりますな」
「それは、はい」
「まさか澄殿に私と共に、城に乗り込めなどは言えません。なので、本陣に残り指揮をとってもらおうと思っていたのです」
「そ、そんな!あたしが!?」
政貞さまが正しいってことは、いくらあたしにだってわかる。
あたしなんかが城攻めに参加したところで、足手まといになっちゃう。
だから、護衛付きで本陣に残るのは当然わかってた。
でも、戦の指揮を執るなんて想像してなかった。
戦に出るのは初めてで、戦のイロハも何もわからない。
それなのに指揮って言われても、無理にきまってる。
「今回の闇の中の城攻め。それぞれが、澄殿の策を信じ奮闘いたします。なので、周りを見ている余裕など、ござません」
「は、はい」
「もし、見張りの兵から城方への救援が迫っている、または他家が混乱していると言われても全体が把握できません。その際の撤退の指揮を、澄殿にはとっていただきたいのです」
「む、無理ですよ!戦で一番難しいのは、撤退の判断じゃないですか!」
戦で難しいのはいかに敵を打ち破り、城を攻め落とすかじゃない。
引き際を見極め、無駄な損害を無く撤退するかだ。
戦一度目のあたしに、その引き際を任せるなんて無茶も無茶すぎる。
「おや、澄殿はご自分の策が失敗するとお思いですか?」
「そ、それは!ないです。皆がそれぞれの力を出せば、必ずや小田城は取り戻せます!」
「では、ご自分の才を信じてください。澄殿が動くのは、よほどのこと。ご安心ください。それに」
「そ、それに?」
「これは、雫澄という将の初陣。初陣に負ける戦いを選ぶ総大将が、どこにいましょうか」
淡い月明かりでもわかる優しい顔が、混乱しているあたしに飛び込んできた。
あたしの、初陣……?
「今回の戦、私は小田城を取り戻すと同時に、澄殿を一人の将として氏治さまの隣で支える人であると、小田の皆に知らせる戦いのつもりでおります」
「それは、どういうことでしょうか?」
「今回の戦の策が澄殿の策であることは、氏治さまをはじめ小田家の皆が知っております」
「はい」
「新たに小田家に加わった澄殿の力で、小田家は強くなれる。そう皆に思わせる事で小田家の家臣の結束はより強くなることでしょう」
「でも、氏治さまはどう思うんでしょうか……そうなってしまったあたしを」
どうなんだろう。
あたしが隣にいることを、どう思うんだろう。
ただの小娘なのに、何かとからかい続けてきたあたし。
それでいて、この戦いで功績を残してしまったら今と同じように付き合ってはくれないんじゃないかな、
きっと、遠ざけてしまうんじゃないかな。
「私は氏治さまではないので、分かりかねます。しかし、私は氏治さまに、自分の隣でこんな優れた人物が支えてくれるのならば、無理に強がらなくてもいいと思ってほしいのです」
政貞さまは、はっきりとそう答えた。
「氏治さまは悩んでおられました」
「悩む、ですか」
「自分が小田家を潰す将来を知ってしまったこと、自分が500年先で散々な評判である事。それに加えて澄殿から、自分に本当に才がないという現実をつきつけられてしまったのですから」
「あ……」
いくら氏治さまでも、悩まないはずはない。
自分の必死にもがいて求めた未来が、輝かしくないもの、しかも、最悪なものだって知ってしまったら。
そんな事、知りたくもなかったはず、認めたくもなかったはず。
でも、氏治さまは心の中にあたしの告げる未来が『もしかして』の可能性がとして考えていたんだろう。
だから、認めてしまったんだ。
自分が、小田家にふさわしくない当主、力のない将だということを。
「ですが、その将来はそれは澄殿と出会っていない、この先を知らされぬままままの小田家と氏治さまの歩んだ結果です」
「はい……」
「この戦で澄殿が力を示し、氏治さまが自分の隣にこのような優れた将が側で支えている。そう思っていただければ、氏治さまは澄殿の知るような人物にはならないでしょう」
「あたしが、恩返しの力で小田家に待ち受ける運命を本当に変える……ってことですか?」
「はい。これは、小田家の誰にも、この日ノ本の国のだれにもできない、雫澄殿、あなたにしかできぬことなのです」
――そんなこと無理です。いくら恩返ししたいと思っても、あたしはただの女子高生ですよ。
断わろうとしたとき、はっと神様との言葉が頭に思い浮かんだ。
『生きよ。お主はお主だ。お主でなければできぬということは、残念ながらない。必ず、誰かが代わりにできたのであろう』
『しかし、代わりがその時代、その場所にいるとは限らぬ。今その場にいる人間で何とかするしかないのだ。そういう意味では、お主にしかできないことは必ずある!』
『お主は何がしたい、ここしばらく、何をしたと思って生きておった?』
「あたしは、小田家に恩返しをするためにここにいます」
重いはずの言葉は、あの時の想いに背中を押されたのかためらいもなく口から出た。
そして、あたしが小田家から逃げ出さなかった、理由をもう一度口にしていた。
「その為には、小田家の過去を変えなければいけません。そのためには、あたしが氏治さまとともに歴史を変える人物であると知らせなければなりません」
あたしは、どんなことをしてもこの小田家の運命を変えたかったはず。
見ず知らずあたしを迎えて認めてくれた小田家がなくなる未来を、どうしても変えたかった。
それは、歴史を変えるという途方もない挑戦だ。
「この未来からの力、持ち得る計略智眼をもって、小田家、氏治さまの運命を変えてみせましょう!」
だけど、もうあたしは決めていた。
未来に二度と戻る事ができないなら、小田家の歴史を変える恩返しを成し遂げる。
それこそがあたしが、存在する意味だって。
「ならば、澄殿。あなたが氏治さまの側にいて、安心させる事の出来る人物であることを示してください。それが、この戦での澄殿の役目です」
「……はい!」
もう、迷いはなくなっていた。
あたしは、これから小田家のために戦わなきゃいけない。
簡単じゃないけど、これを乗り越えなきゃ小田家もあたしもこの時代のなかであたしの知るとおりに消えていく。
それを今、変えることができるのは、あたししかいないんだから。
「よい顔に、なりましたな。これなら安心です」
政貞さまはお役目が終わったとばかりに立ち上がり、ぐっと背を伸ばした。
出陣前なのに、迷惑かけちゃったのは反省しなきゃ。
でもこのまま中途半端な気持ちになるよりは、よっぽどよかった。
「ありがとうございます」
素直なお礼に、政貞さまは大きく頷く仕草で答えた。
本当に頼りになるし、感謝しなきゃ。
「あとこれは独り言ですが、氏治さまがこのまま城に引きこもるとは思えません」
独り言ということからか、あたしの顔をみないでそんな事を口にした。
え?どういうこと?
だって、さっきは負けるのが怖いから総大将をせずに引きこもるってなってたよ?
そう誘導したの、政貞さまだと思うんだど。
「この後しばらく、あの澄殿に『勝てる戦の総大将を引きうけなかった、腰抜け当主』と思われたままではないと私は思いますなぁ」
「い、いや!そんなこと思いませんよ!でも、あ、ちょっとは思うかもしれないけど!」
……それ、ちょっと思ってた。
『何で総大将で出なかったんですか?小田家当主ともあろう人が、自分の城を取り戻す戦いに出ないって。それでも名族小田家の当主なんですか?あ、仕方ないですよねー、だって最弱武将ですもんね』
って、戦いが終わったらちょっとからかおうって思ってたよ!
「あれ、でも、ま、まさか……政貞さま、それって?」
「はは、独り言ですよ。では、明日に備えて休んでくだされ」
しっかりとした足取りで離れていく背中を見送りながら、あたしはぽつりと漏らしてしまった。
「さすが、弱小小田家を支えた知勇兼備の将……氏治さまの性格は把握済みってこと?」
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