澄、演説す
さまが取り寄せたり、職人に頼んでいたらしい。
ドキドキしながら着替えると、灰色の袴に黒の着物、それに藤の花が染められた短めの白の羽織だった。
小袖には苦戦したけど、和装大好きのあたしは浴衣とか羽織袴の着付けの練習はしてた。
元の時代では全然役に立たなかったしこんなことになるなんて思わなかったけど、やっといてよかった。
和服って、なんか背筋がシャンって伸びて好きなんだよね。
鏡がないからわかんないけど、采配まであって腰に刺すとなんかコスプレみたいでちょっと恥ずかしい。
「澄殿は藤の花がお好きなようでしたから、勝手に選んでしまいましたがどうでしょうか」
「え?あたしがいつ、藤の花が好きって言いましたか?」
誰にもあたしが藤の花が好きなんててことは、誰にも言ってない。
確かにきれいで好きな花の一つだけど、大好きって程じゃないからこの服の柄が何で藤なんだろうって思っていた。
「いつもつけている髪飾りが、藤の花だったもので。違いましたかな」
「いえ、ありがとうございます」
あたしは嬉しさを隠しながら、頭を下げた。
この髪飾りは、神様からもらった豊作をつかさどる力のあるらしい髪飾り。
同じ文様なら、きっとあたしの加護にもなってくれるはずだって思うと勇気が湧いてくる。
それに、髪飾りまで毎日気にしてもらってたなんて、なんか見られていたって思えてうれしい。
「では、兵たちのもとに参りましょう」
「おお!いよいよ小田城奪還じゃ!」
「うむ、気合が入りますな」
政貞さまを先頭に飯塚さま、平塚さまが続く。
その後ろを、あたしは緊張の面持ちで歩いていく。
トコトコとついていくと、かがり火の焚かれた小田城の大手門前にたどり着く。
そこには、戦に参加する兵たちが集まっていた。
「皆の者、いよいよである!」
政貞さまの低い声が響くと、兵たちのざわめきが一瞬にして収まった。
「今回の戦は、小田家の名をかけた戦いである。小田城を取られたままでは、名族小田家の名折れである」
しんと静まり返った兵たちからも、今の状況が兵たちもよく分かっているってことは伝わってくる。
本城が相手に取られているままというのは、小田家の全員が雲泥たる思いだったはずだ。
「此度の戦、我々には
「す、菅谷さまが?あの菅谷さまが妙策って認めるものなのか?ほ、本当か?」
「でも、菅谷さまがそうおしゃるんだ。なら、この戦必ず勝てるってことだべな」
「おお!だべなぁ!小田城が戻ってくるんだ!」
ざわさわとした驚きの声が、兵たちから聞こえてくる。
政貞さまがあたしの作戦に納得したっていう驚きと、それなら今回は負け戦にはならないってこと。
不安が希望に変わり、兵たちの驚き声は明るいものに変わっていく。
「そうである!雫殿の策を我々が信じ、貫くことが小田城奪還の鍵であるぞ!決して怯むこと無かれ!」
「必ずや小田城を取り戻すのだ!」
「小田家健在を、この常陸の国に知らしめようぞ!そして、われわれの力で必ずや小田城を取り戻すのだ!」
「うおおおおおお!」
地鳴りのような叫び声が上がり、びりびりとあたしの体を揺らした。
こんなにもたくさんの人が、小田城を取り戻すために戦うんだ。
その迫力に、あたしは震える事しかできなかった。
「澄殿、一言、兵たちに言葉をかけてあげてください」
「はい!」
貞政さまに言われるがままに、あたしは前に一歩踏み出した。
「皆さん、お初にお目にかかります。雫澄です」
全校集会で前に出て何かするなんてことはなかったから、こんなにたくさんの人の前で話すのなんて初めて。
だけどなぜか肝が据わったように、はっきりと声が出る。
「私のような新参者、しかも女子の策に従うこと、菅谷政貞さまのお言葉があっても非常に不安だと思います」
あたしの時代だったら、男女平等だなんだかでいいかもしれない。
でも、今は裏切りも多い戦国時代の真っただ中。
男がどうしても戦という場面では、力持つ場面。
女のあたしじゃ、みんなを不安にさせてしまうのは分かっていた。
これは、いくら誰が言ってもどうしようもないことだと思っていた。
だから、せめてなんかいい事を言わないと必死に考える。
「此度の戦は、小田家の未来を変えるものです。ここで小田家の力が健在であると示せねば、佐竹や真壁、多賀谷や結城、水谷がこぞって我々を襲ってくるでしょう」
兵たちが、しんと静まり返る。
おそらく、彼らも小田家の置かれている四面楚歌の状態なことは分かっているのだろう。
「しかし、我らは勝たねばなりません。我らが勝つことを、殿は、そして民は待っているのです!」
兵の不安を振り払うように、あたしは力強く兵告げる。
「先日小田城のある村に初めて赴いた際、領民が不安でいること、その中でも己の身を顧みず田植えを引き延ばし小田の帰りを待っていることを知りました」
別にあたしは武功で名をあげたいんじゃない。
大きな領地を得て、立身出世したいわけでもない。
あたしが願うのは、たった一つ。
「民たちは、そこまでしてでも小田家の帰還を待っています。笑顔で田植えを迎えることを願っています。そしてその気持ちは、当主である氏治さまも同じです」
ざわっとした声が、兵たちに広まる。
それは氏治さまの名前を出したからか、あたしの想いが理解できないのかはわからない。
でも、ここで迷って止まって変に取り繕ってはいけないと思った。
「ですが、いくら強く思っても、あたし一人ではなにもできません。氏治さまだけでも何もできません」
そう、あたし一人で槍を持っても策を練っても、氏治さま一人でも何もできない。
あたしはただの女子高生と、氏治さまは未来で最弱武将と言われる武将。
それは、まぎれもない事実。
そんな二人がただ組んだところで、現実も、未来も変えられない。
「ですが、あたしは、氏治さまは一人ではありません。小田家を支える皆さんが居ます」
あたしはかがり火に浮かぶ兵たちを、あたしは一人じゃないと確認するように見渡して大きく息を吸った。
「皆さん、どうか力をお貸しください!氏治さまに、領民に安心と笑顔を取り戻せるのは皆さんだけなんです!」
小田家の現実を、未来を変えるにはたくさんの人たちが協力してくれないとダメだ。
小田家を支える、全ての人の力がどうしても必要。
それを、あたしの素直な言葉で兵たちに伝えたのだった。
「お、お俺らだけだって?」
「わしらのような雑兵にしかできぬことなど、あるのか?」
「いや、でも考えてみればいかなる妙策があっても、平塚殿のような猛将であっても我々が一歩も動かなければ戦場では何の役にも立たぬぞ」
「そうか、小田家を救い城を取り戻すのは何も、殿たちだけじゃねぇんだ!」
「そうです!小田家の今の現状を変え、これから襲い掛かるであろう幾多の困難、窮地を変え、救うことをできるのはここにいるすべての将兵なのです!」
湧きあがった兵たちに、あたしはさらに言葉をかける。
小田家の歴史を変えるのは、何もあたしだけの力じゃない。
小田家に属し、これから出会う全ての人の力が必要なんだから。
「今こそ、小田家に皆で恩を返しましょう!」
「俺らの力が、この小田家を!民を救うんじゃぁ!」
「やるぞおおおお!」
「今こそ我らが小田家に受けた恩を返すときじゃああ!」
兵たちの声は大きくなり、いつの間にか鬨の声が自然に上がっていた。
その声は貞政さまの時より、激しく力強いもの。
兵たちの気持ちが、一つになっていることがあたしのも十分伝わってきた。
「やりますな、雫殿。兵たちをここまでまとめるとは、並の将ではできませぬぞ」
「此度の戦、これで勝てましょう。彼らの槍働きは、いつもより鋭さを増しそうですぞ!」
「平塚さま、飯塚さま……。ありがとうございます!」
「では、ゆくぞ!目標は小田城!!!」
兵に下知をする政貞さまの声を聴きながら、あたしはいよいよ運命の戦が始まる事を感じていた。
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