氏治と澄、民との絆を知る
「情けないところを、お見せした……」
「い、いえ……だ、大丈夫ですぞ」
「藤右衛門さま、我が主である氏治様のお見苦しいところをお見せしてしまい、大変申し訳ございません」
何処か震えている男性二人に対して、あたしはもう元気満点。
笑顔も自然に出るし、なんかお肌もつやつや!
あー、何だろう何か知らないけどすっごく元気になった。
「それで、藤右衛門さまは、えっと、氏治さま、紹介をお願いしたいのですが」
「ああ、藤右衛門はこの村の
「はい、存じております」
気を取り直したのか、氏治さまが当主モードに切り替わった。
うん、乙名っていうのはなんとなくだけど分かるから大丈夫。
確か村の中の権力者で一番年上で、領主への貢納とか、村の管理までやってたような人たちだったはず。
つまり、藤右衛門さんは小田家と村のつなぎ役を務めているってことだ。
「申し遅れました。私、雫澄と申します。この度、縁あって小田家に仕える事となりました。女子の身ですが、以後よろしくお願いいたします」
「乙名の藤右衛門と申します」
ぺこりと頭を下げると、藤右衛門さまも深く頭を下げてくれた。
あたし一人なら信じてもらえなかっただろうけど、一種に居たのが氏治さま。
さらにさっきの光景を見てるし、あたしが小田家に仕えている人っていうのは疑いないと思う。
「しかし殿。今は小田城から落ち延び、土浦城に住まわれてるとお聞きしています。何故、小田城近くまで?」
「ああ、これは、澄、説明を頼む」
「はい。氏治様は当然ですが、一刻も早く小田城に戻りたいと申しております。しかし、私たち小田家は、今の小田城周辺のことがが分からないままでした」
「ま、まさか、殿自ら様子を確かめに来たと!?」
「そういうことになりますね。他のにも領民の様子を日々心配しておりまして、居ても立って思いられぬ様子でしたので今日はこうして」
藤右衛門さんが驚くのも、無理はない。
だって、当主自ら敵情視察なんて常識じゃあり得ない。
もちろん今回も本当は違うけど、上手く勘違いしてくれたのであたしはそこをちょっとだけ使わせてもらうことにした。
小田領を心配をしていたのは事実だけど、氏治様が行くって言ったからあたしが付いてきた訳でじゃなくてその逆なんだから。
でも、その事実を話しちゃったら藤右衛門さんのせっかくの感動を壊しちゃうしね。
それに、このあとのやり取りで村と氏治さまとの信頼関係をあたしの目で確認したかった。
「年貢や夫役をいつも考慮していただき、いつも作物の出来を優しく見守り、私たちの陳情も無下にすることなく、時には共に田を耕してくれただけでも十分ですのに。こうして身の危険を顧みず訪れてくれたなど、村の人々が知ったらどう思いますか……」
「藤右衛門、泣くな。まだ、戻ってきたわけではないぞ?」
「ははー!」
藤右衛門さんの口からこぼれたことを聞く限り、小田家の支配は本当にこの村を豊かにしてくれてるんだって思う。
年貢も取り立てるというよりも相談して、しっかりと無理のない割合で徴収。
陳情を無下にせず心情も細かく聞き、それを生かそうと行動をしている。
うん!これなら信頼関係を気付くには十分。
やっぱり氏治さまの小田領の統治は、かなりうまくいってるみたい。
「して、城が落ちてからの、村の様子。出来れば、近隣のことも知りたいのだが」
「皆、不安に思っております。年貢のこともですが、夫役が増えるんではないかとか、生活が苦しくなるのではないかと。これは、隣村も同じようです」
つまり、小田城周辺はこれからの統治に不安を持っていて、小田家の帰還を待ち望んでる。
これは、あたしたちが奪回の協力を頼んだら、かなり強力はもらえそうかも。
「すまぬ。しばしの辛抱だと思うが、わしは必ず小田城に戻ってくるからな」
「その言葉だけでも、十分でございます。いつまでも、お待ちしておりますぞ」
ひざを突き合わせて、お互いに声を震わせ手を握り合う氏治さまと藤右衛門さん。
小田家は本当に領民から求められているんだなって思うと、胸が暖かくなってしまう。
「あ、あの、感動のところ悪いのですが、あたしのお話を聞いてもらってよろしいでしょうか?」
いけない、いけない。
ドラマだったらエンドロールが流れそうな風景を目の当たりにして、感動のあまりあたしの役目を忘れちゃうところだった。
ていうか、氏治様?いいところで割り込んだからって不満な視線、こっちに向けないでください。
これからのことが、主題ですからね?
「なんでしょうか?」
「実は、詳しくは申し訳られませんが小田城奪回の機運が高まっております」
「なんと!」
さっきはしばらくの辛抱って言ってた氏治様の言葉が、ひっくり返ったもんだから藤右衛門さんの驚きは当然。
でも伝えないと、このまま話が終わっちゃうから仕方ない。
ああ、だからそこで拗ねた顔しないでってば、氏治さま。
「しかし、先ほど申し上げた通り、こちらは小田城の様子などが分かりかねております。当然、領民の方のお命が最優先のあのは十分存じております、なので無理のない範囲で協力をお願いたいのです」
「澄殿、小田家はこの村には無くてはならぬもの」
頭を下げたあたしに帰ってきたのは、はっきりとした覚悟のこもった藤右衛門さんの声。
「小田城には小田家に居てもらわなければ、私たちも安心できません。小田家の為なら、存分に働きましょうぞ」
「ありがとうございます!」
協力を喜んで申し出てくれた藤右衛門さんに、あたしは嬉しさのあまり頭を何度も下げた。
でもこの交渉があっさり成立したのは、やっぱり氏治様の今までがあったからこそ。
あ、すっごい満足そうに『わしの力じゃぞ』って顔してる。
はい、そのとおりですから今は思いっきりその顔してくださいね。
「実は、乙名や若衆で、城の日々の出入りや、城の様子などをまとめてありますのじゃ」
「え!?ど、どういうことです?」
「いつ小田家から要請が来ても、いいようにと思いましてな」
恥しそうに頭をかく藤右衛門さんだけど、有能すぎる!
日々の出入りってことは、兵のおおよその数や様子が分かる。
それに、日々の城の様子までって言うと、今小田城がどれだけ直ったかもわかる。
その二つだけでも分かれば、城方があの城をどれだけ守る気があるかっていうのも、予想できるはず!
「ま、まことですか!?ありがとうございます!」
「これにてまとめてありますので、どうぞお役立てください」
「え、紙に……!?え、あ、ありがとうございます!」
当時の紙は貴重品で、名主と言えどもそう簡単に使えるものじゃない高級品。
それなのに、こうしてまとめてくれてるなんて涙が出そうになる。
あたしは文字は読めないから、あとで氏治さまや四天王の皆さんに読んでもらおう。
これは必ず、きっとすごく役に立つはず。
「殿の小田家に早く戻ってきてほしいのは、私の村ではなく他の村の願いでもあります。どうか早くのお戻り、お待ちしております」
「うむ、必ずや戻ってくるからな!」
ああ、すごくカッコいいよ氏治さま。
きっと領民には、名君名将なんだろうな。
いや、違う。
この人は本当は名君、名将の素質はあるはずなんだ。
あたしの時代で知ることのできる氏治さまも、ただの暗君凡将じゃなかったはず。
何か優れたところがなきゃ、あんなに人に好かれて支えられるはずはないんだから。
きっと、何かがあるはずなんだ。
氏治さまの運命が狂ってしまった何かが、きっとどこかに。
それを少しでも取り除けば、小田家滅亡の運命をもしかしたら変えられるかもしれないんだ。
* * *
「城攻めが決まりましたら、お伝えください。避難はもちろん、何か手伝えることがありましたら、なんでも協力します」
他にもいろいろなことを教えてもらって、時間もあるので城に戻ることになった別れ際。
藤右衛門さんは、氏治さまの手をぎゅっと握っていた。
本当に戻ってきてほしい想いが、あたしにも痛いほど伝わってくる。
「その時は、よろしく頼むぞ。して、藤右衛門、ここに来る道すがら気になっていたのだが、田に水が入っておらんな」
「はは、気づきましたか。城側にもどうしたと言われているのですが、まだ苗の育ちが悪い何だと誤魔化しておるのです」
「えっ!?と、藤右衛門さん?なんでそんなこと!」
「ど、どうしてそんなことを!?そんな無茶をしては、お主らの生活が!」
あたしと氏治さまは、同時に驚きの声を上げた。
氏治さまは知らなくて、あたしはもしかしたらとは思ったけど、そんなことするはずないって思っていた驚き。
藤右衛門さんは笑って答えてるけど、それって相当の覚悟のはず。
だって、もしかしたら米の生育が遅れて年貢が治めきれないって可能性だってある。
そうしたら、新しい統治者の采配になるけど村人が手にするお米が減ってしまったり、下手したら来年の種もみくらいしか残らない。
お米の代わりに他の食物まで持っていかれたら、ひもじい生活が待ってるかもしれない。
だが、藤右衛門さまは大したことのないという顔で笑っている。
「小田家の邪魔になりましょう。なに、もし何か言われたら、お天道さまのせいにでもしますよ」
「と、藤右衛門……お主。迷惑をかけて、すまぬ……」
「これはこの周辺の村々の総意です。殿、ともに苗を植え、踊りましょう。村の皆が、待っておりますぞ」
氏治さまが俯いて、藤右衛門さんの言葉に肩を震わせている。
嬉し涙なのか、悔し涙なのかあたしには分からない。
でも、あたしのかける声は決まっていた。
「氏治さま、小田城を必ず取り戻しましょう。あたしも微力ながら、ご協力いたします」
「澄……頼むぞ」
震えて絞り出した氏治様の声に、あたしは大きく頷いた。
「戻ってきたら田植え、教えてくださいね?あれだけあたしに言ったんですから」
「ああ、日ノ本一の早乙女にしてやろう。その時は藤右衛門、お主も頼むぞ? 澄はな、田植えをしたことはないのだが、わしより筋が良さそうなのだ……」
「殿……必ず。澄殿も、どうか殿を支えてくだされ」
青い空のもとで交わされた、重く大切な約束。
もう、この奪回戦失敗するわけにはいかなくなった。
だけど、力強い仲間と情報を得てあたしと氏治さまは土浦城に戻ったのだった。
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