澄、策を披露す

 しばらくの休憩の後、小田城攻めの軍議が再開された。


 休憩中に平塚さまたちと話したおかげで、今日初顔だった二人とも大分打ち解けることができた。


 やっぱり、実際に話を聴くまではあたしのことは半信半疑だったらしい。


 多少の穴はあるもの、初めての立案にしては、問題が無い。


 あとは実際に軍を動かす自分たちが対応すべきところと言って貰えて、あたしは嬉しくなった。


「では、小田城攻めであるが、天羽どのならどう攻める」


「軽々しくは、申し上げられませんな」


 軍師という立場にあるからか、天羽さまはすぐに答えを言わなかった。


「澄殿の言うように、利はこちらにあることは確か。しかし、相手がどうなっているか分からない以上軽々しくこの攻めがよろしいとは言えぬ」


「うむ、天羽どのの言うとおりであるな」


「しかし、時は一刻を争う事態。悠長に、いくつもの策を用意してる暇はござらん。何かに絞ることが重要かと」


 天羽さまの言葉に同意する飯塚さまだけど、平塚さまは否定した。


 兵糧のことを考えると、いくつもの作戦を用意している暇はない。


 だから平塚さまのように何か一番勝てる可能性が高い作戦に絞ってしまうのがいいはず。


 一つに決めることができれば、その後の準備も迷いなく進められるし。


 その一番がダメなら、残念ながら小田城攻めは延期としても致し方ない。


「今の小田城の様子は、分かるんですか?例えば、守っている兵の数や城主の名前とか」


「いや、そこまで手が回っておらん。小田は先日の負け戦からの立て直しに重点を置いていたからな」


 政貞さまがあたしの疑問に答えてくれたけど、もしそうだとすると相当大変。


『敵を知り己を知れば、百戦危うからず』


 この言葉を引用するなら、こちらの事は分かって相手の事はほぼ分からないから勝率は65%かな。


 いや、相手の強さを加味すると、かなり下がって不安な数字になっちゃう。


「となると、手は一つですね。天羽さま」


「じゃな、奇襲しかあるまい」


 あたしと天羽さまお互いに、頷き合う。


「守る兵がいくらかは分からぬが、通常の攻城ともなれば守る兵の3倍以上は必要。そんな兵、今の我々に簡単に用意できぬ」


 天羽さまの言葉に、皆が頷いた。


 城攻めというのは、そんなに簡単に力で押し切れるものじゃない。


 何倍もの戦力で取り囲んだり、無理やりひねりつぶす戦いだ。


 だけれど先日の敗戦の損傷も大きい弱っている小田方に、そんなに兵を出すことは不可能。


 それに多ければ多い程、兵糧の準備や装備の再整備だって時間が掛かるのも問題になっちゃう。


「それに、悠長に包囲戦で長引かせるわけにもいくまい。雫殿の申すように、この策は今だからこそ有効なのだ」


「戦いを下手に長引かせれば、周りの家々もこちらの動きに気が付いてしまいます。それに、長引けば奪回が田植えの時期の間に合いません」


「では、決まりじゃな」


 全員の意見がまとまって、小田城奪回戦は奇襲攻撃ということに決まった。


 奇襲なら戦力に劣る場合でも、相手の混乱に乗じて城を得ることは可能。


 準備期間と戦力差をひっくり返すことも視野に入れれば、これは全員が迷うことなく一致する結論だった。


「では、どう攻める? 奇襲ともなれば、その責め方も重要ぞ」


「であるな、ここは……」


 政貞さまがあたしに視線を送り、残りの3人もあたしに視線を送った。


 奇襲の戦略なんて知らないし、天羽さまともそんな授業やってない。


 だけど、きっとだからなんだろう。


 策の素人だからこそ、自分たちに無い視点を期待されてる気がした。


 以前だった慌てちゃうけど、今はあたしも小田家の一員としてここの諸将として見られていると思うと慌てるなんてことは全然なかった。


「あたしとしては、夜襲を提案します。防衛側の疲れやゆるみを考慮するなら、やはり夜襲が有効だと思います」


 あたしが考えたのは、夜襲だった。


 夜闇に乗すれば、防衛側の混乱を高めることができるはず。


 それに、小田城は元々はこちらの城。


 動き方だって、闇の影響は少ないはずでこちらの方が有利のはず。


「確かに敵の防衛のためにあるであろう、柵や杭は小田家の時と変わらぬものであるし、攻めるは勝手知ったる小田城。兵たちも夜闇であれど、問題はさしてなく近づけよう」


「雫殿、してどのような奇襲をお考えか?」


「え、えっと」


 いきなり話を振られても、あたしは軍事の専門家でも何でもない。


 インターネットで検索するみたいに、ぽんぽん策が出てくる訳じゃない。


 だけれど、夜襲を提案したあたしなりの答えを出さなきゃいけない場面。


 でも、今は情報が足りなさ過ぎる。


「申し訳ありませんが、いくつかお聞きしたいことがあります」


「良い、申してみよ」


「まずは、小田城の事です。あたしはまだ、小田の地に行ったことが無いので」


 あたしの知っている小田城の様子は何となく本で読んだのが、なんとなく残っているだけ。


 それに城というのは時代に伴って改修されることもある。


 だから、今の小田城の情報がどうしても必要だった。


「小田城ですが、川から確か堀に水路が繋がってると聞いております。それは事実でしょうか?」


「であるな。小田城の堀は川に繋がり、この土浦まで流れておる。先日の殿の脱出にも使用したくらいだ」


「なるほど、ということは水路に番兵が居なければそこからも城に近づき、攻撃は可能なんですね。少し、お待ちください」


 情報を手に入れて、あたしは少し考える。


 恐らく防御側は、水路に番兵を立てる余裕なんてない。


 昼間ならともかくだけれど、夜にいるために割く人数はそこまで無いはず。


 地上からの侵入は当然相手は警戒するだろうけど、水路と両方警戒するのは難しい。


 ここは調査が必要だけど、入り込めたとして仮定してみると頭の中に策が浮かんだ。


「二手からの奇襲というのは、いかがでしょうか?」


「二手とな?」


「はい、二手です」


 3人が驚いた顔をしているが、あたしは構わず頷いた。


 これはイチかバチか、机上の空論だけれどこれが決まったらという思いがある。


 もちろん無理なら無理で、天羽さまや他の三人が止めてくれるという確信があるから導き出せたあたしなりの策。


「まずは、水上から侵入した一部隊が城に近づき火矢を放ちます。ただ、その時火矢を使うのは最低限にとどめたいです」


「理由はあるか?」


「施設を燃やすためもありますが、その火矢の主なる目的は敵の様子を探ること、相手を動揺させるためです。船の上、対岸からの火矢を放つのは難しいですし、頻繁に火矢を構えれば兵の数や場所が相手にわかってしますます」


 この時代、サーチライトも基地防御のための照明もない。


 だから、あたしの考えた開幕火矢は闇夜の中で奇襲するために必要な、施設までの目安やそこに集まる兵達を確認するこちら側のサーチライト替わりっていう考えだった。


「火矢を目印に相手の様子が分かれば、こちらは普通の矢を放つ集中できます。ですが相手は、闇の中から飛んでくる矢の放たれる場所などあまり考えれないでしょう」


 当然、相手側にこちらを照らすことは難しい。


 この策がうまく行けば、闇の中から一方的に矢を放つことができる可能性もある。


 ゲームで体験したことなんだけど、霧や視界不良の中で攻撃が飛んでくるっていうのは本当に混乱しちゃう。


 だから、似たような事も今回の作戦で生きるんじゃないかって考えた。


「なるほど、こちらの兵が視えぬ。雫殿の策の通り多く見えるかもしれぬな。闇夜で当然となれば、そうなる可能性は高い」


「そう言うこと、です」


 あたしは小さく頷いた。


 これが決まれば相手の兵力はその船の長に驚き、混乱を招くことはかなり高いはずだ。


「しかし雫殿、それだけでは城を落とせませぬぞ。用意できる船の数も限りがあり、弓兵だけで城の兵をすべて倒すのは不可能」


「はい。本命は、もう一つの陸からの2部隊です。船の戦闘をある程度で緩めた時に、地上からの攻城部隊が城に侵入します。これは現地調査が必要ですが、崩れた塀、もしくは門から城内に進入します」


「そうか、相手が守り切ったという油断、もしくは注意を惹きつけているところを突くと」


「はい、さらに攻撃が止んだだけで撤退したかどうかはわかりません。だから警戒は続けなければいけない。かといって、同時に地上から攻められれば放置できず。と言うことになります」


「なるほど」


「防護側にはどちらが本命か分からなくなり、戦力の分散の判断はおそらく難しくなると思います」


 奇襲とはいえ、さらに重要なのは相手戦力の分散のはず。


 相手戦力が倍なら、それを半分にしてしまえばいい。


 それに片方の舟部隊は闇の中で、数も装備も分からないっていうのも重要。


 相手が手に入れられるこちらの情報の中に、不確定情報てんこ盛りにすれば指揮官としては判断が難しくなるはずだっていう読みだった。


「雫殿の策が上手く決まれば、挟撃することも十分可能。勝機は高まりますな」


「しかし、うまく行くかはわかりません。ほかに良い策があれば、天羽さまをはじめ皆さんのご提示お願いします」


 あたしは、戦場なんて知らない素人。


 策に全く自信が無いし、戦いを続けてきた小田四天王の方々の方が戦場の経験が豊富なのは分かってる。


 否定されたり、一笑に付されても全然あたしとしては気にならない。


 だから、堂々と頭を下げることができた。


「澄殿、一つ聞いておきたい」


「何でしょうか、貞政さま」


 すこしの沈黙の後聞こえてきた菅谷さまの声に、あたしは頭を挙げた。


 一つというのが、疑問か問題点かは分からない。


 だけど、答えられることなら、あたしの言葉で答えるつもり。


 これもさっきと同じ、雫澄の戦だと思うと覚悟が決まっていた。


「澄殿は、弱きものが強きものに勝つのはいかなる時だと思われますか?」


 問われたのは作戦の事ではなく、まるであたしという人間への問いかけ。


 その真意がわから無くて、あたしはすこし悩んだ後口を開いた。


「政貞さま、なぜそれが気になったのでしょうか?」


「もしこの策で兵を動かすことになれば、兵の動かし方を一番分かるのは澄殿。しかし、兵は分けられても各部隊ごとに澄殿を分ける訳にはいくまい」


「なるほど。雫殿の心を知ればわれらが戦場で、その心を思い出し兵を動かすことはできる」


「平塚殿の申す通り。この策で要所となる、雫殿の心を我々に教えてもらいたい」


「であるな。私、天羽も一人の将として、澄殿がなぜこの策に至ったか、小田攻めの時を選んだかの心は知りたかった」


 皆の目があたしをじっと見つめる。


 でも、怒っていない。


 元の時代では向けられることのなかった、あたしを信頼し言葉を待っている目。


 沸き上がる嬉しさと高揚感で、黙っていると自分の心臓の音が聞こえそうなほど脈打っている。


「弱者が強者に勝つときは、強い側が勝つと思った瞬間です」


あたしは迷いことなく、皆に告げた。


「強者が相手が弱いと思い勝利するのは当然だって思った、まさに弱者が負けそうな瞬間こそ弱者が勝つ最高の好機だと思います」


 迷いなく口から出たのは、あたしが何度もゲームの中でした体験。


 楽勝でしょって思った時に思わず逆襲を喰らって負けてしまったり、逆に相手が勝つと思って舐めプしたところ逆手取って逆転勝利なんてことは数えきれないほど経験していた。


『弱者が強者に勝つのは、勝ちが決まっているって思った瞬間の油断を突く時』


 これは、あたしが前の時代で成功と失敗を、無数に積み重ねた経験を礎にした考えだった。


 ……ゲームだけど。


「決まったようですな」


「ですな、あの城を守っている奴らに一泡吹かせましょう」


「いや一泡どころではない。小田の地は小田の物であると、世に知らしめましょうぞ!」


「澄殿、後は我々が力を出す番。策を現実のものにし、勝って見せますぞ」


 あたしの言葉が終わった後、菅谷さまはじめ部屋の小田四天王は力強く頷いた。


 本気だった。


 あたしを本気で皆が信じ、そして小田城を取り戻そうとしてくれている。


 責任もだけど、このみんなならきっとうまく行く。


 そう信じて、深く頭を下げたのだった。


 ただの女子高生の、小田家に恩返しをしたいって想いから始まった小田城奪還戦計画。


 それは大きな波となり、小田家の歴史だけじゃなくあたしの知っている歴史を大きく変えることになる一歩になる事を、あたしはまだ知らなかった。

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