氏治、自分の知らないところで小田城奪回が決まる

 あたしが連れてこられたのは、土浦城の離れみたいな場所。


 そこは政貞さまの屋敷とも、他の方の住んでいる場所でも、評定の間でもない場所だった。


「さて、お集まりいただき感謝する」


 上座にいる貞政さまが、深く頭を下げる。


 部屋にいるのは政貞さまから向かって左隣に平塚石見守いわみのかみさま、飯塚美濃守みののかみさま。


 右隣に天羽さま、その隣にあたしっていう配置。


 あたしを除く4人は、小田四天王として名が残る4人。


 つまり、優秀と言われた小田家臣団でも最強クラス。


 そこに同席する、ただの女子高生のあたし。


 どう見たってSSSRのキャラの中にNが混じったような、場違いな異物だよ。


「此度集まってもらったのは言うまでもない、小田城奪回のことについてである」


 政貞さまが切り出した、重い言葉に息をのんだ。


 ――あたしだけじゃなかったの?この機に小田城奪還を考えてたのって。


 いや、でも考えてみればそうかもしれない。


 この時期が大きなチャンスなのは、戦の素人のあたしでもわかること。


 戦国の世でこうして生きているこの4人が、同じことを考えてないわけがなかった。


「確かに。そろそろ田植えの時期であるからな、こちらの兵も故郷に返す日が迫っておる」


「この機を逃せば、しばらく手は出せないのは明らか。菅谷どのの提案も分からぬわけではない」


 平塚さま、飯塚さまは揃って深く頷く。


 やはりこの二人にとっても、今が小田城奪還の機会であることは分かっているようだ。


「それに澄殿も、今が機だと申しておってな」


「えっ!?あ、はい。足軽たちがそれぞれの農地に帰る前で、恐らく疲れもたまっています。小田城を守る者の中には、遠方のものもいるかもしれません。となれば、遠征先ということもありまず士気はそこまで高くないはずです」


 いきなり話を天羽さまに振られたけれど、あたしは何とか落ち着いて予想される状況を口にした。


『澄殿の目は、この天羽が名をかけて保証します。それに、我が家臣団では失敗をあざ笑うものなどいないでしょう。自信を持ってください。何かあれば、私がお助けします』


 落ちつけたのは先ほどこの部屋に入る前、天羽様はこっそり言ってくれたからだ。


「加えて、小田城が落ちてまだ時がたっておりません。こちらの戦力も大きく削がれましたが、今の小田家には有利な条件がいくつかそろっていると思います」


「雫殿、どういうことであろうか。こちらは優良な赤松則定殿が打ちとられ、兵もかなりの数を失っておるのは存じでいるであろう」


 飯塚さまの言葉に、はっきりと頷いた。


 以前のあたしだったら、ここで謝って引いちゃってた。


 それだけ強く疑問を持つなら、あたしの考えは間違ってた、勘違いだったんだって。


 でも、今はあたしは自分の才を信じてみる。


 自分を信ずるんじゃなくて、あたしを認めてくれた人たちの言葉を。


 そしてなまくらかもしれないけどこの才で、あたしがこの時代を生き抜っていく覚悟を。


 氏治さま、小田家に恩返ししたい武器にしたいって想いから出たものを信じてみる。


「まず、小田城のことはこちらがよく分かっています。えっと、確か小田城は沼地にあると聞いているので、乱杭はあると思いますが皆さんはその位置を知っておられますよね」


「ああ、それはもちろんだ。城を守る側として乱杭の把握は当然のこと」


「はい。それにまだ城が落ちてひと月、城側も小田城の補修や改修は済んでいないはずです。ですから、皆さんが知っている小田城の強みと弱みは変わっていないと思われます」


 ここまでは、あたしも天羽さまにも話している。


 だけど、これだけじゃ弱い。


 この部屋に入るまでに考えていた、小田家に有利なさらに3つ。


 これを詰将棋のように一つ一つ打っていく。


 王手のタイミングは決めてあるから、きっかけになると思ってる来るはずの言葉をあたしは待っていた。


「それは私たちも分かっておる。しかし、こちらの兵の立て直しも考えればこれからでも間に合うかどうかわからんのだ。兵たちを一度返してからでも、遅くはないとも思える」


 よし、平塚さまから一つ目来た。


 あたしは、ドキドキしながら頭の中の棋譜を進める。


「それでは、遅いのです。相手の虚をつけません」


「虚?」


「はい。あれだけの敗戦の後であるから、小田方が攻めてくることはない。城方の兵には、必ずこの考えがあるはずです」


 ぱちり。


 頭の中で一手、手が進む。


 この時代に来てからタガが外れたように回り始めてた頭が、今日も冷静に高速で回っている。


 押し黙る3人に向けて、あたしは自分の考えを伝える。


「どんな強兵であれど城を奪った後は、どうしてもゆるみが出るものとあたしは思います。このゆるみと、疲れ、油断をつくには今しかございません。半月も空けば、城を守る側の気も平時と変わらないものになってしまうでしょう。そうなれば戦力に劣るこちらが、圧倒的に不利です」


 時間が空けば相手の虚をつくのは難しくなるし、お城の改修も進む可能性がある。


 あたしには、この機会がここしばらくで最も取り返す可能性が高いと思っていた。


 逆にこの機を逃せば、恐らく単体で小田城を取り返すのは難しい。


 他家に協力を要請すれば、今を逃しても可能かもしれない。


 しかし、他家への要請は力のない小田家にはもろ刃の刀。


 今回の要請が、今後の小田家の外交の足かせになる。


 あたしの知る史実の小田家は、いろいろな勢力に協力を頼んでるのに、色々理由をつけて離れをまるでヒモ男のように繰り返した。


 その結果は、当然の結末。


 ヒモ男が女の子からポイされるように、有力他家からの信用を失って力を落とした。


 実際、上杉についたすぐ後に北条についた小田家は上杉家の怒りを買い、大敗して力を落とすことになったのだから。


「小田城、小田領は小田家の故郷です。それを、私たちの力だけで取り返すには今の機を逃すのはないと思います」


 あたしは小田の地にそこまで思い入れはないけれど、ここの皆は違うはず。


 それぞれの所領を持っていたとしても、小田家の風景は小田領だ。


 それを、自分たちの力だけで取り返すこと。


 その事が、今後の小田家に重要にあたしは思えてしまったのだ。


「澄殿、気持ちは分かったが、一つ隠しておりますな」


「政貞さま?」


 少しの沈黙のあと、貞政さまが困ったように問いかけた。


「澄殿はそのような天の時、地の利だけで動くような人ではないだろう。もう一つ、我らが小田家が勝てる理由を知っておるだろうに」


 ――全く……菅谷さまは全部知ってたんじゃないかな?最後の一手の呼び水するなんて、絶対あたしの考え丸わかりだったでしょ。


 緊張の糸が一つ切れちゃったあたしは、行儀が悪いと思っても頭を軽くかき上げて溜息をついた。


「小田領の領民たちは、氏治さまを待ってますから」


「殿を、待っておられる?」


「それは、どういう?」


 急に柔らかく気の抜けた声になったあたしと、内容にびっくりしたのか平塚さま、飯塚さまは目を丸くしている。


「田植え、もうすぐですよね」


「ああ、そうだが。それが?」


「領民の方は、氏治さまと行う田植えをきっと楽しみにしています」


 それは、領民のみんなと氏治さまの田植えだった。


 あの日あたしに語ってくれた、氏治さまの楽しそうな声と顔。


 そして頭の中にあった、小田領民の小田家に対する結びつきの強さの疑問の仮説。


 その両方が本当なら、きっと領民たちは氏治さまの力になりたいって思ってくれるはず。


「そんな領民の皆さんが、きっと城攻めに協力してくれるんじゃないかなって。領民の方々は毎年の氏治様との田植え、すごく楽しみにしていたはずですから」


 これはほんと、どうしようもない、でも重要な理由だった。


 門所で約束が交わされているわけじゃないから、あたしの勝手な妄想。


 でも、あたしの知ってる言葉が本当なら、きっと城攻めはうまくいくはずだ。


「天の時は地の利に如かずしかず、地の利は人の和に如かずしかず。今の小田家には天の時も知の利も人の和もあるとあたしは思います」


 言い切ったあたしは、最後の一手を告げる。


「小田家は勝ちます。あたしの策で、勝たせます。この計略智眼が見据えているのは、小田家の勝利のみでございます」


 そう告げて、深く頭を下げた。


 静かな沈黙が、部屋を包み込む。


「平塚どの、これは……」


「飯塚どの、雫殿にしてやられましたな」


「殿のことを腰抜けと申しておりましたが、いつの間にやら我らも腰が抜けていた様子」


「これでは、われらも殿と変わりませんな。それは、武門の名折れ」


 目の前の二人が見つめ合った後、一つ頷いた。


「雫殿の策に、我ら力を惜しまず! 田植え前に、小田城を我々の手に取り戻しましょうぞ!」


「ありがとうございます!」


 力強い二人の声に、あたしは驚きと何かで自然に頭を下げていた。


 そして耳元に、ちいさく天羽様の声が聞こえてきた。


「小さきではありますが、知の初陣、勝ち申したな。おめでとうございます」


 そうか、これはあたしの知の初陣だったんだ。


 あたしが、小田家四天王と知で闘う初陣。


 それに、勝ったんだ。


 よかった……。


「決まりだな。では、動こうぞ。小田城奪還のために」


 政貞さまの声に他の三人が立ち上がったので、あたしも立ち上がる。


「皆さん、みんなで小田城を取り戻しましょう。この戦、新しき小田家の始まりとしましょう!」


 あたしから、出たのはそんな言葉。


 それを聞いた平塚さまが、にやりと武将としてだろう笑って見せた。


「ははは!女子にこうも強気なことを言われては、奮起せねばなりませんな!我らの力、雫殿に見せましょうぞ」


 こうして小田四天王+ただの女子高生のあたしは、小田城奪還に動き始めたのだった。

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