氏治、未来の自分の扱いを突きつけられる

「……という感じなんです。ここまでが、あたしが知る小田家の未来とその後の大まかな出来事です」


「な、なんと、そんな……わしは、そんなに弱かったのか!?」


 あたしが話を終えた途端、氏治様だけじゃなく貞政さまも源鉄さまも固まっていた。


 それも当然で、これからの小田家の未来は誰も聞きたくなかったはずだから。


「はい、氏治様は出る戦には敗れることが多く、小田城を9度失うことになり、時勢を読めず地位と領地を失い、最後はご子息の縁で結城家に従い越前の地で亡くなるなることになります」


 そう、これはあたしの時代に残された氏治様の最期。


 これは、500年先から来たあたしにしかわからない事だった。


「そ、そんな、な、なぁ、嘘だと言ってくれ!さっきも言ってたが、これは嘘じゃよなぁ!」


 氏治さまが前のめりになるけれど、ここだけはあたしは譲れない。


 あたしは真っ直ぐに氏治さまを見つめて、首を振った。


「いえ、こればかりはあたしを信用してもらうために、本当のことをお話したかったんです」


 逆に変に取り繕ったり持ち上げたりしまうと、何かあった時にぼろが出て信用されなくなる。


 それは、あたしがこちらの時代に来る前に痛い目を見て学んだこと。


「わしは、先祖伝来の小田の地を!小田の民を家を!守れなかったのか!?」


「はい」


「政貞、天羽……そ、そんなことはないよな?わしは、この氏治は、小田の地を守り切れるよなぁ!?最弱じゃなんか、無いよなぁ!?」


 氏治さまは助けを求めるように、重臣二人の顔を見つめる。


 だが、二人はそれぞれに顔を見合わせた後、大きくため息を吐いた。


「薄々、どこかで分かっておりました」


 政貞さまは諦めたように呟き、天羽さまもそれに続く。


「軍略もダメ、武術もダメ、変な所は頑固なのに、戦場に出れば落ち着きがない。ご自分のことを思い返せば、澄殿の語ったこの先の出来事を嘘とも言い切れないでしょうに」


続いたのは遠慮のない、ツッコミだった。


氏治さまには悪いけど、あたしの言葉はみんなには届いちゃったみたい。


みんなどっかで不安だったんだろうな、氏治さまの戦っぷり。


「みなまで!ひ、酷くない!?いくらなんでも言いすぎじゃない!?」


「これは、この政貞も澄殿の出自を信じるしかありませんな」


「ええ、それもこの後この日ノ本で起こる出来事も、筋が通っています」


「な、なんじゃと!?当主であるわしを、お、おまえら、裏切るのか!?」


完全にあたしの味方になった、小田家重臣二人。


そして、それに明らかに慌てている後世ネタ武将となる、ダメ当主氏治さま。


普通、落ちつていると慌ててる逆じゃないのかなぁ。


「澄殿の話すことは、嘘で積み重ねたものではないと思います」


「私もです。これだけの嘘を一気にこの状況で話せるのなら、それはそれで賞賛すべきことですが。そうは思えませんな」


「お二人とも、ありがとうございます!」


よかった、信じてくれた。


それだけでも、あたしは崩れ落ちそうになる。


初めて歴史を一気に誰かに話したし、これで出自は謎の人じゃなくなったんだから。


「これは我々や一門六家だけではなく、各家が頑張っていかねばなりませんな!」


「そうですね。澄殿がお話していたのは、この話を聞かなかった小田家ですから」


「話を聞いたからには、各々が力を尽くせばその未来を変えることだってできることもありましょう!」


「あ、菅谷政貞さまの家系はこれだけ敗戦した氏治さまに忠義を尽くしたということで、1000石を得てこの後日ノ本を治めることになる幕府の幕臣として300年近くは確実に続くことになるんです」


「なんと、それは驚きましたなぁ。これはさらに、一所懸命小田家のために尽力せねばなりませんな」


 政貞さまは嬉しそうに驚いているけれど、どこか嬉しそうだ。


 それはきっと、自分の働きが評価されて血筋や家名が長く続いたということなんだからね。


「な、なぁ、澄!」


「何でしょうか、氏治様?」


「わしの評価ってどうなっておった!?なぁ!きっと逆境の中でもあきらめなかった名将とかじゃろ!?」


 氏治様が身を乗り出して聞いてくるけど、あたしはさすがに口淀む。


 ――いくらすごまれても、これは言えるわけない!さすがに真実なんて言えるはずがない!


 小田城を失ったばかりの時に、いきなり500年後から現れたっていう訳の分からないあたしから希望の無い自分の最期を告げられてる。


 それなのに、これ以上追い詰めるなんてできない。


 ――誰か、助けて……?


 ちらちらと助けるように、政貞さまたちを見るけど目の前の二人は何か諦めたような覚悟したような顔をして頷くだけだった。


 それはまるで、こう言っているようだった。


「情けをかけるは武家の情け。一思いに介錯かいしゃくしてやってください」


 わ、わかりました!


 確かに武家に変な情けをかけてしまうのは、この時代ではいけない事ですもんね。


 そう決めたあたしは、覚悟を決めて口を開く。


「先ほども申しましたが、最弱武将と呼ばれてます」


「さ、最弱!?」


「他には最も負けた戦国武将とか」


「も、最も負けた!?」


「あとは、戦国最弱の愛されキャラとか」


「キャラという言葉の意味は分かりませぬが、雫殿、そろそろ止めておかないとさすがの氏治様も倒れそうです」


 政貞さまに言われて、あたしはハッと気が付いた。


 振り返ると当初から今までの言葉は、織田信長相手なら首が200回飛んで荒野に野ざらしにされてるくらいの物言い。 


 でも、事実なんだから仕方ないんだけど。


「失礼を。最弱とはいえ、戦国武将。これくらいなら大丈夫と事実をお伝えしたのですが」


「ま、また最弱って……」


 深々と頭を下げながら言った言葉は、どうやら氏治様を無事に介錯してしまったみたい。


 あたしの前でぐったりと、崩れ落ちるように力なくうなだれてしまった。

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