澄、現状に絶望する
「わしは、この小田領の領主。小田氏治じゃ。それ――」
「は!?お、小田氏治!?あの最弱戦国大名の!?」
あたしを助けてくれたという男の名前に、思わずあたしはツッコんでいた。
だって、そんなの信じたくないし、信じられない。
あたしが倒れたのは、市内のお堂だったはず。
それが何が起こったのかは分からないけど、戦国時代の常陸国小田領に吹き飛ばされてしまったらしい。
戦国時代に行けたらいいなっていう気を失う前のお願い事を神様が叶えてくれたのなら、感謝はしたい。
でも、もっと飛ばし先はあったんじゃない!?
オダはオダでも、織田信長がいる尾張織田家とかさ!
「うううう、何で、何でこっちのオダなんですかあああああああ!」
「いきなり、取り乱しながらひどいことを申すな! わしは関東八屋形を務めた名族小田家当主小田氏治であるぞ!」
混乱しているせいか、なんか偉そうなことを言っている自称氏治になんだか腹立たしくなった。
何が名族?今は地方の小さな大名家だし、この後小田氏治は、小田家を滅ぼして後世ではネタ武将としてしか名を残さないんだよ!
あなたがえらそうにしていいはっきりとした実績は、畳の上で死ねたくらいなんだよ!
「名族!?確かに昔は佐竹家と同格かそれ以上、隣の結城よりは上だったかもしれません。でも、今はどうせ、ちっちゃな家じゃないですか!」
不安とイライラで、あたしはあろうことか氏治さまにビシッと言い返していた。
「な、ななっ!?何を申す! 名族小田家当主名将であるわしを愚弄するか!」
「何が名将ですか!他家の書状に無駄な戦いばっかりしてるとか書かれるし、この後、あなたは戦に出てはほぼ負けて負けて、小田城は10回近く落とされるし、さらには小田家を滅亡させるんですよ!」
慌てるけど、あたしは止まらずにさらに畳みかけた。
名族名族って、もう、あなた今の状況わかってないんじゃないですか!
「な、何じゃと……そ、そんな事ない!わしは、わしは!」
「あと、本当にあなたが、小田家15代当主小田氏治だとしたら、支城の土浦ではなく小田城にいるはずです!今は、小田城やっぱり落ちてるんですよね!」
ぐったり。
あたしの核心をつくような言葉に、目の前の自称氏治はうなだれた。
ああ、本当に落城してるんだ、小田城。
さすが10回近くも落城した、稀有なお城だよね。
そして、この人は本当に後世に、一部歴史ファンにネタ武将として有名になる小田氏治さまなんだ。
何か仕込みとかドッキリだったにしたら、部屋の様子とか含めて手が込みすぎてるもん。
それに、学校でも家でもひとりぼっちのあたしにこんなドッキリを仕掛ける人なんていないしね。
「これから、どうしたらいいんだろう……」
でもぐったりしたくなるのは、あたしもだ。
戦国時代に身寄りもない頼る人もいないのに、今いるのは滅亡の未来が待っている常陸小田家。
これからきっと、佐竹の侵略や上杉家の助力に怯え、戦になればボコボコにされる日々。
そんな中で武芸も技術も何にもないただの歴史好きなだけの女子高生が生き残っていくなんて、無理ゲーなんてレベルじゃないんだから。
ああ、そう言えば小田家が主役のゲームのシナリオクリアできなかったんだよね。
無理だよ、佐竹や北条、上杉ほかすごい他家に囲まれた状況から大逆転なんて。
エディターでも使って、チート武将でも放り込まない限りさ……。
「あの、落ち着きましたか?」
落ち込むあたしに聞こえてきたのは、少し困ったようなそれでいて優しい声だった。
「水をどうぞ。これで、もう少し落ち着くかと思いますよ」
「ありがとうございます」
差し出された素焼きのお茶碗に入れられたお水を飲むと、本当に少し落ちついた。
どうやらこの方は、氏治さまの側近らしい。
「土浦城城主、菅谷政貞と申します。あの、あなたのお名前は?ああ、もし思い出せないのなら、無理せずに」
「す、菅が――!?ああっと、澄です。雫澄と申します。先ほどは取り乱してしまい、申し訳ございません」
菅谷政貞。
この人は確か、小田家随一の名将知将。
後世の評価的には、この人がいなかったのなら小田家はもっと早くに崩壊していたはずって言われるくらい。
ちなみにあたしのやりまくった某歴史ゲームに出てきたときのステータスは全てにおいて、こうだった。
政貞さま>>>氏治さま。
後世の評価って、残酷だなって思う。
「雫?もしかして、雫城の雫殿のご息女か何かでしょうか?」
「違います。雫城なんてお城、知りませんから」
菅谷さまにははっきりと断り、うつむいた。
歴史好きで今は野山に帰っているお城をまとめたサイトや本を読んでいたあたしでも、茨城県内の雫城なんて言うのは見たこともない。
きっと小さな小さなお城で、記録にも特に残らず消えちゃったお城なんだと思う。
「では、あなたは一体どこの?見たところ、見たこともない衣をまとっておりますし」
「はい。信じてもらえないかもしれませんが、あたしは約500年後の令和と呼ばれているの未来から突然飛ばされてきたみたいなんです」
もう、素直に言うしかない。
さっきの氏治さまに吐いてしまった暴言の根拠にもなるし、今のあたしの服装はこの時代ではありえない高校の制服。
どうやっても、この時代のどこからか来ましたなんて説明してもぼろが出るに決まってる。
それに、今はこの小田家のみんなに信頼されるのが重要だから嘘はいけないはずだ。
「ご、500年とは、途方もないほど先であるな……」
政貞さまも、隣にいたも一人の側近であろう方も明らかに驚いている。
ちなみに3人の中央にいる氏治さまは、まだぐったりとうなだれている。
「天羽源鉄と申す。確かにそうすれば、見たこともない衣服も納得は行くが、どうやって来たのじゃ?」
もう一人の側近、天羽源鉄さま。
詳しくは知らないけど、この人も小田家では重臣だったはず。
確か死の間際に、氏治さまに籠城を勧めたんだけど源鉄さまが亡くなった後、氏治さまがそれを破って出陣してフルボッコにされた。
そんなエピソードを、どこかで読んだ覚えがある。
「それが、わかりません」
「わからぬ?」
いぶかしげに聞いてきた、菅谷様に小さくうなづく。
わからないものはわからないんだから、仕方ない。
「家を追い出されお堂で気を失い目を覚ましたら、お城の一室で寝ていました」
「ふむ、物の怪か何かは分かりませんが、何か不思議な力で雫殿はこちらに来たのかもしれぬ」
「確かに。私たちの目の前には、白い輝く鹿に乗せられて来たのです」
「鹿は、鹿島大明神様の使役ですよね。どういうことでしょうか?」
まさかこの小田家にあたしが必要だから、呼ばれたこと?
それにしては、全く説明がないのはおかしい。
召喚されたならよくある転移転生ものでも、神様からの説明があるはずだ。
「恐らくは、物の怪にさらわれた雫様を鹿島様が助け、私たちに託したのかと思われます」
なるほどね。
信じたくはないけど、あそこはあまりいいお堂ではなったのかもしれない。
物の怪か何かのイタズラで、あたしは適当に過去に飛ばされた。
そして、この時代の鹿島神宮の神様がそのあたしを見つけて、小田家に託したってことみたい。
何をバカなって思うけど、こうして戦国時代の常陸小田家に飛ばされたんだから何が起こってもおかしくない。
「助かりました。人さらいや、危ない方たちにさらわれることなくこうして土浦城に連れてきたこと、感謝します」
この時代の道に気を失って転がっていたら、命の危機だ。
命があっても、男たちに身体を弄ばれていたのかもしれない。
しっかりと保護してくれたんだから、この三人は命の恩人。
「それわしが決めたんだからな!ほら、褒めていいぞ!」
あたしの一言を聞いた途端、元気になった氏治さまがすっごいアピールしてくる。
ああ、なんだろうこの乱高下する感情マシーン。
全然、戦国大名のイメージと違うなぁ。
どっちかというと、調子のいいお兄さんって感じだ。
「氏治さま、ありがとうございます。先ほどまでの非礼、申し訳ありませんでした」
あたしは素直に頭を下げた。
助けてくれたのは事実だし、氏治さまじゃなければきっと無視していたかもしれない。
本城を失い余裕がない小田家なんだから、本来こんなわけのわからない行き倒れ一人でも拾いたくはないはずなんだから。
「うむ!許そう!大分、混乱もしておった様子じゃしな」
うわぁ、単純。
でも、あたしが助かったのはこの氏治さまの性格にあるのかもしれない。
まさに、命の恩人だ。
「雫殿の言葉は信じたいのですが、証拠となるものはあるのでしょうか?」
1つ話が落ち着いたところで、菅谷さまが首をひねった。
「証拠ですか」
証拠と言われても、困ってしまう。
家を追い出されたときはお財布もスマホもなく、持ち物は生徒手帳だけ。
写真を見せて未来の技術っていうのもありだけど、何か弱い。
(あたしが、この三人に出せる証拠は――ある!)
歴史好き女子として培った知識を披露したら、信頼されるかもしれない。
物じゃないけど、あたしにしか知らない事を話すってのはありかもしれない。
「物的な証拠はありません。でも、信用してもらうためにあたしだけが皆さんにお話しできることがあります」
上手くいくかは分からない不安で、少し震えながら口を開く。
歴史のことをべらべら話すなんて、人生初だし今はあたしの今後と命がかかってる。
でも、今はこれしかないんだ!覚悟を決めるよ、雫澄!
「それは、何でしょうか?」
「この小田家、そしてこの日の本の国が、あたしの生まれ育った500年先の時代までにどのようになっていくかです」
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