調査 ベルエポックの身近な魔女

 魔女ムーラン・ルージュはベルエポックに住んでいた。町の辺境にある赤レンガ造りの風車小屋に代々暮らしていた、と町の住人は答えた。

 魔女ムーラン・ルージュが暮らす町として、ベルエポックは栄えている。かの神龍ニーズヘッグ伝説に登場する、一般市民が目にする事が可能な、唯一の人物でもあるからだ。

 ベルエポックに行けば魔女ムーラン・ルージュは出迎えてくれる。彼女は簡易な魔法を披露し、ガイドが神龍ニーズヘッグの伝説を語るのが定番の観光だ。


 ベルエポックは辺境の町にあっては珍しく栄えている。町人が活発に働き、活気がある町並みを見る事が出来る。

 この理由を町長に問うと、魔女ムーラン・ルージュの加護のおかげだと口にした。健康で勤勉な人間だけがこの町では残るのだと、自慢げに語る。

 他の住人も似たような話をする。魔女ムーラン・ルージュのおかげでこの村の繁栄はあるのだと。しかしながら、調査を進めていく内に疑問が浮かんだ。

 町人は誰も魔女ムーラン・ルージュを頼ろうとしない。伝承によれば万病をも治す治癒魔法を扱える、とある。時の帝王ポナパルトが不治の病にかかった際に、魔女ムーラン・ルージュが訪れその病を直したという。大戦初期には侵略者によって負傷した者達の傷を癒やした、という伝承も残っている。

 ある町の住人が屋根の補修中に落下した。医者による懸命な処置も虚しく亡くなった。その時、私は思わず声に出した。どうして魔女に治療を依頼しなかったのか、と。その時の町人の目が忘れられない。

 後日、この件を町長に伺うと、魔女に頼ることはしてはならないのだ、と言った。それが町の伝統であると。

 

 ベルエポックに調査に行く前に、この町から追放されたと噂された人間に会いに行った。彼が言うには、ベルエポックは正しい。しかしその正しさは私には到底受け入れ難いものであった。と述べていた。

 私はその片鱗を垣間見た。憶測でしかないので、この調査報告書には記載しないが、不自然なほど健全な住人達によって魔女ムーラン・ルージュは今日まで生き延びてきた事はわかった。

 私は魔女ムーラン・ルージュについて行われているだろう、ベルエポックの風習を深堀するつもりはない。ただ、ムーラン・ルージュがいなくなったこの町で新たな魔女が生まれない事を切に願うだけだ。


龍創紀1967年5月13日

サイモン・ルクルーゼ

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