第7話 元の世界

「おーい、真白〜!」


 僕を呼ぶ声に体がガタッと反応し揺れで目を覚ます。倒れるところだったと安心しながら目を擦って辺りを見渡す。

 そこは学校の教室だった。窓からの光がオレンジかかっていてもう放課後なのだと言うことを教えてくれていた。

 先程自分の名前を呼んだ方を見ると、なにやら怒ったような表情をした人が立っていた。


「真白!無視すんなよ、もう先帰るからな」


「ごめん緑。すぐ準備するから待って」


 腕を組んでそっぽ向く緑に謝って急いで準備する。緑。幼馴染で一緒の高校に通うクラスメイトでもある。家が近いから一緒に帰ってるんだった。ほぼ毎日顔を合わせているはずなのに、名前を呼ぶのは久しく感じる。


「終わった、帰ろ」


「おせーよ」


 ちょっと拗ね気味な緑に、ごめんってば、と冗談風に謝る。


「早く帰ってゲームしようぜ」


 緑が歩きを急かすようにそう言った。確か今日は新しいゲームを一緒に遊ぶ予定だったなと思い出す。確か怪獣?モンスター?を狩猟するゲームかなんかだ。

 僕はゲームに詳しくなく対して強くもない。緑は所謂ゲーマーと言うやつでハマるとそのゲームの全てを遊び尽くしたいというタイプだ。僕以外に遊んでて楽しい人がいるだろうに、緑は何故か僕を誘う。以前理由を聞いた時なんて言ってたかな。思い出せない。


 帰り道を歩いていると、ふと見慣れた風景の中に知らない建物がある事に気づいた。アンティーク風の見た目でこの辺りじゃ珍しい外見だ。窓ガラスが少し曇っていて中まで見えない。こんな店あったっけ、そう思って立ち止まっていると、緑が僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 「真白〜?何やってんだ」


 少し遠くで、こちらを見て待っている。何だか緑がもっと拗ねたように見えて、なんでもないと言って走って緑の元へと戻る。


 「緑、コンビニ寄って帰ろう。なんか奢るよ」


 「お、良いなそれ。ゲームしながら食えるもん買うか」


 気分が良くなったのか何買おうか楽しそうに話し出した。


 近くのコンビニに寄ってお菓子と飲み物を買う。先程僕が奢ると言ったのに、緑は僕がジュースを選んでいるうちにしれっと自分の分を支払っていた。


「僕が払うって言ったのに」


「お前が選ぶの遅いからだろ、ま、早く家行こうぜ」


 緑はそう言ってスタスタと歩き始めた。いつもこうだ、緑が奢らせてくれることは無い。何かと理由をつけてはしれっと支払を済ませている。緑の優しさなんだと思うけど、緑を待たせたお詫びをしたかったのにと思うと素直に喜べない。


 家に着いて、ドアを開けて緑を招く。緑ら、お邪魔します、と言いながら僕の部屋に向かっていく。

 緑とゲームする時は決まって僕の部屋だ。緑が僕の部屋にゲーム機とゲームソフトを持ち込んでそのまま置いていっているんだ。自分の家でしないのかと聞いた時、兄がテレビを占領して使えないのだと言っていた。けれど、緑のお兄さんが家に居るのをあまり見たことがない。

 色々言い訳してはいるけれど、緑が僕の家に来る理由はきっと、僕が家で一人ぼっちだからだ。こうやって頻繁に遊びに来るのも緑なりの優しさなのだと思う。


 それから2時間ほど遊んで外も真っ暗になった。家が近いとはいえ、あまり遅くなりすぎると緑が親御さんに叱られるかもしれない。そろそろ辞めるか、と言えば緑は名残惜しそうにゲームのデータセーブを行う。ざっと部屋の中を片付けて帰るために荷物をまとめる。部屋を後にして緑を家まで送る。と言っても道路を挟んですぐなので意味があるかと言えば無いよりだが。


「じゃ、また明日な」


「うん、また明日」


 家に着いてそう言いながら手を振る。緑が家の中に入っていくのを見て僕も自分の家に戻った。

 自分の部屋に戻ってベッドに横になる。ふとサイドテーブルに小瓶が置いてあるのに気づいた。手に取ってよく見ると小瓶には球体が2つ入っているのがわかる。じっと見ていると何故かだんだん眠くなってきて、流れるように瞼を閉じた。


「……。」


 眠りから目が覚めて、ぱちぱちと瞬きをする。内容は思い出せないけれど、懐かしい夢を見た気がする。目覚めが良く、気分がいい。

 グッと背伸びをしてベットから降りて気づく。窓から入る光がやけに明るいような気がする。5秒ほど硬直した後に、慌てて窓の外を見る。太陽の位置が高い。


「……寝坊した。」


 やってしまった。昨日夜ふかししたとはいえ昼まで寝るなんて。

 急いで着替えて階段を掛けおりる。1階につくと、マリンさんがキッチンで料理をしていた。僕の階段を降りる音が聞こえていたのか、こちらを見て笑っている。


「おはようございます……。」


「うん、おはようマシロ。」

 

「すみません、寝坊してしまって……」


 何も咎めないマリンさんの優しさが逆に痛い。申し訳なさすぎて今すぐどこかへ消えたくなる。

 マリンさんの料理の手伝いをしようともたもたした歩みでキッチンへ向かう。


「……寝る前に夢菓子を食べたでしょ、起きれなかったのはそれのせいよ。私がよく眠れるようにと渡したのだから気にしないで?」


 マリンさんは鍋に入ったスープを器に注ぎながらそう言った。


「今日は予定もないし本当に大丈夫なのよ」


 逆効果だったかな、と呟く。マリンさんは落ち込んでいるようで、しょんぼりと言う言葉が周りに浮いているようだ。

 どうやら本当に寝る前に食べた菓子が睡眠に影響していたみたいだ。何だか少し安心した。


「そうだったんですね、……お陰でいい夢を見ることが出来ました」


 そう言うとマリンさんの表情がだんだん明るくなっていく。


「そう、そうでしょ!夢菓子は私のオススメなのよ」

 

 マリンさんが嬉しそうに笑う。凄く可愛らしい笑顔だ。


「さ、マシロこれを持っていって、ご飯にしましょう!」


 マリンさんの周りは嬉しさが溢れたようなくうきが漂っている。

 マリンさんからスープの入った器を受け取ってテーブルに運ぶ。テーブルには既にランチョンマットとスプーン、それからパンが置いてあり、僕が起きる前にセットしてくれていたことが分かる。後からマリンさんがサラダを持ってきてくれて、今日のお昼ご飯が揃う。お互いが席に着いたことを確認して、食べはじめる。

 しばらくして、マリンさんが食べる手を止め僕の名前を呼ぶ。


「マシロ、今日もよろしくね」


 花が綻ぶような笑顔でそう言った。


 

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異世界の不思議道具店 蒼猫 @aiiro_4685

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