第6話 夢菓子


 僕は割と寝付きのいい方だと思う。お風呂に入ってベットに潜ればすぐに夢の世界へ行く事ができるし、疲れていればベットでゆっくりするまもなく眠りに落ちる。しかし寝付けない日はあるもので、こういう日は何をしたって眠れない。だらだらベットの上にいても仕方ないので、外に出て少し歩くことにした。

 マリンさんを起こさないようにゆっくりと階段降り、静かにドアを開ける。ドアが軋む音が鳴り思わず体が跳ねる。深呼吸をして心臓を落ち着かせて、外へ出た。外は月や星の光のおかげでそれ程暗くはない。明かりを灯す物を持ってくるのを忘れていたので、光源がなくとも明るいのはありがたかった。店から少し離れた平原。僕がこの世界へ来た時にいた場所へ向かって進んでいく。風が冷たくて気持ちがいい。

 そういえば元の世界ではこんな風に出歩いたことなかったなと思う。せいぜいベランダに出て風に当たる程度だった。こっち側にきて少し大胆になっているのかもしれない。

 目的の場所につき、そこへ座る。足を伸ばして手を後ろにつく。空を見上げると、写真や映像でしか見たことの無いような星空が広がっている。元の世界ではこんな壮大で綺麗な景色を見ることなどなかっただろうなと思う。体制を変えて今度は寝っ転がって空を眺める。

 最近は家に帰りたいという気持ちとここにもう少しいたいという気持ちがせめぎ合っている。今日みたいな日は特にそうだ。バイオレットの不安そうに困惑した姿が瞼の裏に張り付いて離れない。もう少し良い言い方があったのではないかとそう思えて仕方ない。

 腕を顔に乗せて目を塞ぐ。このまま目を瞑っている間に元の世界に帰れていたらと淡い期待を抱くがそんな事あるはずも無い。


「マシロ、ここで寝ると風邪ひくよ。」


 少し離れた位置からマリンさんの声と草を踏む音が聞こえ、半身を起こし声のする方へ振り向く。マリンさんがこちらに向かって手を振る。風になびいた髪が月に反射して夜空の星ように輝いていた。


「隣失礼するね」


 そう言ってマリンさんが隣に座る。

 マリンさんを起こさないように静かに家を出たつもりだったのに、マリンさんは気づいていたみたいだ。何だか少し恥ずかしいような気がして逃げるように、足を組んで頭を伏せる。いわゆる三角座りだ。

 カチャカチャと小さく金属のぶつかる音が聞こえる。横でマリンさんが何かをし始めたようだ。


「何か、悩み事?」


 マリンさんが鈴を転がすような優しい声でそう聞く。直ぐには返答出来ずに、ちらりとマリンさんの方を見る。

 地面には三脚台のようなものが置いてありその上に小さな鍋が乗せてある。小さくふつふつと音が聞こえる。料理をしているようだった。火を使っては居ないから、鍋か三脚台のどちらかが温めの魔法道具なのだろう。便利だなと思った。

 再び視線を逸らして、今度は地面を見る。


「少し、元の世界の事を思い出していました。」


 自分でも整理できない感情と帰還への迷いを悩みとして話していいものだろうか。僕は自分の考えを人に話すことが苦手だ。上手に言語化することが得意でない。それに話しても結局解決するのは自分自身で、悩みを話すことによってただマリンさんの心労を増やすだけでは無いのかという懸念もある。


「そっか。ほら、マシロ」


 話すべきかを考えあぐねていると、マリンさんから、どうぞと言ってマグカップを渡される。思わずきょとんとしてマグカップを見る。中は白い液体で湯気が出ていた。ホットミルクのようだ。先程温めていたものはこれだったのかと思う。お礼を言ってカップを受け取り、口元に近づける。ほんのり甘い香りがする。飲むとやっぱりホットミルクだ。ミルクの甘みとは別で、砂糖ではない甘さを感じた。はちみつだろうか、安心する味だ。


「気なんて遣わないでもっと頼ってくれていいのよ。マシロが何かに迷って悩んでいるなら、迷いを解消するための手伝いがしたい。」


 ホットミルクを飲んで温まっていると、マリンさんが静かに話し始めた。


「マシロは賢い子だから、私の力なんて必要ないのかもしれないけど.....何も頼られないと言うのも少し、寂しいのよ。」


 声のトーンが少し下がったのを誤魔化すようにふふっと笑いながら言う。マリンさんが話しているのを僕は何も言え無いまま聞いていた。月が雲に隠れたのか、当たりが暗くなってマリンさんの表情が見えない。


「.....ありがとうございます、」


 頼ってなんていうけれど、充分頼らせてもらってるし、お世話になってばっかでこれ以上は何だか申し訳ないような気持ちになる。

 僕がそれ以上なにも言わないのを見て、マリンさんが困ったように小さく笑う。


「マシロ、手を出して」


 マグカップを置いてマリンさんに言われた通りに手を差し出すと掌の上に小瓶を置かれた。小瓶には小さな球体が3つ入っている。月光に当てられビー玉のようにキラキラ光る。


「夢菓子と言って、いい夢を見せてくれるお菓子なの」


 寝る前に食べるといいよ、と言ってマリンさんは立ち上がった。


「先に戻るわね、おやすみマシロ」


 おやすみなさい、と返すとマリンさんは静かに家の方へ歩き出した。

 貰った夢菓子というものを月明かりに掲げて観察する。3色の球体が小瓶の中でコロりと転がる。多分飴だ。


「いい夢を見せてくれる……か」


 どうもマリンさんは僕を子供扱いする傾向にある。眠るのが怖くて起きていると思われたのだろうか。何だか、いたたまれない気分になる。

 小瓶を開けて夢菓子をひとつ取りだして食べてみる。見た目のままただの飴のようで、口の中でコロコロ転がす。暫くするとほんのり甘い味がしてくる。元の世界で食べていた飴とは違いあまり甘さもなく食べやすい。

 夢菓子も魔法道具の1つなのか、それともただ不安げな子供を安心せる為のおまじないなのか。魔法だったらいいななんて思いながら、グッと背伸びをする。


 帰って寝よ。そう思って家に向かって歩き始めた。



 

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