第5話 世界の渡者
こほんっと咳払いをしてマリンさんが話を始める。僕は床に降ろされ椅子に座り直してマリンさんの方を向く。人型の狼もいつの間にか椅子に座っていた。
「紹介するね。こちらグレイ、私が言ってたアテよ。」
そう言ってまたニコッと微笑む。
あて、アテ……?この人が?(人と言っていいのかは分からないが)
「グレイはね、世界を渡ることが出来るの。それでマシロのお家を探してもらうのよ」
マリンさんは「いい案でしょ?」とも言いたげな表示をしている。
世界を渡るってなんだ、さっきの突然背後に現れたことか?
頭で色々な疑問がグルグルしている。マリンさんの話を上手く咀嚼しきれずに唸る。僕がクエスチョンを浮かべている間に、マリンさんは僕たちのことを狼の――グレイ――に軽く紹介していた。
「あぁ、この坊主が手紙にあった頼み事か」
マリンさんが「えぇ、そうよ」と言ってまたにっこりと笑った。
頼み事……どうやらマリンさんはこの人に僕の元の世界を探してもらおうとしているらしい。本当に大丈夫なんだろうかという不安が出てくる。
「お嬢の頼みなら直ぐにでも聞いてやりてーが、ちょっと難しいかもな。死んでもいいってんなら出来ないこともないが。」
空中をふよふよと漂いながら顎に手を当ててう〜んと唸りながらグレイはそう言った。
「空……飛んでるっ……!」
僕の近くにいたバイオレットが僕の服をキュッと握って空を飛ぶグレイの事を見ていた。
死んでもいいなら……?
死ぬの?とグレイの言葉に驚いて言葉が出ずに、僕は助けを求めるようにマリンさんの方を向いた。
僕の不安が伝わったのか、マリンさんは眉を垂らして「大丈夫、死なない」と言うように首を左右に振った。
「グレイ、それじゃ意味がないでしょう。今は安全に渡る方法を思案中なの。それが出来るまでの間、貴方に世界を見つけて欲しいのよ。」
「なぁ〜んだ、それならそうと書いてくれりゃ良いのによ。お嬢も人使いが荒いよな〜、たった一つの世界を見つけるのって大変なんだぜ?」
グレイは空中にふわふわと浮きながら横に寝転んで頬杖を付き、何か言いたげにマリンさんを見つめる。
マリンさんには言いたいことが分かったのか小さく溜息を吐いた。
「そうね、細かい事はまた後で話しましょう。マシロのいた世界は見つけてくれるのよね?」
「もっちろんっ、かかる時間までは分からないが確実に見つけてきてやるよ」
グレイは胡散臭い表情で笑う。マリンさんを疑っているわけではないが、とっっても不安だ。チラリと僕の服を握りしめて背中に隠れているバイオレットを見る。少し青白いような顔色で、何ともいえない表情をしていた。訝しんでいるような怯えているような、ドン引いているように見える。バイオレットが僕の視線に気づくと今度はとても不安そうな表情に変えてこちらを見る。
「じゃ、俺はまだ仕事が残ってるからこの辺でお暇するぜぇ〜!詳しい話はまた今度〜」
またなお嬢、坊主それと嬢ちゃんも。その言葉と同時にグレイの体自体が渦を巻く形にぐにゃりと変形し何処かへ吸い込まれるように消えていった。
バイオレットが掴んでいた僕の服を離して安堵の溜息を吐く。
「怖かった〜……」
バイオレットの姿についつい笑みがこぼれてしまう。バイオレットのおかげで空気が変わた気がする。心に余裕が出来る。
グレイという人がここにいたのは、ほんの数十分のはずなのにどっと疲れがくる。
「騒がしくてごめんね。疲れたでしょ、お茶を淹れてくるわね」
そういってマリンさんがパタパタ奥の部屋に入って行く。
「ねぇマシロ……さっきの頼みとか、マシロの世界とか、し、しぬ、とか……なんの話をしてたの……?」
バイオレットは恐る恐ると言った感じで僕の方を見る。バイオレットには僕が違う世界から来たという事を伝えていない。言っても問題ないだろうけれど、それが嫌われる要因になるかもしれない事が嫌で僕のことについての話題をできるだけ避けてきた。けれど、僕のことを話すのに最適なタイミングは今だと思う。
「僕、さ、此処の人じゃないんだ、別の世界から来たんだ。」
どうやって来たかわからないけど、気づいたら此処にいて、マリンさんが拾ってくれたんだ。それで、それでねマリンさんは僕が家に帰れるようにグレイって人を紹介してくれたんだと思う。マリンさんの言う世界を渡るっていうのはよくわからないけどね。
今の自分の状況を何とか説明してみる。僕だって良く理解できていないことを話すのはとっても難しいなと思う。
「でも、マシロは私と会話で来てるじゃん、だからずっと遠い所に住んでて、迷子になっただけだと……思って……」
「君と僕が言葉を交わせるのはこのペンダントのおかげなんだ。」
マリンさんが作ってくれたんだよ、と首からペンダントを外してバイオレットに渡す。バイオレットはまじまじとペンダントを見つめた後何かを言っていたけれど、ペンダントを身につけていない僕には何を言っているのか分からない。
「この世界の言語を勉強してみてるけどやっぱり全然わかんないや」
そう口に出して言ってみる。バイオレットは驚いたような顔をしてその後俯いた。
「……――。」
バイオレットの話す言葉の中に僕の名前が出ていた気がして、近づいて聞いてみる。何かわかるわけでもないけれど。
ふとバイオレットが顔を上げる。悲しそうな表情をしていた。その表情のまま僕の首にペンダントをかける。首にペンダントがかかったことを確認して、話に戻る。
「こんな感じ。その、黙っててごめん。」
「……マシロの世界が見つかったらマシロは帰っちゃうのよね。」
「そうだね。帰らないと」
「そうだよね。」
そういってバイオレットはまた俯く。僕はどう声をかけてたらいいのか分からないでいた。帰らないよなんていう言葉をいう事はできない。元の世界には家族もいるし高校だって行かないと。
「お茶入ったよ、焼き菓子の追加は必要かしら?」
静まり返った室内にマリンさんの声が響く。マリンが机にカップを置いて暖かそうなお茶を注いで行く。
「店長さん私の分は大丈夫です。もう時間だし、私帰るわね。」
クッキーと紅茶、ありがとうございました。と言って店から出て行く。カランカランと店のベルがなる。マリンさんが頬に手を当ててあらあらと小さく呟いた。僕は何も言えずただその場に立って、帰って行くバイオレットの後ろ姿を見る事しかできなかった。
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