第4話 手がかり

 日がよく照って暖かな昼下がり。こんな日は読書するに限る。

 店のカウンターの椅子に座り読みかけていた本をめくる。店から香る薬草と木の匂いと、紙と紅茶の匂いが落ち着く。


 「ちょっと、ねぇ、マシロ!」


 体が揺らされてパッと顔を上げる。少し眉を下げたバイオレットがいた。

 どうやら僕は本を読んでいる途中に寝てしまっていたようだ。目をこすって、ぐっと背伸びをする。


 「いらっしゃい。」


 そう言うと、バイオレットは「いらっしゃいじゃないでしょ!」と大きめの声で怒った。


 「店番が寝てどうするの!」


 バイオレットは頬をプクッと膨らませて手を腰に当ててそういった。

 そういえば、今日はバイオレットが字を教えてくれる日だったな。

 はははと笑って誤魔化しながらカウンターを片付ける。本を読んでいる時に飲んでいた紅茶はすっかり冷たくなっていた。

 バイオレットもすぐには帰らないだろうし、せっかくなので2人分いれよう。決して勉強する時間を遅らせようと考えている訳では無い。


 「ちょっと待ってて、新しい紅茶をいれてくるよ」


 カップを持って店の奥に続くドアに手をかける。後ろから呼び止める声が聞こえたが、すぐ戻ってくると言って中に入った。

 店番が客を1人にするんじゃないわよ!なんて言われそうだ。


 新しいティーカップを1つ取り出して軽く洗って拭く。僕が使っていたのもついでに洗っておく。鍋に火をかけてお湯を沸かす。ティーポットに茶葉を入れて、少し高い位置からお湯を注ぐ。ティーポットにフタをして数分蒸らす。

 紅茶ができるのを待っていると、2階から降りてくる足音が聞こえた。


 「いい匂いね」


 そう言いながら水色に輝く髪を揺らしてマリンさんが降りてきた。手には素材らしいものやカップといった道具類が入った木箱を抱えていた。


 「マリンさんもどうですか?」

 「そうね、頂こうかな」


 マリンさんの分のカップも取って洗う。紅茶の入ったティーポットと、3つのカップをお盆に乗せながら、マリンさんに話しかける。


 「今、バイオレットが来てて、良かったらマリンさんも表に来ませんか。」


 マリンさんは抱えていた木箱を机の上に置いて頬に手を当てながら、う〜ん、となにかを考えている。やはり忙しいのだろうか。


 「そうね、ちょうど休憩しようと思っていたの。今朝焼いたお菓子も持っていきましょ」


 それに「はい」と返事をしてお盆を持って行く。マリンさんがドアを開けてくれた。お礼を言ってドアを通る。


 「マシロ!店番が客を一人にしてどうするの!」


 そう叫ぶ声の主は、カウンターにちょこんと座って両頬をふくらませて座っていた。

 セリフが僕が思っていたこととほとんど一緒で、思わず笑ってしまう。


 「お待たせしました」


 そっぽを向いているバイオレットの前にティーカップを置く。そうするとバイオレットはチラッと軽くこちらに視線を寄越して、ゆっくりと僕の方を向く。紅茶をティーカップに注いで、「どうぞ」と言いながら差し出した。

 これで機嫌が治ってくれると嬉しいな。


 「今日焼いたクッキーもあるの。良かったら食べてね」


 「わ、わ!店長さん?!」


 マリンさんがカウンターにクッキーを置くと同時に、バイオレットがガタガタと椅子を揺らして驚いていた。

 「え、そんな大丈夫なのに!」としばらくそわそわした後に、落ち着いたのかクッキーを手に取って「いただいます!」と言い覚悟を決めた顔をして食べていた。サクとなると同時にバイオレットの表情が輝いていく。

 マリンさんは紅茶を手に微笑んでいた。きっと僕もマリンさんと同じような表情をしているのだろう。


 「そうだ、マシロ。貴方がここに来た時に、アテがあると言ったのを覚えてる?」


 アテ……確かに言われた。僕がこの世界に来た日。数週間も前のことだ。

 『貴方が元の世界に帰る方法を見つけるアテがあるの。』

 あの時、そう言われたから僕はマリンさんについて行った。不確定で完全に信じるのはあまりにも危険だと分かっていたけれど、あの時はそれに縋るしかなかった。それに、今僕がこの世界を楽しんでられるのもマリンさんが元の世界に帰してくれるのだろうと信じているからだ。

 

 「はい。覚えてます。……アテっていうのは……ッわ!え!」


 話してる途中で当然僕の体が浮いた。「キャッ!」っとバイオレットが小さく悲鳴をあげる。足がつかない。僕は後ろから持ち上げられているみたいだ。


 「よぉ、お嬢!いつの間にバイトなんて雇ったんだぁ?」


 お嬢……?

 ばたつかせていた足を止めて、落とされないように僕を掴んでいる腕をつかみ直す。そして、僕を持ち上げているやつの顔を見ようと斜め上を見上げた。

 狼だ。僕の上には、僕の方を見てにんまりと笑った狼がいた。突然の事で思わず息が詰まる。

 そりゃ、マリンさんから人間以外の種族もいるとは聞いていたけれど……!突然背後に現れるとは聞いてない……!


 「グレイ、いいところに来たわね。今貴方の話をしようとしていた所なのよ。」


 ふふっと笑ってマリンさんがそう言った。

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