第3話 妖精


 「マシロ、こっちへ来て」


 店の外の掃き掃除をしていると声をかけられた。声の持ち主はこちらに手を振ったあと、ゆっくりと手招きをする。

 箒を邪魔にならない場所に立てかけて声の元、マリンさんの方へと向かう。


 どうしたんですか。と声を出そうとすると、マリンさんが人差し指を口元に寄せる。静かにの動作だ。慌てて、口を結ぶ。マリンさんが木のそばに咲いている花の近くで、音を立てずにゆっくりと屈む。僕も音立てないようにそっとの屈んでマリンさんが見ている場所をそっと覗きこんでみる。


 花の上に小さな人がすやすやと気持ちよさそうに寝ていた。透き通るような綺麗な羽が背中から生えていて、体は淡くぼんやりと光っている。呼吸に合わせて小さい体のまわりを金色の粉のようなものが舞っている。

 わっ、っと声が出そうになって口を手で覆い隠す。すごい。精霊や妖精と言った類のものなんだろうか。

 童話に出てくるティンカーベルを彷彿とさせる。暫くの間、花の上で寝ているその子を眺める。


 チラッと隣にいるマリンさんを見ると、僕の方を見てにっこりと微笑んでいた。なんだかとっても恥ずかしい。


 マリンさんはそっと花の上に寝ている人を指差すと、人差し指で弧を描くように手を動かした。花の方を見ると、さっきまで静かに舞っていた金色の粉がゆっくりマリンさんの方へと引き寄せられていた。魔法だ。

 マリンさんは魔法が使えると知っていたけれど、この目で直接見るのは初めてだった。とても不思議でとても綺麗だ。

 粉を小さな瓶に入れて蓋を閉める。そして、またにっこり微笑むと僕の手を引いて立ち上がった。そのまま、木のそばを離れて店の扉の方まで連れられる。


 「マリンさん、今のは?」


 花があった木の方を見てマリンさんに質問した。マリンさんは楽しそう笑って粉の入った小瓶を僕に見せる。


 「あの子は妖精でこれは妖精の粉。一度はマシロに見せたかったの」


 「運が良かったわ」と言って微笑んでいる。マリンさんは色々説明してくれる。妖精は滅多に姿を表さないから珍しいのだとか、妖精は臆病だからあんなにリラックスしてるのは初めてみるとか、妖精の粉は色んな道具の材料になるとか。嬉しそうに話している。マリンさんの周りに小さい花がポンポン咲いている幻覚が見える気がする。かわいい。あらかた説明し終わったあと、「それに……」と言葉を続けて


「マシロ楽しそうだったから呼んでよかった」


 なんだかマリンさんの後ろに花が咲きこぼれている気がする。笑顔が眩しい。

 

 「そうだ、ついてきて」


 何か思いついたのか、スタスタと店の裏口の方へと歩いていく。僕は頭に疑問符を浮かべたままついて行った。

 裏口から入ってすぐの生活スペースを通って、床下にある倉庫の奥の扉の前で歩みを止める。


 「ここが私の作業部屋なの。」


 軋んだ音を立てながら扉が開く。マリンさんが指を鳴らすと、壁にかけられていたランタンに火がついた。部屋が明るく照らされる。

 机の上に乱雑に物が置かれていた。天秤や沢山の瓶に小皿、すり鉢、見たことの無い器具。沢山の葉っぱに粉や鉱石まである。壁にある棚の中にもたくさん物が入っている。表にも色んな道具がたくさん置いてあるけれどそれを軽く上回っていると思う。


 「散らかっててごめんなさい」


 マリンさんが小さく笑ってそういった。マリンさんが散らかった机に向かって人差し指を振ると机の上に置かれていた物がふわふわと浮いて綺麗に並べらる。鉱石や葉っぱと言ったものは同じ物が入っている籠へ、瓶や小皿も高さや形ごとに整理されていく。

 あんなに散らかっていたのに一瞬で綺麗になった。凄い。


 「さて……ふふ、そんなに面白かった?」


 へ、と間抜けな声が出る。

 マリンさんがこちらをみて笑っている。

 そんなに顔に出ていただろうか。自分の頬を触ってみてもよくわからない。顔がわずかに熱くなっていくのがわかる。


 マリンさんが机の上に物をおく。さっきの妖精の粉だ。それと小さな赤い石。

 

 「マシロ、それを貸して」


 マリンさんが僕に向かって手を出す。僕がマリンさんに渡せるようなものは二つだけしかない。どちらも、この世界に来てマリンさんが渡してくれた魔法道具だ。一つはお守り、もう一つはいつも身につけているペンダント型の魔法道具。マリンさんがこの世界の言葉が分かるようにとくれたものだ。マリンさんが それ と言った物はきっとこのペンダントのことだと思う。

 首から魔法道具を取ってマリンさんの手の上にのせる。


 「────」


 マリンさんがにっこりと微笑んでそういった。何を言っているのか分からない。けれどペンダントであっていたと言うことは分かる。返事をしてもマリンさんも僕の言葉は聞き取れないだろうし返事代わりに微笑んだ。


 渡したペンダントを机の上の材料と一緒に並べる。瓶を空けて妖精の粉をほんの少しとって、ペンダントと赤い石と一緒に両手で包み込んだ。その両手が淡く光ってしばらくしてものに戻る。

 表に置いてある道具達はこうやって作られていたんだ。何だか不思議だ。僕の世界ではできない方法で不思議な道具が作られていく。この世界は本当に僕の知らない場所なんだ。


 「────。」


 首にペンダントをかけられる。

 ハッと前を見ると、マリンさんの顔が凄く近くにあった。慌てて体を後ろに倒す。

 まずい。自分の世界に入り込んでしまって気づかなかった。


 「あ、ありがとうございます……」


 言葉に詰まりながら何とかお礼を伝える。首にあるペンダントに目線を落とす。

 綺麗なペンダントだけれど渡す前とさして何も変わっていないような気がする。何をしたんだろうか。


 「ペンダントに、迷子にならないおまじないをかけたの。何かあっても戻ってこれるように」


 迷子にならないように。前に貰ったお守りもそうだが、マリンさんは凄く過保護な気もする。でも、マリンさんは善意でくれているのだし、この笑顔を見ると受け取りざる得ないのだ。


 「さて、やることは終わったし昼食にしましょう!ミートパイとかどう?」


 「いいですね、僕も手伝います。」


 マリンさんが僕の手を引いて上へ登っていく。


 首にかけたペンダントを握る。

 この世界は僕の知らないことばかりで、僕がいた世界での知識なんて全く役に立たない。今日、妖精や魔法をみて思った。この世界のいろんなものをこの目で見てみたいし、感じてみたい。それはきっと、だらだら生きていくと思っていた僕の人生に彩りを与えてくれる。

 僕が元の世界に帰るその時までにどれだけの体験をすることが出来るだろうか。

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