最終話 門出
戦いから二日後、優樹の見舞いに行った慧矢は、帰りに人気のない公園の中を歩いていた。街灯の光が夜闇をぼうっと照らしており、草むらからは寂しげな虫の音が聞こえてくる。
二人はあの後病院に運ばれ入院を余儀なくされたが、慧矢の方が早く退院できた。それで、未だ入院中の優樹へ見舞いに行っていたのである。
「しょげた顔しちゃって……綺麗なお顔が台無しよ?」
何処からか、女の甲高い声が聞こえてきた。声のする方を向くと、黒いラバースーツを着た美女が、ベンチの上に立っていた。スーツは胴体のみを包んでいて、白い太ももが大胆に露出されている。加えて胸元も大きく開いていて、豊満な胸部によって作られた谷間が、街灯の光を反射して白く光っていた。
「……出たな、変態女」
姿を認めるや否や、慧矢は右手から青いロープを繰り出して女を巻き取ろうとした。だが女は素早い手つきで胸元から短刀のようなものを取り出し、青いロープをすっぱりと切断してしまった。魔法の力で作られたロープをいとも簡単に切ってしまえる辺り、短刀は何らかの対魔法処置が施されているのだろう。
「つれない坊やねぇ……私は坊やのこと気に入ってるのだけれど」
「ブリキニンジャを送り込んだの、お前だろう」
ロボットニンジャは現在、優樹や慧矢の親たちが属する「日本魔法同盟」なる組織が調査中である。これまで何人かの魔法使いが闇討ちによって落命していることを鑑みて、組織の者たちが素早く現場から持ち去ったのだ。
そして……目の前の女は日本魔法同盟から分離独立した「魔法革命軍」の一員と自称している。この組織は日本魔法同盟を敵視しており、加えてためらいもなく暴力を行使する危険な反社会的組織だ。慧矢はあの殺人機械の出所も、この魔法革命軍だと考えた。
「この件には関わってないわ。大体あんなの私のシュミじゃないもの」
「じゃあ誰だって言うんだ」
「うーん……一晩私の相手してくれたら教えてあげよっかなぁ、なんちゃって」
女は長い金髪をばさりと手でかきあげ、誘うような笑みを浮かべている。対する慧矢は、敵意のこもった眼差しを返した。
慧矢はなぜだかこの女に付きまとわれているようで、以前にも三度ほど対峙したことがある。初対面の際に女が自ら「魔法革命軍」の一員であることを明かしたので、慧矢は常に敵意と緊張感をもって相対している。立場的な違いによる敵対心もあるが、この女の人格的な部分に対する生理的な嫌悪感も持ち合わせていた。
「この変態め……」
「見た目だけで判断するのは良くないわ。坊やも睫毛長くて色っぽいし、女装してエッチな仕草の一つでも身につければ、その辺のオトコ引っかけて貢がせられるわよ?」
「見た目から今の気味悪い発言まで、どこをどう切り取っても変態だろう、お前は」
「そうだ、坊やが相手してくれないなら、お友達のコの方にしよっかな、あの子も可愛らしくて好きなのよねぇ……」
「……ユウのことか!」
慧矢の表情が、より一層険しくなった。もはや鬼の形相といってよいほどの顔で、女のことを睨みつけている。
「坊や、本当にあのコのことが好きなのね。自分よりもずーっと強い魔法使いが子犬みたいに懐いてくるのは、さぞ気持ちよくなれるのでしょうねぇ」
言うだけ言って、女はけらけら笑った。
そう、優樹は一族で最強の魔法使いだ。それゆえ強すぎる力に振り回されないよう、徹底して魔法の行使を戒められて育てられたのである。慧矢が優樹の監視を任されたのも、優樹が力を制御しきれずうっかり魔法を使ってしまった際に、同級生であれば側でカバーできるからだ。
「……ユウに手出しするようなら絶対に許さない」
「あぁ怖い怖い。それじゃあレディは一人寂しく夜を過ごすとするわ。チャオ」
そう言うと、女は跳躍して近くの民家の屋根に飛び移り、そのまま姿をくらましてしまった。
一人残された慧矢は、拳をぎりりと固く握った。
***
「はぁ……」
空港に降りた優樹は、鬱屈とした溜め息を吐いた。太陽のぎらつく青い空とは対照的に、この少年の表情はちっとも晴れやかでない。それもそのはず、親しくなれた慧矢と離れ離れになった挙句、マレーシアに居を移す羽目になるとは思わなかったのだから。
空港の到着ロビーを出ると、むわっとした熱帯性の暑気がまとわりついてきた。すぐ側には南国風の木々が植わっていて、異国に足を踏み入れた実感を否応なしに抱かせる。
「よっ久しぶり」
その時背後から聞こえたのは、聞き馴染みのある声であった。優樹の顔はみるみるうちに晴れ、満面の笑みを浮かべて振り向いた。
「ケイ!?」
「驚いたか? いやー実は俺ん家もこっち来ることになってさ、よろしくな」
「こっちこそ!」
二人は固く握手し、それからひしと抱きしめ合って再会を喜んだ。
「ケイ、ごめん……この前は僕のせいで」
「いやいや、ユウは気にするな。俺がやりたいからやったことだし」
「え?」
「親に言われたからって、どうでもいい奴のために体張ってで戦うわけないだろ。警察や軍ならともかく、俺ただの中学二年生だし。あいつと戦ったのは、本気でユウを守りたかったからだ」
そう言って、慧矢は再び優樹の小さな手をがしっと握った。
「だからさ、これからもよろしくな、ユウ」
「うん!」
二人なら、きっとどんな災難も切り抜けられる――優樹はそう固く信じたのであった。
まるで二人の友情を
魔法使いの少年VSロボットニンジャ ニンニンマジカル大激闘! 武州人也 @hagachi-hm
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